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あま〜い一時

 あの沖田に「あーん」されるとは……。いや、普通に嬉しかった。凄く……うん。良い気分だ。


 そうなのだが……妙だ。こんなにノリノリで恋人のフリをするなんておかしな話だ。


 しかし、ふと前を見てみると、その瞬間に前方の茂みが僅かに動いたのが分かった。


 なんだ? 不自然な動きだ。風に吹かれたとかそう言う感じではない。


 まるで、動物が茂みの中に飛び込んだような……それにしては揺れが大きい。


 すると、その時耳元に沖田総司の小さい囁き声が聞こえて来て俺に告げる。


「……今、分かりました? あの茂みの中」


 彼女の鋭い声を聞いて俺もハッとなった。


「……もしかして、つけられてる!?」


「えぇ。どうやらそうみたいです。僕達、さっきからずっと何者かにつけられているみたいなんです」


「一体誰が……?」


 いや、心当たりならおそらく山のようにあるのだろうけど……。


 しかし、俺達をつけてくるという事は、おそらく京都からずっとという事になるわけで……。


「かなりヤバいんじゃないか?」


「えぇ。ですから芹沢さん。1つ、頼みがあります」


 すると、沖田は俺の口の中に入っていた団子の串を取るとニッコリ微笑んで告げた。


「……今日一日、僕の恋人になってくださいね!」


「あぁ、どうやらそうするしか……って、は?」


「ですから恋人ですよ。僕達、今は新婚旅行中の恋人同士って設定なんです。決して浪士組の芹沢鴨と沖田総司であるとバレちゃいけませんから」


「いや、バレちゃまずいのは分かるんだが……」


 よりにもよって、コイツと……そう言う関係を演じなければならないなんて……。


「……なんですか? そんな顔して。僕だって、いえ僕の方が嫌なんですよ? 貴方なんかとこんな演技しなくちゃいけないなんて」


 沖田の愚痴はそこから止まらない。言葉の節々に「お前なんか」という文言が混じっている。


 ぐぅ……。学生時代のトラウマが蘇って来そうだ。クラスの女子達から散々言われた。


 臭いとかキモイとか……俺、ちゃんと毎日風呂入って念入りに頭と体を3回も洗ってたのに。


 おかげで、頭の洗いすぎで大人になってすぐハゲ一歩手前となってしまったし……。


 て、いやいや少し話が脱線してしまったか。それよりも今は沖田との恋人作戦についてだ。


 正直、コイツと2人で歩いているだけでおっかないし、こんなの恋人だと思う事自体、気が引けそうだが……。



 しかし、やるしかないか。相手が何者か分からない以上、これが最善としか思えない。今は、怪しくないのを装うしか……。



「分かった。お前の提案を飲もう。ただし、1日だけだ。こんなのが浪士組の連中にバレたりなんかしたら……」


 正直、平山とかに見つかったら面倒くさそうだ。


 あー、容易に想像つくぞ。



「がーははは! 芹沢先生ったら! 女装した沖田と……ぐははははは!」



「ウキキー! それは流石に趣味がわろうございますwww」


 平山だけじゃなく新見のサル顔まで浮かんできた。くぅ……なんか凄いムカつく。


「今日、1日だけだ!」


「当たり前じゃないですか。誰が貴方とこれからも恋人なんかするもんですか。この女の敵!」


 小声で舌打ち混じりの沖田の言葉。棘があるどころか、言葉の節々が刀の切先みたいに鋭い。


「ていうか、女の敵ってなんだよ。俺、なんかしたか?」


「忘れたとは言わせませんよ。少女から鏡を奪ったり、遊郭の人の髪を切り落としたり、浪士組結成当初には、町の女子から氷菓子を奪ったらしいじゃないですか!」


 芹沢ァァァァァァァァァァ! 全部、俺関係ねぇじゃんか! くっそ! 芹沢ァァァァァァァァァ!


「それは、すまなかった……」


 くそ、それでもこう言わざるを得ないのが悔しい所だ。


 と、1人想いに耽っていると隣の沖田が目を丸くしていた。


「……ん? どうした?」


 彼女は、とても不思議そうに俺を見つめてくる。


「いえ……何でも。その……わかれば良いんです」


 ……? 急に様子が変になったな? 沖田のやつ。


 熱でもあるんだろうか? と心配していると、彼女は告げる。


「ほら! それよりもあんまり小声で話していると怪しまれますよ? “私"達、今は恋人同士なんですから!」


「え? あ、おう」


 すると、彼女は急に口を大きく開けて見せた。


「……?」


「もう! 何ぼーっとしてるんですか! 可愛い彼女が、素敵な旦那様に“あーん”してとねだっているんですよ?」


「お、おぉ! おう。そっ、そうか」


 いや、は!? あーんって、おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!? マジか?


 あの沖田にあーんって……この団子か? それともこっちの? いや、どっちだ? 沖田ってみたらし派か? それとも磯部焼き? どっちだ!? どっちなんだ? 何を“あーん”させれば良いんだ!?


 くぅ! 近い! 凄い近くで大きく口を開けて待っている。正直、普段の男臭い格好ならピクリとも反応しないが、今日のこの町娘の格好でこんな事されたら……り、理性が持たん……!


 ええい! こうなったらままよ! 俺のステレオタイプ的女の子のイメージからしてみたらし! みたらしが好きに違いない!


 これだァァァァァァァァァァ!


 ──パクっ。


 沖田は、俺の差し出したみたらし団子を頬張る。そんな彼女の食べる姿は、普段の剣士としての凛々しい沖田とは違い、小動物のような可愛らしさをしていた。


 や、ヤバい……。この感じ。てか、時々、上目遣いでこっち見てくるの反則だろ? 小さい口でモグモグしてるのも可愛いし……。


 沖田は、そのまま串に刺さった団子の2つ目にかぶりつく。


 横からもっちもちの団子にかぶりつき、少しずつ食う。かと思うと、垂れてきたみたらしを彼女は、下で舐めとる。長い沖田の舌が団子のもちもちの生地を優しく撫で回すように甘〜い蜜をペロペロ……って、えっエr!?


 何ですか!? これ? 団子プレイ!? そう言うプレイなのか? 蜜を舐め取りながらの団子をパクパクって……こんなのマジで理性が飛ぶぞ……。


 すると、更に彼女は3つ目のお団子を食べようと顔を近づけてきて、横からお団子にキスでもするみたいに優しくパクリ。


 みたらしを舐め取りながら食べる。


「ふふっ……」


 その一瞬だけ見せた彼女の妖艶な微笑みに俺は、頭がクラクラしそうになった。


 ヤバい……。これは、別の意味で持つ気がしない。理性が。


 俺達をつけてきている奴は、この状況を見てどう思っているのだろう? そんな事をうっすら思い浮かべながら俺は、必死に理性を保つ事に集中した。

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