新撰組筆頭局長、おれ!?
「……芹沢先生! 芹沢先生!」
知らん男の声がしてくる。誰だ……。俺の家は、俺しかいないはず……。
妙だな。そもそも、この俺が自分以外に男を住まわせるわけがない。こんなゴッツイ声をした男……誰1人として住まわせてなるものか! 否、綺麗なお姉さんなら別だけどな!
しかし、それにしてもこの男、さっきからずっと誰の事を呼んでいるのだ? 芹沢……先生? そんな先生を担任に持った事は一度としてない。
まぁ、もっとも我が日陰の学生生活の事など社会人になった途端綺麗さっぱり記憶から消したがな!
「芹沢先生! あぁ、ここにおりましたか! 芹沢先生!」
男は、どうやら俺のいるこの部屋へやって来たみたいで、勢いよく戸を開けて叫んでいる。
ウルセェ……なんだよ。コイツ……下着泥棒か? そろそろアラサーになる男の下着なんて盗んでどうすんだ? この変態は……。
しかし、我が家に変態が出たとあれば一大事。ここは、俺も冷静になれねば、ここまで来てしまったのならその後にやる事は、この男を無事に警察へ届ける事。
幸い、スマホはいつも自分の手が届くこの辺りに……。
「ぬっ……?」
スマホがない? 俺のスマホが……。おかしいな。いつもならすぐ側に置いてあったはずが……変だな。
この畳の床の何処かに……。
「……?」
待てよ? そもそも俺の家の床に畳なんてないぞ? だいたい、男は戸を開けて入ってきたが俺の家はそこまで和装じゃない。
というより、さっきから何となく股の辺りがスーッとするような……。いや、それだけじゃない。
匂いも違う。俺の家の香りじゃない。
鳥の声が聞こえる。いつもこんなに鳥の声がうるさくないはずだ。
それと、クーラーをつけっぱなしにして寝てたはずが、いつの間にかクーラーがない。どころか……なんか、窓が開いてるのか? 心地よい風が吹いている……。
「何事……?」
ふと、目を開けた瞬間に視界に入ってきたものに俺は、放心状態となった。
「……」
って、何これ? 武家屋敷? なんだこれ? 美しい庭が広がり、竹が岩を叩く音が心地よい懐かしい雰囲気の武家屋敷。そこに俺はいたのだ。
待て待て……。俺の家は、こんなに凄くない……ぞ?
と、その時だった。
「あぁ! 芹沢先生! ようやくお目覚めになられましたか! 良かった良かった!」
「……は?」
なんだこの男は……。今時、ちょんまげって……。狙ってんのか? 笑いを……。って事は、何かの企画か? テレビ? いや、それはないか。けど、じゃあこの状況は何? ていうか……。
テレビとかの企画にしちゃリアルすぎないか?
「おぉ、そうだ。それよりも! 芹沢先生! 一大事ですぞ! 一大事!」
「ん?」
誰に話をしてるんだ? このちょんまげ……。ここの芹沢先生なんて人はいないし……。
って、おろ? 俺ってこんな和服持ってたっけ? なんだ。これ? そもそも俺、こんなに……体重たかったか? なんか、すげぇ体動かすのが重い気がする……。
「……なぁ、すまないんだが……ちょっと鏡を持ってきてもらっても良いか?」
すると、途端に目の前のちょんまげは、大慌てで走り出す。
「かっ、鏡!? 承知しました! 只今お持ちいたします!」
男は、物凄い慌てふためいた様子で部屋から出ていくと、バタンと障子を閉めた途端に大声で叫び出していた。
「誰か! 誰でも良い! 芹沢先生のために鏡を持ってきなさい! 直ちに!」
すると、何処にいたのか? あちこちで、ちょんまげに負けない位ゴツい声をした男達が、口々に喋り出す。
「鏡じゃと!? そのようなもの……ここにあるわけが……」
「新見くん! ここは武家屋敷ぞ! 武士たるもの……女子のように自分の顔を見つめ直す暇があるのなら己の剣の腕を見つめ直した方が……」
「ええい! うるさい! 良いから鏡です! 芹沢先生は、鏡をご所望なのです! 何でも良いから持ってきなさい! 何なら、試衛館の田舎侍どもにも手伝わせるのです!」
おいおい……なんだか、大変な事になってないか? たかだか、鏡一つでこれは……。
と、思っているとゴツい声をした男(その2と名付けよう)が、障子の向こうでウキウキした様子で言った。
「あったぜ! へへっ、鏡だ! これで芹沢先生もお喜びになられる」
障子が開き、外からまたしてもちょんまげのゴツい男が入ってきた。奴は、俺に向かってゴマをする感じで近づいてくると、俺に割れ目の入った小さな手鏡を一つ渡してきた。
「……へへっ、どうですかい? 芹沢先生、俺が持ってきたんだぜ?」
「……お、おう」
気色わりぃ……。こんな男に媚び売られるのは、ゾッとする。しかし、俺は男の持ってきてくれたボロボロの鏡で自分の顔を確認。
そこで、初めて俺は自分がどうなってしまったのかを理解しかけた。
「……なぁ、俺の名をフルで言ってくれないか?」
「フル?」
鏡を渡した男は、キョトンとした様子で俺を見る。すると、先程のちょんまげ男が入ってきて、奴にこう告げた。
「フルというのは、南蛮言葉で“全て"と言う意味ですよ。つまりは、自分の名前を苗字から全部言ってみろとの事です。……ふふ、それにしても流石でございます。芹沢先生は、外来語にも精通しておられるとは……。水戸藩きっての大侍でございますね!」
いや、フルネームごときでこんなに褒められる事ある?
と、思っていると目の前の男が鏡を和服の中にしまい終えると、こう言った。
「……貴方様こそ、泣く子も黙る! 我らが壬生浪士組筆頭局長! 芹沢鴨公でございまする!」
なるほど。理解した。つまりここは……
「幕末。しかも、壬生浪士組って後の新撰組。そこの……よりにもよって、芹沢鴨かよ」
こうして、俺の名はこの日を境に「芹沢鴨」となったのだ。