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斎藤一

 文久3年8月のある時の夜。俺、土方歳三は部屋の中で1人、月を眺めていた。


 障子を少しだけ開けて、隙間から見える夜空は、いつ見ても格別だ。特に今日のような上弦の三日月の日は言うまでもない。こういう夜は、部屋で詩を書くに限る。


 頭の中に湧いてきたものを筆に乗せ、和紙の中に思いを書す(しょす)。


 するとその時、街の方から戌の刻を告げる鐘の音が聞こえてきて、これと同時に障子の向こうで聞きなれた男の声がした。


「……土方副長、俺です」


 言われて思い出した。……そうだった。三日月に気を取られて完全に忘れていた。昼間にあの男を呼んでいた事を。俺は、すぐさま筆と紙をしまいながら、障子の向こうを見つめる。


「……ちょっと待てろ」


 慌ててしまい終えてから広げていた布団を簡単にたたんで、俺は告げた。


「……入れ」


「失礼いたします」


 黒く長い髪の毛を後ろで結んだ長身の男が姿を現した。彼は左目を覆い隠す髪を鬱陶しそうに手で触りながら俺の前に座った。


「……遅くにすまんな。斉藤」


 男の名は、斎藤一。浪士組の1人にして、やはり剣豪。実力は沖田や永倉にも匹敵する。


 いや、ある一部分においては、あの2人以上か……。


 そんな斎藤一は、いつものような無表情で俺に告げてきた。


「構いません。残業代は出るとの事なので」


「お、おう……」


「それで土方副長、ご用件はなんでしょう?」


「あっ、あぁ! そうだったな。話の前に聞きたいんだが、お前は近頃の芹沢さんについてどう思う?」


「芹沢局長……ですか?」


 斉藤は、しばらく考え込んだ後に口を開いた。


「……下っ端の私が言いづらいのですが」


「正直に言ってくれて良い。お前が言った事を俺が芹沢さんにチクるような事はしねぇ」


「では……。芹沢さんについて私は、あまり良くは思っておりません。あの方は、いずれ私達浪士組にとって危険な人物となりかねない。そう考えております」


「あぁ」


 流石は、斉藤。よく見ている。俺の言いたい事を言ってくれる。少し堅物で面倒な所はあるが、流石は、浪士組一の仕事人。


 しかし──。


「確かに以前の俺もそう思っていた。あの人の行動は、色々と度がすぎるとな。だが……」


 斉藤の右目と俺の両目があった──。


「ここ最近は、そうじゃないと……仰りたいのですね。土方副長」


「そうだ。現に、総司やシン、原田の野郎からも報告が来ている。最近のあの人は、人が良すぎるって。総司に至っては、キツネに化かされていると連日言ってきやがる」


「確かに、前に屯所のそばに咲いている花に水をやっている姿を目撃しました」


「……だよな。ありえねぇ。あの芹沢さんが、そんな事するなんて……」


「はい。俺もそう思います。何か狙いがあるのでしょうか?」


「わからねぇ」


 俺と斉藤は、頭を悩ませていた。原田とシンが報告してきてから1週間。俺も芹沢さんの事はたまに見ていたが、どうも様子がおかしい。


 この前なんか、腹を空かせた子供のために団子を持ってきているのをたまたま屯所のそばで見かけた。


 そう言うのは、総司の担当と思っていたが……。


「原田達の報告でも島原の店を救ったとか言ってて意味が分からなかったぜ……」


「なるほど……」


 と、前置きもそろそろ長くなってきたと感じた所で俺は、言った。


「さて、それで本題に入るが、ここまでの話を踏まえた上でお前に頼みたいのは斉藤、お前に芹沢鴨の監視を頼みたい」


「監視……と、言いますと?」


「簡単な話だ。芹沢さんの普段の生活を追って、俺の所へ報告してほしい。それだけだ」


 と、伝えると斉藤は顎に手を置いたまま言った。


「それですと、山崎さんの仕事と被ってしまうのでは……」


「それについては、平気だ。山崎には別件を任せている」


「なるほど。では、2つ目の質問ですが」


「なんだ?」


「残業代は、出ますでしょうか?」


 つい、ずっこけてしまいそうになった俺だが、一度咳払いをしてから改めて答える事にした。


「あぁ、安心しろ。残業代は出す。それに無理をして芹沢さんの後を追いかけろとも言わない。キリのいい所で切り上げてくれて構わない」


「分かりました」


 全く……生真面目な野郎だ。時間ぴったりに部屋へ来るし、お前の体は全身時計で出来てるのかって……。


「……あと他に聞きてぇ事はあるか?」


「はい。最後に一つだけ大事な事を聞いても良いでしょうか?」


「なんだ?」


 斉藤の目つきが変わった。この感じは、仕事中の斎藤の目だ。


「もしも、何か有事の際には……」


 斉藤は、漆黒に染まった鞘を持って刀を俺に見せつける。


「抜刀許可をいただきたい……」


 流石は、仕事人──斎藤一。一瞬でこのピリピリした感じ。殺しの目で見てきやがる。


「良かろう。有事の際における抜刀許可と、それから芹沢鴨の闇討ちをお前に命ずる。武士として闇討ちは恥だが、そこは飲んでくれ」


「いえ、上の命令は絶対。この斎藤一……土方副長の命令に従い、有事の際の抜刀と芹沢鴨の闇討ち及び暗殺を承りました」


 と、斎藤が頭を下げて話をまとめた直後、遠くから亥の刻の鐘の音がし始める。


 それと同時に──。


 チリリリリリリリリリン!!!


 斎藤の懐から大きな音が鳴り響く。


「な、なんだ!? この音は!? 斉藤、テメェまさか犬でも拾ってきたんじゃねぇだろうな?」


 すると、斉藤は懐から金色に輝く丸い何かを取り出し、それを押す。


 途端に音は止み、静かな夜が戻る──。


「あんだ? その丸いの? ピッカピカじゃねぇか?」


 すると、斉藤は少しだけ言いづらそうに口を開く。


「これは……西洋で流行っている懐中時計なるものでございます。これがあれば、刻を正確に把握することができるのです」


「刻の鐘の代わりにしちゃ音がデカ過ぎるだろ? お前、それを持ってちゃ本業はどうするんだ? そんなに大きい音じゃお前の本業に支障を来たすだろうぜ?」


「……現在、試行錯誤中でございます」


「おいおい……頼むぜ? 仕事はしっかりやってくれ」


「御意。……それでは、定時ですので俺はこの辺で……」


 そう言うと斉藤は、すぐにいなくなってしまった。


 全く、生真面目な奴だ。始まる時間も終わる時間も正確に測って、しっかり帰っていく。


 けど、そう言うしっかりした所が頼りになる時もあるから憎めねぇ。


「それに……その生真面目さが浪士組一の“暗殺剣"の使い手たらしめてるんだろう」


 長州の野郎どももよく言ったもんだ。


 

 闇の剣──斉藤一、と……。

 

 

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