第2話 お人好しの罪と、またしても恋愛フラグ
村の朝は、いつもと同じはずだった。
小鳥のさえずり、薪を割る音、井戸で水を汲む主婦たちの声。
――俺、佐藤悠真は今日も“脇役”としてひっそり過ごすつもりだった。
昨日の牛事件から一夜。なぜか村人たちは「悠真が村を救った」みたいに騒いでいるが、俺に言わせれば全部ただの偶然だ。
しかも昨日のリサの勘違い告白まがいの台詞。あれ以来、どうも妙に気まずい。
(俺は目立ちたくない……俺は“観察者”でいたいんだ……)
そう心に言い聞かせながら、畑道を歩いていると。
「きゃあああっ!」
甲高い悲鳴が聞こえた。
いやいや、フラグ回収早すぎるだろ!? と心の中で叫びつつ、仕方なく駆け出す。
そこにいたのは、村に住むもう一人の娘――セレナだった。
金髪を三つ編みにした勝ち気な少女で、村の薬師見習いをしている。
「どうした?」
「へ、蛇よ! 薬草を摘んでたら、茂みから大きな蛇が!」
確かに、セレナの足元で黒々とした蛇が鎌首をもたげている。
毒蛇かどうかまでは分からないが、彼女が腰を抜かしている以上、放ってはおけない。
(……くそ、まただよ。また俺が“偶然”近くにいたせいで……!)
俺は手にしていた木の枝を振りかざし、蛇の前に立ち塞がった。
「こっちだ、こっちに来い!」
枝で地面を叩き、注意を引く。
蛇が舌をチロチロさせながらこちらを向くと同時に、俺は大きく枝を振り下ろした。
――パシィン!
乾いた音がして、蛇は驚いたのか茂みの奥へと退散していった。
「ふぅ……」
冷や汗を拭いながら振り返ると、セレナが涙目で俺を見上げていた。
「ゆ、悠真……助けてくれたの?」
「いや、俺はただ枝で脅しただけだ。たいしたことは――」
「すごい……私、あんな怖い蛇、見ただけで動けなかったのに……」
セレナの頬が赤く染まっていく。
……嫌な予感しかしない。
蛇が去ったあと、セレナは立ち上がろうとしたが、足がもつれて俺に倒れ込んできた。
「わっ」
「きゃ……!」
柔らかい感触が胸に当たり、思わず心臓が跳ねる。
距離、近すぎ。
「ご、ごめん!」
「……あ、ありがとう。私……悠真に抱きとめられたんだね」
「いやいや、たまたま支えただけで――」
「悠真って、本当はとても優しい人なんだね」
……来た。これだ。
俺が一番避けたい“恋愛フラグ誤認”だ。
セレナは顔を真っ赤にして、胸の前でぎゅっと両手を握りしめている。
その姿を見て、昨日のリサと全く同じだと悟った。
(おい、やめろ。俺は脇役だ。お前らが勘違いすると物語が進むんだよ!)
心の中で全力で否定するが、セレナの目はキラキラしている。
どうやら俺の言葉は届かないらしい。
午後には、村の広場で噂が飛び交っていた。
「聞いた? 悠真がセレナを助けたんだって!」
「昨日はリサで、今日はセレナ? あの子、やっぱり隠れた英雄なのよ」
「まるで物語の主人公みたいだな!」
「いやいやいや! 俺はただのモブだ!」
叫んでも、誰も信じてくれない。
むしろ「謙遜している」としか思われないのが辛い。
そして、リサとセレナが同じ場に居合わせた瞬間――。
「……悠真くんを助けたの、私だよね?」(リサ)
「違うわ、昨日はともかく今日のことは私よ!」(セレナ)
二人の間に妙な火花が散った。
(あああああああ……! やめろ、俺は関わらない、巻き込まれない! 頼むから争うなぁぁ!)
心の中で絶叫する俺をよそに、少女たちの勘違いと誤解は膨らんでいく。
――こうして俺は、またしても“望まぬ主人公補正”に引きずられていくのだった。
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その夜。
村の外れの小屋で一人眠ろうとした俺は、天井を見つめながら溜息をついた。
「……これ、もしかしてハーレム展開の予兆じゃないか?」
脇役として静かに生きるはずが、なぜか恋愛フラグだらけ。
その皮肉な現実を、俺はただ苦笑しながら受け止めるしかなかった。