第16話 使節団来訪と実力披露(予定外)
翌朝から屋敷中が落ち着かなかった。
隣領からの使節団が到着するということで、侍女も騎士も慌ただしく走り回っている。
……俺? できれば隅っこで埃でも払ってたい。だって俺は脇役だ。
けど現実は非情だ。俺の耳にはこんな言葉が突き刺さる。
「英雄様がお出迎えを!」
「悠真殿がいれば、こちらの立場も万全だ」
「いや俺、ただの通りすがりだからぁぁ!」
俺の叫びは、豪奢な廊下に虚しく反響するだけだった。
正午。領主館の大広間に、隣領からの使節団がやってきた。
絹の衣をまとった文官や、鋭い眼光の騎士たち。その中心に座るのは、隣領の若き領主代理ルーク・ディアス公子。
「ほう……これが噂の英雄か」
初対面から疑うような視線を向けられ、俺はガチガチに固まる。
「い、いえ、俺はそんな大層なもんじゃ……」
と弁解する間もなく、ガルド卿(うちの領主様)が高らかに宣言した。
「ここにいる悠真殿こそ、村を救い、盗賊を退け、試練をも突破した英雄だ!」
「ちょ、やめてぇぇぇぇ!」
使節団の面々はざわめき、ルーク公子は意味ありげに目を細める。
「ならば拝見しよう。英雄殿の力を」
ルーク公子が言い放つと同時に、広間の中央に訓練用の場が用意された。
あれよあれよという間に剣が渡され、周囲の兵士たちが観客となる。
「ま、待って! 俺、剣術なんてかじったことも……」
返事は誰も聞いちゃいない。
対戦相手として選ばれたのは、隣領きっての武勇を誇る騎士。鎧に包まれた巨体が、俺を睨みつける。
(終わった……! 完全に死んだ……!)
合図と共に騎士が突進してきた。
俺は恐怖のあまり後ずさり――床に転んだ。
「うわぁぁっ!」
その拍子に手から剣が滑り、宙を舞う。
次の瞬間、剣は騎士の兜の隙間にカキンと突き刺さった。
ガンッ! と鈍い音を立て、巨体がそのまま崩れ落ちる。
静寂。
次いで広間に響いたのは、割れんばかりの拍手と歓声だった。
「なんという技……!」
「まさか、転倒を利用して敵を制すとは!」
「これぞ英雄の真骨頂!」
「違うぅぅぅ! 今の完全に事故だから!」
ルーク公子は俺をじっと見据えたまま、薄く笑った。
「なるほど……恐るべき剣技だ。だが隠しているな。真の実力を」
「隠してねえ! そもそも持ってねえ!」
必死の否定も空しく、周囲の視線は熱を帯びるばかり。
クリスティア嬢は頬を紅潮させ、リサとセレナは青ざめ、ミリアは呆れ顔でため息をついていた。
「……ほんと、才能あるわね。“誤解される”って才能」
「誰がそんなもん欲しがるかぁ!」
その夜。
“実力を証明した英雄”として祝宴が開かれた後、俺は屋敷の廊下で再びあの声を聞いた。
「……やはり面白い。偶然の積み重ねで、英雄の座を奪うか」
振り返ると、執事アルベルトが静かに立っていた。
暗がりの中、その目だけが爛々と光っている。
「あなたは脇役を望んでいるようだが……舞台はすでにあなたを主役に据えている。逃げられはしませんよ」
その囁きに、俺は唇をかみしめる。
「……だったらせめて、“脇役らしく主役を守る”くらいはしてやる」
自分でも何を言ってるのか分からなかった。
でも、そう呟かずにはいられなかった。
宴の熱気がまだ残る夜空の下。
俺の決意とは裏腹に、さらなる誤解と陰謀が渦を巻き始めていた。
(……フラグ立ちすぎて倒壊寸前だぞ、これ)
脇役のまま生き残れる気配は――今日も皆無だった。




