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誠心誠意

 新撰組、鬼の副長こと土方歳三。新撰組という組織の事実上のリーダーであり、あの局中法度を作った男でもある。規律を重んじ、純粋に武士道を志した人でもあり、隊士達から鬼のようだと恐れられた。


 非常に厳しい人だった反面、下戸で俳句好きとしても知られていたりする。ちなみに、詩は下手。


 そして、そんな土方歳三こそ……芹沢鴨にとっては、最大の敵と言っても良い。文久3年9月16日。八木邸にて芹沢鴨は、暗殺された。その時に芹沢を斬ったとされる人物が、今目の前に見える土方歳三だった。


 芹沢生活、5分目にして俺は、ついに天敵の土方歳三に出会ってしまった……!


 彼は、その鋭い目つきで俺を睨みつけ、こう言ってくる。


「何を分かりきった事を。変なもんでも食ったか?……それより芹沢さん、さっき総司から聞いた話なんだが、アンタ、そこで遊んでいた子供達の幼い娘から鏡を取り上げたみたいじゃねぇか?」


「え!? へ? 鏡……?」


 はて、なんの事か? 芹沢生活5分目の俺には、皆目見当もつかない。寝ている間に奪ったのか? それとも……。


「そりゃ、仕方ねぇ事だ。芹沢先生は鏡を御所望だったんだ。武士の命令は絶対! その娘は、当然の奉公をしたまで……」


 と、言いながら平山五郎、懐に何かを隠し入れた。……って、おいコラ! お前だろ! 鏡持ってきたの! 何しれっと私やってませんみたいなツラしてんだ!


「ふむ。それにしても腹が痒い。虫刺されか? いやぁ、夏だなぁ。土方くんやぁ!」


 平山、テメェ……この俺1人に罪を……! 後で覚えてろよ!


「……なるほどな」


 土方歳三の鋭い視線が、平山の腹を捉える。次の瞬間に彼は、鋭い目つきで俺を睨みつけて告げた。


「ともかく、だ。今すぐに鏡を返しに行って欲しい。俺達浪士組が、こんな些細な事で京での評判をこれ以上落としたくはないんでな」


「……は! 馬鹿者が……真の武士たる芹沢先生が、ガキ1人のために鏡を返しに行くなぞ……」


「分かった。行くぞ。平山さ……平山」


 平山五郎は、目を丸くしていた。彼だけではない。側で話を聞いていた新見錦も驚いている。


「どうしてしまったのですか? 芹沢先生……。やはり、熱でもあるのではないですか?」


 最初にそう言ってきたのは、新見だった。彼は、懐から真っ白いタオルを取り出すと、早速外を流れている小さな小池へ向かおうと立ち上がりだした。平山五郎も同じく、屋敷に住む他の人へお粥を作るよう伝えに向かうが、俺はそんな2人に対してはっきりと告げた。


「落ち着いてくださ……くれ。良いか? 俺は、決して風邪などひいておらぬ。至って健康だ。ただ、謝れば済むのであれば簡単な話だと思った。それだけである」


 我ながら芹沢らしい言葉で自分の台詞を言えた気がする。実際に、平山も新見も先ほどと違って少しだけ納得した様子だ。


「さぁ、行くぞ。平山くん」


 早速俺は、屯所の外へ出かける。下駄を履いて戸を開ける。大きな庭が広がる場所を左に曲がって真っすぐ進むと、門のすぐ傍で泣いている少女と、それを取り巻く2人の子供の姿が見えた。


 あれだな……。


 平山から鏡を受け取った俺は、早速その少女の元へ向かう。そして、彼女にボロボロの鏡を渡す。


「……すまなかったな。うちの者が迷惑をかけた」


 だが、俯く少女は俺の手に持っていた鏡を奪うように取り上げると、ぎゅっと鏡を抱きしめたまま俺の事を睨みつける。ボロ……ボロ……と少女の目から涙が零れ落ちるのを見て、俺は……いや、どうすればいいんだ? この状況。


「お、おい? どうした? あ、もしかして……拭いてやろうか? それとも……新しいのでも買って……」


「アンタが……やったんだ」


「え……?」


 すると、その少女は目に大粒の涙をいっぱいに溜め込んだまま震えるその瞳でギリッと睨みつけて言った。


「……アンタが、姉ちゃんを……うちの姉ちゃんの髪を切ったんだ!」


「え……? お姉さん?」


 髪を切ったって……まさか……。


「覚えてないんだ! 島原で働いてる姉ちゃんの髪……アンタらが斬ったんでしょう! お姉ちゃんは、あの日からずっと外にも出られなくなってしまったんだよ!」」


「……」


 口も開かなかった。まさか、一番恐れていた事が既に行われていただなんて……。


「……この鏡は、お姉ちゃんが7つの誕生日の時にくれた大切な宝物だった」


「……!」


「……なのに、こんな……」


 少女の手が、鏡のヒビに僅かに触れる。震える指先を伝う涙が、鏡に刻み込まれたヒビをなぞるように零れ落ちる。


 芹沢鴨……。ゲームとかでどういう人物だったのかは、おおよそ知っていた。破天荒で、酒池肉林という言葉が似合う大男。大酒のみで、飲むと人柄も変わってしまう。今も尚、新選組の悪役として登場するほど悪名高い男だ。


