第20話 脇役交渉人、開幕
翌朝。
まだ眠気の残る俺は、無理やり豪華な服に着替えさせられていた。
「ちょ、これ動きにくい! ボタン多すぎだろ!」
「悠真様、交渉の場ですから!」(クリスティア)
「だいたい貴方が渋るから準備が遅れるのよ!」(セレナ)
「おとなしくしてれば済む話でしょ……」(ミリア)
リサは不安げに袖を握り、俺を見上げていた。
「……大丈夫ですか? 怖くないですか?」
「めちゃくちゃ怖いよ! 俺、外交とかやったことねぇし! というか脇役にそんな役回ってくるのおかしいだろ!」
そう叫んでも、容赦なく護衛騎士に両脇を抱えられ、俺は半ば強制的に謁見の広間へ連行された。
広間には長い円卓が置かれ、両領の重役たちが並んでいた。
緊張感が空気を刺す。
向かいの席には、隣領フェルディナント侯の使者団。
鋭い目の老侯爵と、その取り巻きの騎士たち。
「――では本題に入ろう」
ガルド領主の声で会議が始まった。
双方の主張は平行線。
「暗殺はそちらの仕業だ」「いや濡れ衣だ」と押し問答が続く。
その時。
「ここで決着をつけるのは……“英雄”だ」
ガルド領主が俺を指差した。
「はあああああああ!?」
広間中の視線が一斉に俺へ突き刺さる。
侯爵が俺をじろりと睨む。
「……貴様が件の“英雄”か。子供に見えるが」
「い、いや俺は英雄じゃなくて……ただの通りすがりで……」
「その“通りすがり”に暗殺をかわされるなど、有り得ん」
周囲がざわめく。
俺は額に汗を滲ませながら必死に考えた。
(どうしよう、どう切り抜ける……? いや、脇役らしく黙ってれば――)
「悠真さん、お願いします!」(リサ)
「ここで逃げたら余計拗れるわよ!」(セレナ)
「……どうせまた偶然で何とかなるんでしょ」(ミリア)
「無責任に俺に押し付けんなぁぁぁ!」
混乱の中、俺は反射的にパンをかじった。
昨日の宴の残りをポケットに突っ込んでいたのだ。
その瞬間――。
パサリ、と白い小袋が落ちる。
パンに仕込まれていた“毒粉”が、テーブルにこぼれた。
「――これは……!」
騎士たちが調べ、驚愕の声を上げる。
「暗殺に使われた毒と同じものだ!」
場が凍りつく。
俺は青ざめながら必死に言った。
「ち、違う! これ俺のじゃなくて! 誰かがパンに仕込んで……!」
だが周囲の解釈は真逆だった。
「英雄が証拠を暴いた!」
「やはり真実を見抜く目をお持ちだ!」
「な、なんでそうなるんだよぉぉぉ!」
混乱の最中、クリスティア嬢が小さく呟いた。
「……やはり運命なのですね。悠真様は、この領を救う方……」
リサは唇を噛みしめ、セレナは冷静を装いながらも目を逸らす。
ミリアは呆れたように吐き捨てた。
「……また女難、か」
俺はもう限界だった。
その頃、回廊の影。
アルベルト執事が密かに笑っていた。
「……完璧です。彼を舞台に立たせれば、すべて勝手に動く」
ルーク公子が目を細める。
「脇役のように見せかけた主役……いや、“傀儡”か」
その言葉を背に、交渉は思わぬ方向へ転がり始めていた。
交渉は一時中断となり、俺は広間の片隅で膝を抱えていた。
「……俺、パン食っただけだよな?」
しかし世間の評価は違った。
“英雄の奇跡的な証拠暴き”として、瞬く間に噂は広がり始めていた。
「主人公補正って……もはや呪いじゃね?」
俺は天を仰ぎ、静かに胃を押さえた。




