第23話 噂と婚約と英雄譚
翌朝。
領主館の中庭は、まるでお祭り騒ぎだった。
「聞いたか? 英雄様が暗殺者を撃退したんだと!」
「令嬢を守るなんて……絵物語のようだ!」
「やはり伝承は本物だったんだ!」
侍女も騎士も使用人も、俺を一斉に「英雄」扱い。
当の俺はといえば……。
「……いやいやいやいや。俺、花瓶で殴っただけだから!」
必死に否定するも、誰も耳を貸してくれない。
むしろ「謙虚さまで英雄の証」などと逆効果だった。
さらにややこしいのは婚約の件だった。
「令嬢と英雄様の結びつき、まさに天命だ!」
「婚姻が結ばれれば領も安泰!」
「祝福しよう!」
勝手に話が膨らんでいく。
クリスティア嬢は頬を赤らめ、うっとりした目でこちらを見てくる。
「悠真様……私のために命を賭けてくださるなんて……」
「いやいやいや! ただ逃げ回ってただけだから! リサたちが来なかったら即死だったし!」
それでも周囲は拍手喝采。
俺の必死の否定は、英雄譚のさらなる彩りにしかならなかった。
部屋に戻った俺を待っていたのは――三人の少女の視線。
「……どういうこと?」(リサ)
目にはうっすら涙。
「また婚約が本気みたいに広まってるじゃない」(セレナ)
腕を組み、冷ややかに睨んでくる。
「……あなた、いっそ本当にお貴族様になれば?」(ミリア)
皮肉交じりの吐息。
「ち、違うってば! 俺の意思ゼロだから! 気づいたら勝手に“婚約者候補”になってただけだから!」
必死に叫ぶ俺に、三人は視線を逸らしたまま沈黙。
胃がキリキリ痛む。
その日の夕刻。
領都の広場では早くも吟遊詩人が歌っていた。
『蒼紋剣を携えし若き英雄、暗殺者を退け、令嬢を救う!』
「やめろぉぉぉぉ! 俺そんな大げさなことしてない!」
俺の抗議は誰の耳にも届かず、歌は拍手と喝采に包まれて広がっていく。
まるで物語そのものが、俺を主役に仕立て上げようとしているかのようだった。
一方その頃。
領都の地下室では、例の黒幕が報告を受けていた。
「暗殺は失敗。だが……奴はますます“英雄”として祭り上げられた」
フードの奥で、黒幕は薄く笑う。
「よい。ならば利用するまで。英雄は、最も大きな駒となる」
その夜。
ベッドの上で俺は頭を抱えた。
「……ダメだ。このままじゃ完全に婚約ルート確定じゃねぇか……」
脇役でいたい。
それだけが俺の願いなのに、現実はどんどん真逆へと転がっていく。
「よし、明日こそははっきり断る! 俺は脇役です! 婚約も英雄もお断りです! って!」
――だが翌朝、俺のもとに飛び込んできたのは、さらなる厄介事だった。
「悠真様! 大変です! 王都から使者が!」
「はぁぁぁぁ!? 今度は何!?」
新たな波乱の幕が、否応なく切って落とされるのだった。




