秘密の関係
新選組一番隊組長――沖田総司。悲劇の天才剣士。美少年。子供好き……と、様々な属性を盛りに盛られまくった。まさに現代が生んだ悲しき偉人の1人とも言える。
俺も歴史系のゲームは、これまで色々やってきた。それも様々なジャンルを。織田信長や戦国武将が女体化して出てくるアッチ系のゲームだってやった事がある。
だから、耐性はあった。沖田総司だって俺のいた現代じゃ女体化の筆頭候補だ。けど……いやしかし……。
「……本当に女だったんだ」
「は? なんですか? 女だからって舐めてます?」
「いや! そんな事は、ないのだが……」
おいおい……。マジかよ。――ん? って事は、さっき……俺の体の上に乗ってきたのは……男の沖田総司ではなく……女だった沖田総司って事で……。
――は! つまりそれは……。
「……何、顔を真っ赤にしているんですか? キモいですよ。これから死ぬ人間の顔とは思えないくらい余裕ですね。芹沢さん」
はっ――! しまった。
「……待ってくれ。沖田よ。……俺は、決して怪しい者ではない! これは、本当だ! 近藤さ……じゃなくて、近藤君を悪く言った事は謝る! しかし……」
「今更、何言ってるんですか? 貴方は、ここで僕に斬られる運命です」
沖田の目は、本気だ。京でよく見るようなお淑やかな女性とは、大きくかけ離れていた。
目の前の彼女は、人を殺めた事のある侍のそれだ。居合抜刀の構えをとっているその姿は、とてつもない威圧感を放っている。
沖田の目が更に鋭さを増した――。
「……よくも。よくもよくもよくも……。近藤さんにだって、まだ見せていない僕の本当の姿を……よりにもよって、アナタなんかに……」
性別が、違ったからと言って甘く見ちゃいけなかった。沖田の殺意は、尋常じゃない。ピリピリと伝わって来る。
「……待ってくれ。沖田! 君が、その……女性だったという事を秘密にしていたのは、知らなかったんだ」
「そりゃあ、浪士組の誰にも言っていませんから。もしも、バレたりなんかしたら僕は……」
バレたらまずい理由でもあるのか? いや、今はそれよりも……。
「悪かった! 勝手にその……君の……むっ、胸を触ったりして……。本当にこの通りだ!」
正座をして俺は、地面に頭をつける。本当は、一瞬たりとも沖田から目を離したくはない。離した途端にスパッと斬られてしまいそうだから……。
けど、謝らなきゃいけない。俺は、芹沢なんだ。しかも既に……皆の好感度は、地の底だ。ならば、生き残ると覚悟を決めたからには、まず謝る必要がある!
相手がいくら侍だろうと、きっと通じ合う事はできるはずだ!
「……芹沢さん」
「分かってくれたか!? 沖田くん!」
「はい! 芹沢さんが反省しているという事は、よく分かりました! しかし……死んでもらいます!」
「え?」
「芹沢さん、僕の正体を知ってしまったからには、もう逃げられません! このまま切り刻んで差し上げますよ!」
まっ、マジか……。俺の誠心誠意……完全敗北! そんな……誠の旗を掲げていた新選組の人達ならきっと、分かり合えると思ったのに……。歴史の大ウソつき! なんで、沖田が女なんだよ! おかしいだろ!
「安心してください。一瞬ですから。その首、一振りで落として差し上げましょう」
「ひぃぃい!」
俺は、急いで屋敷にいるであろう平山と新見を呼ぼうとした。しかし――。
「あー、助けを呼ぼうとしても無理ですよ。新見さんや平山さんには、土方さん特製の“石田散薬”を飲ませておきました」
「石田散薬!?」
それって、土方歳三が、浪士組結成前に売っていた薬の名前の事じゃ……。どうして、その石田散薬を飲ませたりなんか……。
「あれ? ご存知ないですか? 土方家特製の石田散薬の悲劇。……万能薬だからと、平常時に服用するとしばらく体が痺れて動けなくなってしまうんです。僕、今日の夜にちょっとだけ新見さん達のお酒の相手をしましてね。その時にお酒にすこ~しだけ混ぜておきました」
「最早、薬というより毒じゃねぇか!」
「うふふ……ですから。誰も助けには来ません。黙って死んでもらいますよ。芹沢さん」
まずい……。助けも来ないとなれば、俺……絶対絶命だ。何とかして……何とかしないと……!
