第15話 黒幕の囁きと脇役の決意
領主の屋敷に泊まるようになって数日。
俺は毎晩のように胃痛と格闘していた。
だってそうだろ? 領主の娘クリスティア嬢の熱烈視線、リサとセレナの牽制、ミリアの冷たい皮肉……。
ただでさえ胃がキリキリするのに、廊下の暗がりから不気味な囁き声まで聞こえてくるんだ。
「……例の若者、やはり動かすべきでは?」
「英雄視は利用できる。領主家に食い込ませれば――」
俺は布団の中で震えながら耳をそばだてた。
間違いない、この屋敷の中に“黒幕”がいる。
翌日、庭園でまたしてもクリスティア嬢に捕まった。
いやいや、別に嫌いじゃないんだ。ただ、この距離感は心臓に悪い。
「悠真様。近々、使節団が参りますの。……そのとき、あなたが我が家を守ってくださると信じております」
「ちょ、ちょっと待って! 俺そういう立場じゃ……」
やめてくれ。俺はモブ。庭の端っこで草むしりしてる役なのに。
けど彼女の真剣な瞳を前にすると、適当な否定すらできない自分が情けない。
リサが割って入る。
「悠真さんは、誰かに利用されるためにここに来たんじゃありません!」
セレナも真顔で頷く。
「そう。彼を英雄扱いすることで誰かが得をする……そんな気配を感じるの」
ミリアは窓際で腕を組んだまま。
「……どうせ放っておいても巻き込まれる。なら、少しは覚悟決めたら?」
「やめろよぉ! 俺は脇役でいいんだってば!」
その夜。
俺が廊下を歩いていると、影から声がした。
「……悠真殿」
ひやりとした空気。現れたのは屋敷の執事頭、アルベルト。
低い声で囁くように言った。
「あなたは英雄として利用される。だが、それもまた“選ばれし者”の宿命」
「ち、違うって! 俺はただのモブだ!」
「……ならば、せいぜいあがくがいい。だが、この町の運命は――あなた次第だ」
そう言い残して、影のように消えていった。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
心臓はまだバクバク鳴っていた。
(くそっ……どうして俺ばっかり……)
英雄なんてごめんだ。
婚約者候補? 政治利用? そんなものまっぴらごめんだ。
だけど、リサやセレナやミリア、そして村の人たちが俺を信じている。
その事実からは逃げられない。
「……わかったよ。俺は脇役だ。けどな――脇役なりに、できることはあるはずだ」
誰にも届かない声でつぶやく。
俺は主役じゃない。ただの観客。
けど、舞台を見守る観客だからこそ、舞台の歪みには気づけるんだ。
「……黒幕の思い通りには、させねえ」
そう決意したとき、窓の外で梟が鳴いた。
まるで「それでいい」と告げるように。
夜明け前の薄明かりの中。
屋敷の外を歩く黒い影が、誰かに低く告げる。
「……彼は動き始めた。だが所詮は駒。利用価値があるうちは放っておけ」
――知らぬ間に、俺は巨大な陰謀の渦に片足を突っ込んでいた。
(……マジでやめてくれよ……俺はただの脇役なんだから……!)




