鬼VS鬼
それは、ほんの一瞬の出来事だった──。俺と沖田が茂みの音に気づいた次の瞬間には、あちこちから茂みのガサガサという音が聞こえてきて、俺達の周りを囲っていた。
そして、正面の茂みから大きな巨体を持った大男が姿を現す。
「で、出たァァァァァァァァァァ!」
天保山の鬼──が、ついに俺たちの前に姿を現した。
「……待って! 芹沢さん」
と、その時──沖田が背中に隠していた刀を抜き、鬼に切先を向ける。彼女は、鋭い暗殺者の顔をして鬼を睨みつけていた。
「……お、おい! 沖田!」
コイツ、鬼とやり合う気か? こんな巨大な……。
すると、彼女は俺に告げた。
「……よーく見てください。芹沢さん。この鬼の姿……これは、鬼なんかじゃありませんよ」
「え……?」
恐る恐る……ゆ~っくり両目を開けてみた。すると、そこには大きな体をした鬼……ではなく
「どすこい!」
「おえ?」
木の根のように太く大きな足を地面に叩きつける。男は、褌を履いており、ゾウのように大きな体でゆっくりとこちらに迫って来る。
そこには、しこを踏むお相撲さんの姿があったのだ。
「あ、あれ?」
鬼じゃない? ちゃんと見ると、明らかに人間だ。一体、なぜ……。
「どうやら、囲まれたみたいですね」
沖田の言う通り、俺達は鬼ではなく、どうやらお相撲さんの集団に囲まれていたらしく、茂みの中から次々に力士たちが姿を現す。
沖田は、刀を抜いて握りしめながら告げた。
「……何ですか? 貴方達は……。僕ら、急いでるんですけど?」
すると、力士の1人が野太い声で言った。
「……侵入者め。とうとう姿を現しおったな」
「侵入者?」
何を言っているんだ?
「今までの恨み、今日こそ晴らさせてもらうでごわす!」
力士たちは、自慢の巨体を見せつけながらこちらへゆっくり迫って来る。……この迫力、彼らも本気だ。本気で、俺達を殺す気だ。
「……ふ~ん。やる気なんですね? 良いですよ。……1人1人、切り刻んでちゃんこ鍋の具材にしてあげましょう」
沖田も本気みたいだ。両者は睨み合い、一触即発の展開に。しかし、俺は今にも刀を振り上げそうな沖田に――。
「待った! 殺すな!」
刀を持つ彼女の手を握りしめ、止めようとする。いきなりで驚いた沖田は、頬を赤らめだす。
「……ちょっ!? 何をするんですか? 触らないで下さい! 離して!」
彼女は、身をよじって必死に抵抗。それは、まるで危ない人に急に後ろから抱きつかれた時のように激しい抵抗を見せていた。いや、俺……手を握っているだけなんだが……。いや、まぁそれでもアウトっていうのは分かるんだけど。……何処か解せない。何もそこまで嫌がらずとも。
って、いてぇ! コラ、沖田よ! どさくさに紛れて俺の足を蹴るんじゃない! 後少しズレてたら、弁慶の泣き所に当たってたぞ!
って、そうじゃなくて!
「落ち着け沖田! この人達、何か事情があるんじゃないか? そうじゃなきゃ急に俺達の事を襲って来たりなんか……」
それを聞いてようやく沖田の抵抗も止んでくる。ふぅ……。危ない。泣き所は守れた。
「……アンタら、今までの恨みとか言ってたな? 悪いんだが……俺達はついさっき、この山へ来たばかりなんだ! アンタらとは、今日初めて出会ったばかりの赤の他人だ」
しかし、力士は俺の言葉に耳を貸さない。
「黙れ! お前達のような鬼の言う事など……聞いてなるものか! 俺達の仲間を殺した罪、今ここで晴らさせてもらうでごわす!」
仲間……? コイツら、本当に一体何があった?
「痛っ!」
その時、俺の足が思いっきり強く踏みつけられる。あまりの痛さに俺は、地面をのた打ち回りそうになった。
すると、俺の足を踏んだ張本人である沖田総司が言ってきた。
「……芹沢さん、何があったのか知りませんけど、甘いですね。この世界は、斬るか斬られるかですよ? 男同士が目と目を合わせたら次に起こる事は1つ……。決闘です」
沖田は、そう言うと再び刀を両手に持ち、構えた。
「そんな……」
男同士じゃないだろ。と、ツッコミを入れようと思った事さえも忘れてしまいそうになった。ここで、殺し合うなんて。……想定していなかったし。そもそも俺は、戦力外だ。
芹沢の力が使えるのか否か……。
「行くでごわす!」
力士たちの大軍が沖田に向かって走り出す――! 先程までの、のそのそした動きと一変、俊敏な猪のような勢いで、彼女に突進してくる!
「……沖田!」
危ない! という暇もなく、彼女は力士たちの突撃を見事にかわす。そして、刀を振りながら彼らの動きを一手一手裁いていく。
「やめろ! 殺すな!」
そう叫んでも、彼女達に届いているのか否か……。
「貴様も覚悟しろでごわす!」
次の瞬間、俺は力士の突進を受けて吹っ飛ばされてしまう。大きな木の幹に頭をぶつけ、視界もグワングワンする中、俺は立ち上がる。
「……戦うしか、ないのか?」
芹沢鴨……貴方なら、どうする?
そんな、聞いても仕方の無さそうな自問自答をしながら俺は、腰に差した刀へ手を置いた……。




