沖田総司
壬生浪士組筆頭局長――芹沢鴨。文久3年9月16日の深夜に何者かに暗殺された事でその生涯を閉じる。傍若無人、酒池肉林。まさにこれらの言葉がよく似合う大男。
そんな奴に俺は、なってしまった。俺は、現代の日本で生きる冴えないサラリーマン。芹沢鴨とは真逆の俺が(お酒を飲むのは、大好きだけど……)この幕末の京都で芹沢鴨として生きていく。
暗殺の日まで後、1ヶ月。俺は、死の運命を絶対に回避してみせる……!
そのためにも、まずは……周囲の俺のイメージを変えていく必要があると思った。
特に……土方歳三。新撰組鬼の副長であり、芹沢鴨暗殺の張本人とも言われているこの男の信頼を勝ち取らねば、俺の暗殺の可能性は、消えない。
何としても、まずは土方歳三と話をしなければ……。
確か、壬生浪士組の拠点は大きく分けて2つに分かれていたはずだ。
1つは、俺や新見錦、平山五郎が居候している八木邸。壬生浪士組の中でも所謂、芹沢派と呼ばれる人達がよくいる場所だ。
そしてもう1つは……壬生寺。隊士達の訓練の場だ。まぁ、浪士組の中でも真面目に訓練していたのは、土方歳三や近藤勇をはじめとする多摩の試衛館という道場から来た人達なわけだが……。
先程、八木邸に行った時には土方歳三の姿はなかったし、壬生寺に顔を出しているのだろうか?
そう思って俺は、新見や平山に別れを告げて寺に向かって歩いていた。その時だった──。
「……」
「……ん?」
壬生寺へ向かう途中、目の前に1人の子供が立っている。その子供は、どうも俺の事をジーッと見つめているようだった。
なんだ……?
「……君、どうした? 迷子か?」
と、声をかけてみるや否や──。
「ぶああああああああ! 怖いおじちゃん!」
「へ?」
子供は、俺の顔を見るなり泣き出した。
「え? いや、えーっと……ぼっ、僕? 大丈夫だよ。おじさん、怖い人じゃないんだよ〜」
後世、芹沢鴨が絶対に言わない台詞ランキング堂々の一位だろう……。
俺は、子供をこれ以上泣かさない為にも子供の側まで駆け寄り、必死になった。変顔だってやってやったさ。けどな……。
「ぶああああああ! 鬼みたいな顔だああああ!」
「あれえええ!?」
変顔もダメか。……いや、それほどこの顔は、怖いのか? 鬼みたいって、もしかして土方さんよりも!?
慰めようにもこれでは、何をしてもダメだ。
かくなる上は……やはり、ハラキリショーでも……。
と、その時だった──。
「……何をなさってるんですか? 芹沢さん」
「……へ?」
その声は、後ろからした。冷たい声だ。けど、土方歳三の時よりも声に柔らかさがある。
見てみると、真っ白い肌と長い黒髪を後ろで結い、細くて今にも折れてしまいそうな手。小さな肩と、紺色の着物を見に纏ったすらっとした美男子が立っていた。
男のわりには、少し声が高いというか、中性的な気もするが……。
見た目もそれに引っ張られてか、何処か中性的でもあった。
その美男子は、俺に言ってくる。
「こんなところで、今日も弱い者いじめですか? しかも、子供を相手に」
「え!? いっ、いや違う!」
そう言った次の瞬間に泣いていた子供が、美男子を見た途端、彼の元へ駆け出した。
「……総司兄ちゃん!」
「え!?」
総司兄ちゃんって、もしかして……?
