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鴨、死す

 芹沢鴨生活も気づけば1日が終わろうとしていた。


「長かった……」


 江戸時代にタイムスリップして僅か数分。濃密すぎる時間を過ごした。まさか、自分が歴史上の偉人と一日のうちに5人も遭遇するとは……。歴史に残る事件にも関与する羽目になるとは、思いもしなかった。


 空は、ようやく暗くなってきていた。1日も終わろうとしていた。


 俺は、八木家に戻るや否や晩御飯も食べずに部屋の畳の上で横になった。八木家に戻ってきた時、真っ先に平山五郎や新見錦が、心配してきた。どうやら他の隊士達から噂を聞きつけて、俺が壬生寺に立ち寄った事を知っていたらしい。


 帰ってきて第一声は「芹沢先生! やはり流行り病に……!」などというものだった。……つくづく、知ってはいたがこの芹沢という男が、いかに剣の稽古をサボってきていたのかが伺える。


 そりゃ、土方さんが嫌うわけだよなぁ……。なんだか、芹沢として生きれば生きるほどに自分が嫌いになりそうだ。まぁ、俺であって俺じゃないんだけど。


「それにしても今日は、疲れたなぁ」


 うつ伏せになれば分かる。畳から感じる香り。


 知らない家の知らない時代の知らない場所へ急に飛ばされたのに畳の匂いだけは変わらない。何処か懐かしくて、心地よい木の(このか)


 深く呼吸をすればするほどに心が落ち着いてきて、頭が蕩けてしまいそうになる。


 ……あぁ、ヤバい。眠くなってきた。


 視界は、少しずつ暗くなってきて、意識さえも……。





 これは、どういう事なのだろう。俺は今、目の前の女性と向き合っている。


 全く意識もしていないのに顔の周りが熱く、心臓はバクバクしていた。


 今の状況が何なのか? 理解できない。なのに、大事な事をこの目の前の女性に伝えなければいけない気がして、そわそわしている。全身が痒い。寒くないのに口がガタガタ震えているのが分かる。


 一体、自分はどうして……?


 そんな時、目の前の女性が勢いよく頭を下げて告げてきた。


「ごめん……」


 不思議とガラスが割れたみたいな音がした。気づけば目がいつも以上に潤っていて、溢れてきそうになっている。


「そんな……」


 言いようがないショックが俺を襲う。



 これは……。



 全てを思い出しそうになった次の瞬間、生暖かい吐息と共に誰かの声が耳を打つ。


「……芹沢さん」


「──!?」


 目を開けた時、すぐに理解した。


 ──腰の辺りが重たい。誰かが馬乗りにでもなっているのだろうか?



 しかし、誰が? 顔を少しだけ起こしてみると、そこには確かに誰かがいる。


 ──けど、ダメだ。暗くて顔までは分からない。


「誰だ!」


 叫ぶ俺の目の前で、その人物は告げた。


「……誰であっても良いではないですか。どうせ、結果は変わらないのですからね」


 え……?


 影の向こうの人物は更に告げた。


「……それにしても隙だらけですね。芹沢さんは。武士とは思えないくらいですよ」


「なっ、なんだと?」


 と、口では言ってみたけど……いや、武士じゃないからね。中身は。


「……それだけ隙だらけだと、僕じゃなくても簡単に“切り刻む"事ができますよ?」


「……? 切り刻む? だと……まさか、君の正体は!」


 その時、月にかかっていた雲が消え、眩しいくらいの光が俺を照らした。


 胸元を覆う包帯が僅かに見える──。その包帯にも負けないくらい白い肌と細い手が露わになっていく。


「沖田……総司!」


「えぇ、こんばんわ。芹沢さん」


 月明かりの下、沖田総司は俺を見下ろしている。日中出会った時ではあり得ない光景だった。なぜ沖田が、八木家の俺の部屋に?


 ……夜這い? いや、男に夜這いされても……。


 と、色々考えていると沖田が鋭い眼差しで見つめてくる。


「……ほんっと、隙だらけですね。芹沢さん、変わったなぁ。いや、単に変わったというだけではありませんか」


「え……?」


 どういう事だ。沖田総司のこの言葉……まさか、俺が本当は芹沢鴨じゃないって事がバレているのか?


 だとしたら……どうする? ここで、正体を明かすべきか? 俺は未来から来たんだ! と……?


 いや、そんなの……


「意味わかんね」


 ──ザクッ!


 一刀両断乱れ斬りにあうだけじゃん! けど、気づかれ始めているのなら、ここで正体を打ち明けた方が……死の運命を覆せるかもしれない。


「沖田さ……いや、沖田よ。実はだな……」


 賭けに出る事にした。ここで、自分の正体を打ち明けてしまおうと俺が言いかけた次の瞬間──。


「分かってますよ。あなたは、芹沢さんじゃない。芹沢さんに化けたキツネでしょ?」


「……ん?」


 キツネ? 俺、キツネ?


