第18話 暗殺者の影と偽りの和平
矢が飛んできた瞬間、広間は完全にパニック状態となった。
叫び声、割れる食器、逃げ惑う客。
「きゃあああ!」
「護衛を呼べ! 護衛を!」
俺はというと――
「うぅぅ……胃が破裂しそう……」
しゃがみこんだまま柱にしがみついていた。偶然にも、矢は俺の頭上を掠めただけ。まるで「お約束」のように。
(まただ……! 俺は脇役でいたいだけなのに、どうして矢まで空気を読んでくるんだよ……!)
「悠真殿を狙った暗殺だ!」
「よくぞかわした! まさしく英雄の反射神経!」
「いやいやいや! ただ腰が抜けてたから避けられただけだからな!?」
俺の必死の否定も、騎士たちや招待客の耳には届かない。むしろ逆に、尊敬と畏怖のまなざしを強めてしまう。
「ほら出たよ……また勝手に評価上がるパターン……」
隣でミリアがため息をつき、セレナが真剣な顔で頷いた。
「でも事実として、あなたが狙われたことは確か。悠真、これは軽視できないわ」
「だから俺は被害者なんだってばぁぁぁ!」
数人の騎士が追跡に向かい、やがて報告が戻ってくる。
「領主様! 暗殺者はすでに森へ逃走……ただし、矢に塗られていた毒は“隣領フェルディナント侯の秘薬”と一致しました!」
その場がざわめきに包まれる。
外交の席での暗殺未遂。まさしく戦争の火種だ。
「隣領の陰謀……?」リサが青ざめる。
「違う、誰かがそう見せかけてるだけかも」セレナが小声で返す。
だが領主ガルド卿は険しい顔で宣言した。
「いずれにせよ……悠真殿を守ることが、我が領の最優先だ!」
「いやいや! 俺、守られるほどの立場じゃないから! ただの通りすがりだから!」
その夜、屋敷の奥。
アルベルト執事が再びルーク公子に報告していた。
「想定通り、“隣領の仕業”と見なされました。戦の準備が始まるでしょう」
「ふむ……しかしあの男、悠真とかいう脇役風情。妙に生き残るな」
「ええ。偶然が過ぎれば、それは運命。――やはり、ただ者ではありません」
「面白い……ならば徹底的に利用してやろう。奴の存在を、我らの“和平交渉”の切り札にするのだ」
二人は暗く笑い合う。
彼らの狙いは、ただ戦を起こすことではなかった。より深い策略が渦巻いていた。
一方俺は。
ふかふかのベッドに倒れ込み、天井を睨みながら呟いた。
「……なんかさ、俺って“英雄補正”とかじゃなくて、“脇役誤解補正”がかかってるよな」
偶然で避けただけ → 反射神経がすごいと褒められる。
腰が抜けただけ → 不動心と評価される。
逃げたいだけ → 勇敢に前へ出たと誤解される。
「もうツッコミが追いつかねぇ……」
俺は枕に顔をうずめ、 muffled voice で続けた。
「……せめて、このまま戦争とかには発展しませんように……」
そう祈った瞬間。
扉の外から「戦の準備を!」という騎士の声が聞こえてきた。
「やっぱりフラグだったぁぁぁ!」
月明かりに照らされる領主館の屋根の上。
黒装束の暗殺者が一人、森を見下ろしていた。
「――面白い。あの“凡人”がどこまで踊れるか、試してみるとしよう」
闇に紛れて消えるその影は、まだ誰も知らぬ新たな波乱の火種だった。




