第10話 試練の依頼(またしても脇役のはずが)
朝の光がまだ眩しく感じる頃。
昨日の宴で疲れ果て、布団の中で「二度寝こそ至福」と決め込んでいた俺のもとに、無情にもノックの音が響いた。
「悠真殿、領主様がお呼びです」
……出たよ。こういう呼び出しイベント、絶対ロクなことがない。
仕方なく執務室へ向かうと、豪奢な机に座る領主が真剣な顔でこちらを見た。
「悠真殿。君に頼みたいことがある」
その瞬間、俺の背中に冷や汗が流れ落ちた。
こういう“頼み事”がろくでもなかった例を、前世で数えきれないほど見てきたからだ。ゲームやアニメで。
「……えっと、俺ただの一般人なんですけど」
「謙遜はいらない。君は森で狼の群れを退けた英雄だ」
「だから誤解だって言ってるだろうがぁ!」
だが領主は俺の叫びを聞く耳持たず、机の上に古びた地図を広げた。
「町の北に“試練の洞窟”と呼ばれる場所がある。古代の神殿へ通じており、冒険者の間でも忌避されてきたが……最近、不穏な動きがある。調査をお願いしたい」
「……なんで俺に!?」
「君ならできる。そう皆が信じている」
いや信じるな。やめてくれ。
絶望に沈む俺をよそに、隣でリサがパッと顔を輝かせた。
「はい! 私たちにお任せください!」
「リサァァ! 軽率に引き受けんなぁ!」
続いてセレナが神妙にうなずく。
「これは運命の導き……悠真さんが選ばれたのです」
「導かれてねぇよ! 俺はむしろ逃げたいんだよ!」
最後にミリアが淡々と付け足す。
「……彼がいるなら、突破できる」
「お前までぇぇぇ!」
俺の反論は完全にスルーされ、領主は満足そうにうなずいた。
「よし。君たちに託そう」
――こうして俺はまたしても、望んでもいない冒険へと放り出されることになった。
翌日、出発の準備をしていると、町中の人々が次々と声をかけてきた。
「お兄ちゃん、試練に挑むんだってね!」
「すごい! 本物の勇者だ!」
「どうかご無事で!」
「いやいやいや! 違うから! 俺ただ巻き込まれただけだから!」
叫んでも誰も聞いてくれない。むしろ「謙虚だなあ」とか「やはり英雄は違う」とか、都合よく解釈される。
宿屋の女将さんにまで「帰ってきたら好きなだけ食べていいからね」なんて言われてしまった。
……俺、どんどん逃げ場なくなってないか?
昼過ぎ、俺たちは問題の洞窟前に到着した。
岩肌に穿たれた巨大な入口は、黒い口を開けてこちらを待ち構えているように見える。
不気味な風が吹き抜け、背筋がゾワリとした。
「……嫌な感じね」(ミリア)
「古代の魔力を感じます」(セレナ)
「こ、怖いです……」(リサ)
俺も怖い。全力で帰りたい。
「じゃ、じゃあ俺はここで留守番して――」
「悠真さん、一緒に行きましょう!」(リサ)
「導かれた者がいないと試練は越えられません」(セレナ)
「……逃がさない」(ミリア)
両腕をがっちり掴まれ、俺の退路は完全に断たれた。
洞窟に足を踏み入れると、空気はひんやりとして湿り気を帯びていた。
松明の光に照らされる壁面には、古代文字のような刻印。
そして奥に進むと――
――ガコン。
床板が沈み、天井から槍が落ちてきた。
「トラップ!?」
俺は慌てて飛び退いた。その拍子に足が滑って石を蹴飛ばす。
転がった石が壁の隠しスイッチを押し込み、槍はピタリと動きを止めた。
「……え?」
「やっぱり悠真さんがいれば大丈夫なんだ!」(リサ)
「これも導き……」(セレナ)
「偶然にしては出来すぎ」(ミリア)
いやいやいや! ただコケただけだから!
洞窟の最奥にたどり着いたとき。
そこには漆黒の鎧をまとった巨大な人形――守護者が立ち塞がっていた。
ゴゴゴゴゴ……。
目にあたる部分が赤く光り、重い足音を響かせて迫ってくる。
「こいつが……試練の守護者か!」(セレナ)
ミリアが剣を振るい、セレナが魔法を放つ。
しかし鎧は硬く、ほとんど傷がつかない。
「くっ……!」
「悠真さん、下がって!」(リサ)
言われるまでもない。俺は必死で後ろに下がり、足元の石をつかんで思わず投げた。
――カンッ!
石は運悪く……いや運良く、守護者の胸部の赤いコアを直撃した。
バチバチと火花が散り、巨体がよろめく。
「グオオオオオ……!」
そのまま守護者はバランスを崩し、背後の祭壇に頭をぶつけて崩壊した。
……俺、ただ石投げただけなんだけど。
「悠真さんが……倒した……!」(リサ)
「決定打はあなたの手によるもの」(セレナ)
「やっぱり……彼が必要だった」(ミリア)
「違う違う違う違う!!」
静寂が訪れると、奥の祭壇から光の粒が舞い上がった。
その中心に、黄金に輝く紋章が浮かび上がる。
「これは……古代から伝わる“英雄の証”……!」(セレナ)
「いやいや! 俺はいらないから! 脇役でいいから!」
必死で拒否する俺をよそに、リサが両手で紋章を抱きしめる。
「悠真さんの証……大事にします!」
「ちょっと待てぇぇぇ!」
……結局、俺の意思はまたしても踏みにじられた。
町に戻ると、既に噂は先回りしていた。
「試練を突破した英雄だ!」
「さすがだ、悠真様!」
「今夜は大宴会だ!」
……なんでこうなるんだよ。
俺はただ静かに過ごしたいだけなのに。
自室に戻り、ベッドに倒れ込みながら天井を睨む。
「……俺は脇役だ……脇役なんだ……」
しかし窓の外からは、町の人々の歓声が響いていた。
――こうして俺はまた一歩、“英雄補正”の沼に沈んでいった。




