第21話 囁かれる婚約と忍び寄る影
交渉が一時中断となり、人々は三々五々広間を後にしていく。
しかし、視線は俺に集中したままだった。
「英雄が証拠を暴いた」
「運命の導きに違いない」
「領の安寧は、あの者に託されている」
そんな囁きが耳に刺さる。
「……いや、俺はただパン食っただけだって!」
必死の否定も虚しく、すでに“英雄”の名は一人歩きを始めていた。
その日の夜。
リサとセレナ、ミリアと共に部屋で休んでいると、扉を叩く音が響いた。
「悠真様。領主がお呼びです」
案内された先で待っていたのは、ガルド領主とクリスティア嬢。
そして数人の重臣たち。
「――悠真殿」
領主は重々しく口を開いた。
「この度の働き、領としても大いに感謝している。ゆえに、クリスティアとの婚約を……」
「はいストップぅぅぅ!」
俺は思わず両手を振り回した。
「なんでパン食っただけで婚約話にまで飛ぶんだよ!? 領の安定策って無理矢理すぎだろ!」
だが重臣たちは当然とばかりに頷き、クリスティア嬢は頬を紅潮させて視線を伏せていた。
「……運命だと思っております、悠真様」
その夜、部屋に戻った俺を待っていたのは三人娘の視線だった。
「……婚約、って本気なの?」(リサ)
彼女の声は震え、目には涙が滲んでいた。
「やっぱりね。最初から怪しいと思ってたのよ」(セレナ)
腕を組み、わざと冷ややかに言い放つ。
「……めでたいわね。英雄様は。どんどん縛られていく」(ミリア)
感情を隠すように皮肉を呟いた。
俺は両手をバタバタ振って叫ぶ。
「ち、違う! 本気で俺、そんなつもり一ミリもないから! ただ巻き込まれてるだけで!」
だが少女たちの表情は、簡単には晴れそうになかった。
その頃、城外の路地。
黒いフードを被った一団がひそひそと声を交わしていた。
「……証拠を暴かれた以上、次は本命を狙う」
「英雄と呼ばれる小僧か」
「いいや――婚約話が囁かれた今、狙うべきは令嬢だ」
闇に消える影。
次の標的は、クリスティア嬢。
深夜。
眠れずに廊下を歩いていた俺は、ふと月明かりに照らされたリサの姿を見つけた。
「リサ?」
彼女は小さく振り返り、涙を拭って笑った。
「……ごめんなさい。わたし、弱いから……」
「おい、泣くなよ」
俺はぎこちなく頭を撫でた。
「大丈夫だ。俺は絶対に誰も渡さねぇし、誰も傷つけさせねぇ」
自分でも驚くくらい、はっきりした声が出た。
リサは目を丸くして、それから安心したように俺の服の裾をぎゅっと握った。
翌朝。
「婚約話は正式に進める」と宣言する領主に、俺は歯ぎしりする。
――だが、その裏で暗殺者の影が迫っていることを、まだ誰も知らなかった。
英雄と呼ばれる脇役の、苦難の物語はさらに加速していく。