「お覚悟は、よろしいでしょうか? 安心してください。……僕の剣なら、西洋で流行っている“ぎろちん”? と同程度。痛みは、一瞬ですよ?」
――一瞬たりとも味わいたくないわ!
くそ……なんとか、この状況を打破できる方法を……。
――そうだ! 一か八か……これを試してみるか!
沖田総司の手が、刀をより強く握りしめたその瞬間、俺はありったけを込めて言った。
「……甘いぞ! 沖田!」
「……?」
抜刀直前の沖田の手が止まった。――よし、話を聞いてくれそうだ! ならば……。
「……おっ、お前の正体が女だという事は……この芹沢鴨! はなっから気づいておったわ!」
「なっ、何ですって!?」
「ふふふ……貴様が、近藤や土方に自分の正体を隠している事も……全て最初からお見通しだ。そして……もしも、貴様がこの俺を殺そうなどとした場合どうなるか……。ふふふっ、どうなるかなぁ?」
「なっ、なんですか? 早く仰ってください!」
沖田の顔を一滴の汗が滑り落ちる。……どうやら、少しは動揺しているみたいだ! ここまで来たら後は……もうままよ!
「……この八木家の何処かに俺の遺書が隠されている。そこに……貴様の正体について! ふと~い筆で、びっしりと書いておいたのだッッ!」
「なっ、何ですってぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「ふふふ……しかも、お前のありとあらゆる情報を全て……。貴様の体の……身長や体重……その他諸々の情報が、全て記載されておるわ!」
「ヒッ!」
沖田は、咄嗟に自分の胸を両手で隠すようにギュッと自らの体を縛り付けるかの如く抱きしめた。
「けっ、けど、そんなものが本当にここあるなんて思えません! はったりに決まってます!」
痛い所をつくな……。しかし、それも脳内シュミレーション済みだ!
「……当然! 貴様ら試衛館の者達にこの芹沢が、遺書の在り処を教えると思っていたか? 在り処を知るのは、この俺ともう1人……。2人だけよ! 遺書には……次期、浪士組筆頭局長の名も記載されている!」
「なっ、何ですって!?」
「ふふふ……お前にだけ教えておこう! 次期筆頭局長は、近藤などではない! うちの所の新見くんだ! 俺を殺せば……次は、新見くんが局長! 近藤の時代は、一生来ない!」
「くっ……あんなサルに……」
言われてるぞ~。新見くん。
「さっき、貴様の胸を触ったのも我が記述が間違っていないか確かめるための作戦。……ふふふ、どうだ? この芹沢鴨を殺すという事が……如何に貴様にとって後々不利となるか……思い知ったか?」
「なんて……なんて、最低な人!」
本当だよ。昼間に少女に頭を下げた事が、まるで水の泡になるみたいな展開。これから善人として頑張ろうと思っていた矢先にこれって……。
けど、ここで引いたら殺される!
「……どうする? 沖田よ。……ここで、この俺を殺すか? それとも生かすか? もしも、殺した場合は……分かっておるな? 貴様の新選組人生……否! 侍人生、今日が最後!」
沖田は、歯を食いしばり、グッと堪えた様子で俺を睨みつける。
「……良いでしょう。今日の所は、この辺にしておきます」
ふぅ……良かった。咄嗟に思いついた作戦とはいえ、何とかうまく行ったみたいだ。
「しかし――」
「へ?」
その瞬間、俺の頬を沖田の菊一文字が掠める。僅か、一瞬の出来事だった。風……いや、旋風。否、閃光のように沖田の剣が俺の顔のすぐ傍で止まる。沖田は、告げた。
「……あなたの言う事には従いましょう。ただし、あなたが今後、近藤さんに危害を加えたのなら……その時が芹沢さんの最後だと思ってくださいね」
「……」
「言ったでしょう? 近藤さんの為なら命を懸けられると……あの人に何かあったら僕、アナタの事を真っ先に斬りに行きますから。今後は、同じ局長として近藤さんのために動いてもらいますよ。……良いですか? せ・り・ざ・わ・さん」
「は……はい」
かくして、俺と沖田総司の秘密の関係がこの日完成する事となった。
――芹沢鴨、暗殺まで残り30日。