第14話 令嬢クリスティアと脇役の苦悩
領主の屋敷で迎えた朝。
ふかふかのベッドから目を覚ました俺は、夢の出来事を思い出し布団の中で転げ回った。
「――よし。そなたを、娘の婚約者候補と認めよう!」
「やめろぉぉぉぉ!」
夢じゃなかった。現実だ。
俺の胃袋はすでに悲鳴をあげていた。
広間にて用意された豪勢な朝食。
俺の正面には、領主の娘クリスティア嬢が座っていた。
「まあ……数日前の突然のことでしたのに、ご挨拶もできず。改めまして、クリスティア・フォン・ラグナスと申します」
にっこりと微笑む。金髪が朝日を浴びてきらめき、まさに絵画から飛び出したようなお嬢様。
だが俺にとっては――胃薬が欲しくなる相手だ。
「ど、どうも……ただの村人、悠真です」
「まあ、“ただの村人”ですって? ご冗談を。英雄様でしょう?」
「違うって言ってるだろぉぉぉ!」
隣ではリサがむすっと頬をふくらませ、セレナが落ち着かない表情を浮かべ、ミリアが冷ややかに紅茶を啜っていた。
クリスティア嬢は俺を見つめてうっとり。
「村を守り、盗賊を退け、民に希望を与える……そんな方が婚約者候補にならない理由があるかしら?」
「全部偶然なんですってば! 転んだら勝っただけで!」
「転んで勝つなんて、まるで運命に導かれている証ですわ」
「いや、ただのドジだって!」
……駄目だ。会話が成立しない。
案の定、リサとセレナがすかさず反論に回る。
「悠真さんは私たちと一緒に頑張ってきたんです!」(リサ)
「そうよ。彼は簡単に婚約者なんて決められる人じゃないわ!」(セレナ)
しかしクリスティア嬢も一歩も引かない。
「まあ……お二人、悠真様に好意を?」
「ち、違っ……いや、その……!」(リサ)
「そ、そんなわけないでしょ!」(セレナ)
動揺する二人を見て、ミリアが小さく鼻で笑う。
「……やっぱり騒がしいわね、あなたの周り」
「お前も混ざってるだろ!」
そこへ領主ガルド卿が現れ、事態はさらにややこしくなる。
「ふむ、ではこうしよう。近々、隣領の使節団が来る。その場で悠真殿の実力を示せば、婚約の話も自然に進むだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺そんな実力ないですから!」
だがガルド卿は豪快に笑うばかり。
完全に“英雄”として祭り上げる気満々だ。
食後、庭園を散歩することになった。
クリスティア嬢が小鳥に餌をやりながら、ふと俺を見上げる。
「悠真様。私、運命を信じています。あなたと出会ったことも、きっと意味があるはず」
「いやいやいや、意味なんてないから!」
「……では、私に少しだけ夢を見させてください」
その真っ直ぐな瞳に、さすがの俺も言葉を詰まらせた。
違う、俺は脇役。こんな展開は似合わない――はずなのに。
しかし、そのやり取りを遠くから見ている視線があった。
侍女の一人が、何やら不穏な報告書を懐に隠して廊下を去っていく。
(……あの男、本当に“偶然の英雄”か? 領主家を利用する絶好の駒になるかもしれん)
脇役でいたい俺の望みとは裏腹に、権力者たちの思惑が動き始めていた。
部屋に戻った俺は、再びベッドに倒れ込み頭を抱える。
「……なんでこうなるんだよ……」
英雄視、婚約話、お嬢様の好意。
次々と積み上がる誤解の山に、俺は押し潰されそうだった。
だが月明かりに照らされた屋敷の窓からは、またしても囁き声が聞こえる。
――誰かが、俺を狙って動いている。
(……やっぱり、フラグしか立ってねぇ……!)
俺は脇役のまま生き残れるのだろうか。




