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死の宣告

 鏡の一件は終わった。まさか、既に芹沢が遊郭の人の髪を斬り落としていたとは知らなかった。まだそこまで来てないだろうなんて思っていたが、これはもしかしたら……。


 既に相当悪い事をしまくった後なのかもしれない。


 ひぃぃぃぃぃ! マジか。そうだとしたら、いくらなんでも面倒ごとを押し付けすぎだろう! だいたい、俺がやった訳でもないのに、どうしてこんな……。


 ふと、前世の事を思い出す。会社の先輩……仕事ができない俺の為にいつも頭を下げていたなぁ。今なら少しその先輩にも同情できる……気がする。


 と、思いつつ俺は、一緒にいた平山五郎と新見錦の2人を連れて、京の街を散策する事にしていた。


 まぁ心配事は色々あれど、ひとまず……せっかく幕末の京都に来たのだからこの時代の京の街を堪能したかったし!


「いやぁ、それにしても芹沢先生が京の街を散歩したいなどと申すとは、珍しいですな」


「そ、そうかな?」


 俺は、芹沢先生であってそうじゃないから普段がどうなのか知らないんだよなぁ……。


 新見錦が続けて言った。


「普段は、酒だ酒だと島原にしか行かないものですから……こういう風にたまには、違う道を通る事も良い気分転換になりそうですな」


 あー……確か芹沢鴨は、毎日飲み歩いていたとか、酔ってない日はなかったと呼ばれる程の大酒飲みだったんだよな。


 しょっちゅう、京都の島原(遊郭のある所)に行っていたみたいだし……。


 すると、新見錦が改まって尋ねてきた。


「本当に今日はどうしたのですか?」


「あぁいや、別に……」


 単に京都を歩きたかった……だけでは当然ない。俺が芹沢鴨になる前、既にこの男がどれほどやらかしているのかを確かめたい。


 もしかすれば、既に取り返しのつかない所まで来ているかもしれない。その答えは、きっとこの京の街にあるはずだ。


 新見錦が不思議そうに俺を見つめている中、俺達はようやく京の中心街へやって来た。橋を渡って見渡すとそこは、賑やかな江戸時代の京の街。綺麗な町娘達がお団子を出し、イカついお兄ちゃん達がわっせわっせと物を運び、あちこちに蔵造りのお店が様々に並んでいる。


「凄い……」


 これだけで惚れてしまいそうな程、活気と華やかさを併せ持つ京の街に俺は見惚れていた。底知れない懐かしさだ。


 すると、新見錦が言って来た。


「……芹沢先生、良かったらそこのお団子屋に立ち寄ってみませぬか?」


 新見が指差した方向には、桃色の傘や赤い長椅子が特徴的な団子屋だった。確かに綺麗な店だし、雰囲気も良い!


「……よし!」


 そうして、俺達がお店へ向かって行くと──。


「すいません! 3人で!」


「きゃあああああああああああああ!」


「へ?」


 お店の中から凄まじい奇声が聞こえてくる。するとなんと、お店で働いていた黄色い着物と花飾りが美しい看板娘が俺達を指差して震え上がっているのが見えた。


「……この人達“みぶろ"よ! 江戸から来た野蛮人よ!」


「え!?」


「なんだってぇ!」


「おい! アイツら、この前うちん所の八兵衛と喧嘩してボコボコにした野郎だ!」


「私の娘に無理やり酒を飲ませた人でもあるわ!」


「僕の竹とんぼ壊したおじちゃんだぁぁぁぁ!」


「え? ちょっ」


「こうしちゃいられない! 皆逃げろ! みぶろは、何するかわかんねぇぞ!」


「あ、ちょっ! お団子……」


 たちまち、お店の中にいた人々は、一目散に逃げて行ってしまう。後に残された俺達3人は、しんみりとしたお店の中で立ち尽くしていた。


「……全く、なんと騒がしい者達ですかねぇ」


 サル顔の新見が顔を前に突き出して客達を睨みつけている。


「全くだ! 芹沢せんせ! ここぁ、この平山五郎に任せてくだせぇ!」


 黒髭の平山が、肩をゴキゴキ鳴らしながら逃げて行った客どもを追いかけようとする──。


「待って」


 しかし、俺はそんな2人を止めて告げた。


「その必要は、ない……です」


 お店の床に散乱したお団子を眺めながら俺はそう言った。


 ここまで嫌われていたとは……正直思わなかった。想像以上だったし、今となっては自分である恐ろしさを感じた。


「……良いんですかい? あの者達を放っておいて」


 平山が尋ねるが俺は、はっきりと言った。


「良いんだ。こうなってしまったのも自分のせいだ」


 2人は、互いに顔を合わせて俺を二度見した。……確かに、俺の知ってる芹沢鴨ならこんな台詞は吐かないだろうな。けど……。


 と、その時顔を上げた俺の視線の中に店の中に飾られてあったカレンダーが目につく。


「……葉月の16」


 て事は今は、8月……ん? 待てよ。壬生浪士組結成と芹沢鴨暗殺って確か……。


 俺は、急いで尋ねた。


「新見くん、今は何年だ?」


 すると、サル顔の新見錦は「はて?」と首を傾げて、まるで暑さで頭が回らなくなったのかと言いたげな表情で告げてきた。


「そりゃあ、文久3年の葉月でございますが……それが何か?」


 文久3年……。芹沢鴨が暗殺されたのと同じ年──!


 そうだ。壬生浪士組の結成と芹沢鴨の暗殺は同じ年。つまり俺の猶予は……。


「今日でちょうど、残り1ヶ月」


 新見と平山が首を傾げる中、俺は団子屋の机に手をついて絶望した。


「……まずい」


 て事は、1ヶ月後にはもう俺は……。


 あの土方歳三の顔が思い浮かぶ。あの男に暗殺されてしまう……。


 恐怖で手も震えてしまいそうだ。


 ははは……そうか。後、1ヶ月か。もうそれならいっそ……。思う存分やって果てるのも……。



「いや……」


 目に映ってしまった。床に落ちた団子が。あんな風にされたのは、初めてだったが人から嫌われるのは、学生時代ぶりだ。あの時、いじめを受けていた時と同じ……。


 やはり何年経っても寂しいし悲しい。それは、この身が、傍若無人に染まっても変わらなかった。


 この団子を俺も皆で食べたかった……。


 ならば……。



 俺にできるのか? 否、そんな事しても許されるのか?


 いや、もうそんな事はどうでも良い。今分かった。


 ──俺は、生きたい。



「誠心誠意……。俺は、生きる! 死の運命を回避してみせるんだ!」


 


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