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転生したけど、脇役らしく静かに生きたい

目を開けた瞬間、俺は見知らぬ天井を見ていた。

 ――なんてベタな始まりだろう。

 いや、本当にベタなのだ。藁で編まれた屋根、木材むき出しの梁、そして鼻をつく干草の匂い。これが異世界テンプレートでなければ、何が異世界テンプレートだと言えるだろうか。


「……はは、マジかよ。ほんとに異世界転生しちまったのか」


 佐藤悠真。前世では二十代半ばで、冴えない会社員だった。いや、会社員というのもおこがましい。ブラック企業でこき使われるモブ社員だ。友達も少なく、恋人もできず、ゲームとラノベを心の支えに生きてきた。

 そしてある日、過労でぶっ倒れ、そのまま――おそらく死んだ。


「……まあ、いいか。どうせ俺なんて、物語の主人公にはなれない人間だ」


 そう自嘲して笑う。

 だけど次の瞬間、俺はふと気づいた。


 ――ここ、どこだ?


 見下ろすと、俺の身体は子どものように小さくなっていた。手足は細く、鏡などなくても分かる。これは完全に転生している。

 どうやら俺は、異世界で新しい人生を始めるらしい。


 ……とはいえ、俺は英雄になりたいわけじゃない。ハーレムを築きたいわけでもない。勇者や魔王に挑むなんて、まっぴらごめんだ。


「俺は俺らしく、静かに……脇役として生きる。それが一番だ」


 そう決めた。


 * * *


 それから十数年。

 俺は小さな辺境の村で育った。名前はそのまま悠真。佐藤という名字は捨ててしまった。ここでは名字持ちは貴族か金持ちくらいだ。


 村の生活は単調だ。畑を耕し、羊を世話し、たまに森で薪を拾う。

 俺は村の人々と最低限の交流を保ちながら、なるべく目立たず生きてきた。


 ――だが。


「悠真兄ちゃん! 大変だよ!」


 村の子どもが駆け込んでくるたび、俺は思う。

 なぜ俺の平凡な日常に、こんなにも事件が舞い込むのか、と。


 この日もそうだった。


「また牛が逃げちゃった! 村の外に出ちゃったんだよ!」


「はあ……」


 ため息をつきつつも、俺は子どもに頼まれるまま牛を追いかける。

 別に俺が行かなくても、村の大人が何とかするだろう。けれどなぜか、俺が関わると物事は妙にうまく解決するのだ。


 それを人は――「主人公補正」と呼ぶのかもしれない。


「まったく……俺は脇役でいたいんだがな」


 ぶつぶつ独り言をこぼしつつ、村外れの草原へ足を踏み出す。

 目の前を走り抜けるのは茶色い大きな牛。角を振り回しながら、まるで「捕まえてみろ」と挑発するように暴れ回っている。


「悠真兄ちゃん、気をつけて! あの牛、角で突いてくるんだよ!」

「いやいや、俺を巻き込むなよ……」


 子どもたちの声援(?)を背に、俺は牛の後を追う。

 本来なら、こんな仕事は村の屈強な男たちがやるはずだ。だがなぜか皆が手を離せない時に限って事件が起こり、そして俺が近くにいる。


 ――まるで何者かに仕組まれているかのように。


「さて、どうしたもんか」


 牛は村の畑を踏み荒らしそうな勢いで突進している。村の食料が被害を受ければ一大事だ。

 だが俺は英雄ではない。剣術も魔法もからきしだ。やれるのはせいぜい――。


「おい、こっちだぞ!」


 声を張り上げて、牛の注意を引くくらいだ。

 そして走る方向を、あえて森の方に誘導する。村から遠ざける。それだけでも十分だろう。


 だが――。


「モォォォオオオオオ!」


 牛が突然、俺に向かって突進してきた。

 うわ、聞いてない! 俺は慌てて飛び退く。

 その拍子に足元の石に躓き、派手に転んだ。


「――あっ」


 俺の身体が地面を転がる。その目の前を、牛が横切る。

 その瞬間、転んだ俺の足が牛の前脚に偶然絡まり――。


「ブモォォッ!?」


 牛が派手に前のめりに倒れ込んだ。

 地面に突っ伏し、しばらくジタバタした後、観念したように動かなくなる。


「……え?」


 呆然とする俺を、後ろから子どもたちが見ていた。


「す、すごい! 悠真兄ちゃん、牛を倒しちゃった!」

「やっぱり兄ちゃんってすごいんだなぁ!」


「……いや、違う。偶然だ。偶然なんだ」


 必死に否定するが、子どもたちの目は輝いていた。

 そして後に駆けつけてきた村人たちまで、その勘違いを信じてしまうのだった。


「悠真、お前……そんな力があったのか」

「村の誇りだな!」

「いやいやいや! ただ転んだだけだから!」


 どんなに弁解しても、人は自分の都合のいいようにしか解釈しない。

 そして俺の望みとは裏腹に、「悠真は頼りになる」「隠れた力を持っている」といった噂が村に広まっていった。


 ……いやだ。俺はただの脇役でいたいんだぞ?


牛を“撃退した”――いや、正しくは「転んだ勢いで倒した」だけなのだが――その翌日のことだった。


 村の井戸端で水を汲んでいると、不意に声をかけられる。


「……昨日は、ありがとうね」


 振り返ると、そこに立っていたのは村の娘、リサ。

 肩までの栗色の髪を揺らし、恥ずかしそうに頬を赤らめている。


「え? ああ、あの牛のことか?」

「うん。もしあのまま畑に突っ込まれてたら、私の家の作物も全部ダメになってた。だから……本当に助かったの」


 そう言って、リサは胸の前で両手をぎゅっと組み合わせた。

 まるで恋する乙女そのものの仕草。


「ちょ、ちょっと待て。俺はただ転んだだけで――」

「そんなに謙遜しなくてもいいよ。みんな知ってるもの。悠真くんは、人知れず努力してるんでしょ?」


「いや、努力なんてしてない! むしろ努力から逃げてるくらいで――」


 必死に否定する俺を見て、リサはふっと微笑む。

 その笑顔が、やけに艶っぽい。


「……そういうところも好き」


「……は?」


 思わず間抜けな声を漏らした俺に、リサは耳まで真っ赤になり、慌てて言い直す。


「ち、ちがっ……! えっと、その、尊敬してるって意味!」


 言いながらも、ちらちらと視線を向けてくる。

 いや、完全に勘違いしてるよな、これ。


 俺はただ脇役でいたいだけなのに。

 なのに、なぜか――。


 ふと吹いた風で、リサのスカートが軽く揺れ、膝上の白い脚が覗く。

 俺は慌てて視線を逸らした。


「っ……!」


 こんな場面を誰かに見られたら、余計な噂が広がるに決まっている。

 脇役でいたいのに、なぜ俺はこんなラブコメじみた状況に放り込まれるんだ。


 ――いや、違う。これは俺のせいじゃない。

 “補正”だ。主人公補正という見えない力が、俺を物語の中心へと引きずり込もうとしている。


 心の中で必死に否定しながらも、リサの潤んだ瞳がこちらを見つめる。

 その視線に、ほんの一瞬、胸がざわついた。


 ……いやいやいや。俺は脇役だ。

 ここで恋愛フラグなんて立ててたまるか。


 そう自分に言い聞かせ、俺はそっとその場を離れようとした。


「悠真くん……また、話したいな」


 背中に届いた声が、妙に甘く響いた。

 ――気づけば、俺の物語はもう動き始めてしまっている。



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