「とぼけても無駄ですよ。まさか、京にキツネがいるとは……噂に聞いてましたけど、よりにもよって芹沢さんが化かされるとは思いませんでした」


「待て待て! 確かに俺は、本当の芹沢鴨じゃない! けど、流石に人間だ! キツネなんかじゃ……」


「は? 意味わかんないんですけど。人間? けど、芹沢さんじゃない? じゃあ何者なんですか?」


「それはその……俺は未来から来た……」


「未来? ふーん。じゃあ聞きますけど、未来では僕は、どうなっているのです? 近藤さんは?」


「それは……」


 言っていいものなのか? 新撰組の未来。悲惨な結末を……。


 だが、迷っている俺に沖田は迫る。


「どうしたんです? やっぱり答えられない? 未来だなんて適当な事を言って逃れようとして……もういいです。答えられないのならここで、切り刻みますから」


 脇差に手を置く沖田が、獲物を狩る鷹の如し眼差しでこちらを睨みつける。


 その眼光を見ただけで俺は震えてしまった。恐怖のあまり俺は──。


「……沖田さんは! ……倒れてしまいます。近藤さんも……新時代を迎える前にこの世を……」


 拷問を受けていた人質の告発のように全てを吐いてみせたのだった。


 やべぇ……全部言ってしまった。未来の事は、この時代を生きる人達に言わない方が良いみたいな事を映画とかで見て知っていたはずなのに……。


「……!?」


 俺は、すぐに目の前のドス黒いオーラを感じとる。それは間違いなく、殺意の眼差しだ。


「ふーん。僕、死ぬんだ。まぁ、別にそれは良いんだけど……」


「え?」


「それよりも……近藤さんが……何?」


「え?」


 沖田総司の目は、殺意そのものと化しているみたいだ。恐ろしすぎて自分の全身が固まってしまっている。彼は普段と変わらない調子で告げた。


「……僕ね、近藤さんの為なら命も賭けられる。あの人は、僕の親代わり、兄代わりとなって育ててくれた大切な人なんだ。僕に剣を教えてくれた。僕という存在を初めて見つけてくれた。大切な人なんだよ」


 そうだ。沖田総司は、身分の低い武士の家の生まれ。しかし、幼い頃から姉と2人きり。その姉が、近藤勇の元へ沖田総司を預けたのだ。


 天涯孤独となった沖田を救ったのが近藤勇だ。


 ──そして、目の前の沖田総司は……。


「……僕、決めたから。あなたが、キツネだろうがそうで無かろうが……僕の前で近藤さんを愚弄したあなたは、ここでバラバラに切り刻む……!」


 沖田は、立ち上がるや否や至近距離で俺を睨みつけたまま脇差から本差の方へ手を置いた。


 ──居合の構えだ。その構えに俺は、ゾッとする。同時に近くに置いてあった自分の刀を持とうとした。──直後


「無駄ですよ。忘れたんですか? 浪士組で、タイマン勝負をしたら確かに芹沢さんは、一番強いかもしれない。……けど、居合いの速さであれば僕に軍配が上がる。試衛館一の速さと言われた僕の剣であれば、この距離の芹沢さんは避けたりするよりも先に斬れる」


 確かにそうだ。本能的に逃げようとしていたけれど、そんなの無理だ。相手は、あの沖田総司……!


 無明剣と呼ばれるほどの侍を相手に自分が逃げれるわけがない。


 ど、どうすれば……。まさか、転生初日にしていきなり死亡フラグが立つとは思いもしなかった。しかも、史実と大きく異なる。形でだ。


 何とかして沖田総司から逃げないと……けど、どうやって……。



 と、その時、俺の目に映ったのは沖田の胸元に巻かれていた包帯だった。


 そういえば……昼時に言っていた。沖田は、転んで胸元を怪我してしまったと……。


 と、いう事は……今の沖田にとって弱点は、胸。


 これから結核に侵される人の胸を狙うのも少しずるい気もするけど……。命の危機だ。ここは、もうやるしかない!


「これが……生きるための俺の足掻きだぁぁぁ!」


 沖田の胸元目掛けて勢いよく手を伸ばす──。その起死回生の一手が、炸裂──したかに見えた。



 ──もにゅ。



 ん?



 ……はて? この感触は……。


 沖田の胸元に手を伸ばした瞬間、手のひらに広がるこの感触……。うむ。知らないようで知っている気もする。


 なんだろう? これは……。


 ──ムニムニ……と、弾力のある肌触りだ。しばらくしてようやく俺は、自分が沖田の胸の山のようになっている所を触れている事に気づいた。


 ん? いや待て? 山? 人間の胸にそんな部位は存在しないはずでは……。


 しかし、何度触って確かめてみても答えは変わらない。不変の心理がそこにはあった。


「あの……芹沢さん?」


「ん?」


「……いつまで触っておられるのですか?」


「へ?」


「だから……」


 沖田は、俺を睨みつけて言った。


「僕の胸をいつまで触っているつもりなんですか?」



「あっ、あぁ! あっ! あ? いやちょっと待て? どうして沖田総司に胸があるんだ?」


「失礼ですね。どうしてと言われても……僕が女性であるからに決まっているでしょ?」


「あー、なるほど」


 またしても歴史と違う箇所を見つけてしまったというわけか!




 ……って、え?



「女アアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

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