 しかし、芹沢が歴史に残した影響は大きい。事実、芹沢暗殺という出来事を経て、新選組はより一層まとまり、剣客集団としての地位も確立する。


 ある意味では、死して歴史に残した男とも言える。


 ――こう言う時、俺の知る芹沢ならきっと子供に対しても容赦なく、扇子で頭を叩いて泣かせたり、酷い事言って余計に子供を泣かせたりするんだろう……。



 でも今、芹沢は俺だ。普通の冴えないサラリーマンやって、毎日酒ばっか飲んでどうしようもない日々を過ごしていたこの俺が……今では新選組の筆頭局長になっている。


 冴えないサラリーマンの俺にでも……子供を泣かせる事は良くないって、そんな事くらいは分かる。だから、俺は……。


「……すまなかった」


 少女は、僅かに顔を上げた。涙で潤んだ瞳と目が合った――。


「……今更、謝った所で許してもらえると思ってはいない。俺のやった事は、それくらい許されない事だし……髪は、女の命とも呼ばれている事も知っていて、そんな事をしてしまったのも……酒癖の悪さが原因とはいえ……償って償いきれない」


 そうだ。だからこそ――。


 先程から懐の辺りにあった小刀を取り出して、俺は鞘から刃を取り出した。……瞬間、娘の顔が恐怖と漆黒に染まる。彼女は、本能的な恐怖を感じ、後ろへ一歩……また一歩と下がり始める。


 俺は、その小刀を大きく振りあげ、それから地面へと勢いよく胡坐をかいた。そして――。


「死んで詫びよう。これは、武士として……いいや、1人の男として必要な事だ。君のお姉さんを悲しませた責任は、この芹沢鴨……命に代えてでも取ろうではないか!」


「せっ、芹沢先生!? なっ、何をなさるおつもりでしょうか!」


 新見錦が、慌てて俺の小刀に触れてくる――。


「離してくれ。新見さ……新見くん。どうせ、いつか死ぬんだ。なれば、ここで責任をもって果てる方が、武士として潔い!」


 実際、壬生浪士組結成のすぐ後に芹沢は死ぬ。後、3ヶ月……あるか否かという所だろう……。それならもういっその事暗殺されるよりも先にここで、自ら命を絶ってしまった方が……。


「何を馬鹿な事を仰いますか! 芹沢先生は、壬生浪士組を率いる天下の筆頭局長様でございます! 一国一城の主が、このような小娘1人の為に何も命まで……」


「バカ野郎! 女にとって髪は命! なれば、武士として命を差し出すのは、当然の事だろうが!」


「お覚悟が、決まり過ぎでございます! どうしてしまったのですか! 芹沢先生! ……ほら、平山! 貴方も何とかしなさい!」


 新見に呼ばれて、それまで口を半開きにして惚けていた平山五郎も我に返って、俺を止めようとする。


「芹沢せんせ! 具合悪いのか? もしかして、酒か? 酒、足りねぇのか?」


「んなわけあるか! 人を酔っぱらいみたいに言うんじゃない!」


「いや、いつも顔真っ赤にしてるじゃねぇですか!」


 ……と、俺達がワチャワチャしている中


「……もう良いです」


 少女は、きっぱりと告げてきた。俺達3人は、そんな少女の言葉に固まってしまっていた。


「……別にそこまでしてもらうつもりで、来たわけじゃありませんし……。ただ、お姉ちゃんの悔しい気持ちを少しでも伝えたかった。本当にそれだけなんです。腹を斬る覚悟は、むしろ私の方がしていました。……でも、もうこれで十分です。行こ」


 少女は、歳不相応に頭まで下げて2人の友達と共にその場から静かにいなくなってしまった。そんな少女の後姿を眺めていると、隣から新見が脇に差した刀に手をかけて一歩、前へ出ようとした。


「よせ……」


 俺は、それをギリギリで引き止め、少女の小さな背中を見つめながら言った。


「あんなにしっかりした子を殺すわけにはいかないですよ。あぁ言う子が、これから先の日本を作っていくんです」


「芹沢先生……」


 新見もようやく分かってくれたみたいで刀を納めた。すると、今度は後ろから冷徹な男の声が聞こえてきた。


「……どういう風の吹き回しだ? 芹沢さん」


 振り返るとそこには、あの土方歳三が立っている。……恐れる事はない。自分の思った事をやったまでだ。


「……俺が間違ったことをしたのだ。武士として、当然の事」


 我ながら芹沢らしい言い回し……かな? しかし、土方は目を細めて尋ねる。


「武士だぁ……?」


 こ、こえぇ! こえぇよ! 何なんだよこの人! 以上に迫力あってこえぇよ!


「そ、それは……その……武士として……誠心誠意と言いますか……」


「あ?」


「ええええぇっと! だから、誠の心を持って人に接する事も1つの武士道かな……とか、思ったりなんかして……」


 土方は、しばらく俺を睨んでいた。まるで、目の前の人間をこれから斬り殺すみたいな凄まじい覇気だ。


 あー、やばい。俺、今から殺されるか? 


 しかし――。


「……そうかよ。まぁ、自分達で解決してくれたのなら俺としては、仕事が減ってくれて良かったが」


 そう言って、土方は俺達の元を離れて行った。

 

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