「お、沖田総司!?」
「……そうですけど、なんですか? 暑さで頭がおかしくなっちゃいました?」
沖田総司は、抱きついて来た子供の頭を優しく撫でながら、俺をからかうみたいな目で見ていた。
いや、あの目はからかっている目ではない。俺にはすぐ分かった。学生時代に何度も女子達から受けてきた事のあるあの目は……。
人ではない何かを見るような目。すなわち、目の前の人間を見下している時の顔だった。
そういえば、土方歳三に囚われすぎて忘れていたが、芹沢鴨暗殺に加担した人物は、土方の他に後、2人は確実にいたとされている。
そのうちの1人が、この沖田総司。新撰組一の天才剣士にして、悲劇の侍でもある。
まぁ今、目の前にいる沖田は、一番元気な時だと思われるが……。
と、沖田についてあれこれ考えていると彼は、子供の頭を撫でてあげなら告げてきた。
「なんですか? じーっと見て、気持ち悪いのでやめてもらって良いですか?」
「あっ、あぁ……」
イメージと少し違うな。俺のイメージしてた沖田総司は、普段はもっと冗談とか言ってニコニコしているイメージなのだが……。
この目の前の沖田さんは、どうも違う。
……何というか、あれだ。学校のクラスのちょっと嫌な感じの女子って感じだ。合唱祭とかで「ちょっと男子ぃ〜?」とか言ってそうな。
うーん。でも、なんかそれだけでもない気がする。いや、思ったよりクールというか、普段はこんな感じだったのか。
「よしよし……。怖かったね。もう大丈夫。お兄ちゃんが、あの怖いおじちゃんを斬り刻んであげるからね〜」
「いや、こわっ!」
途中まで凄く優しいお兄ちゃんだったのに最後の一文で台無しだよ。何、切り刻むって……俺、ハラキリどころか、バラバラ遺体にされちゃうの!? 鴨の解体ショーですか?
「何なんですか? 今日は……。そんなにジーッと見て、気持ち悪いですよ? 幼女に気でもあるんですか?」
「ロリコンじゃねぇよ! てか、その子は男の子だろうが!」
俺とした事が、ついツッコミを……。
すると、沖田は不思議そうな顔で告げてきた。
「露里……婚? なんですか? その意味の分からない南蛮言葉。それで理知的を気取ってこの子を言いくるめようとしてもそうはいきませんよ?」
「してねぇよ!」
いや、イメージと少し違うが、この嫌味を言う感じ、いちいち人を煽ってくる感じは、何処かイメージと重なる部分もあるかもしれない。
……って、そうじゃなくて。
「そういえば、土方さ……じゃなくて、土方は何処にいる?」
危ねぇ。ついうっかり、さん付けしそうになった。芹沢鴨は、人をさん付けするような奴じゃなさそうだもんな。
すると、沖田はしばらく何も言わなかった。土方の居所を思い出しているのだろうか?
彼は少し経ってから口を開いた。
「……土方さんなら、壬生寺で見かけましたよ。ほら、いつものあそこ。あそこで、刀の手入れをしてましたよ」
いつものあそこ……? 何処のことだ。いや、もしかしたらこれは、浪士組の間じゃ有名な話なのかもしれない。今の俺は、局長芹沢鴨。他の隊士達のしている事は何だって知っていたはずだ!
「そうか。いつもの所か。うむ。分かった」
そうして俺は、一旦沖田総司と別れる事にした。いつもの場所か。いや、まぁ他の隊士に聞こう。多分きっと誰かが知っているはずだ。
こうして歩き出すと、その時だった。後ろから泣き終えた子供の声がする。
「総司兄ちゃん、どうして胸に包帯なんか巻いてるの? 怪我でもした?」
「あっ、こら。ダメだよ? 触っちゃ。これは、ちょっとこの前、盛大にこけちゃって、その時にできた傷。大した事はないよ」
「へぇ……。意外とドジだな。総司兄ちゃんって」
「あ、そう言う事言う子は、こちょこちょしちゃうぞ〜?」
子供と一緒に遊ぶ沖田総司か。レアな光景だな。こう言う所は、イメージと変わらない。後ろで聞いてる俺まで笑ってしまいそうだ。
そんな沖田のやりとりを経て、俺は再び土方歳三探しを再開させた。