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長倉新八

「芹沢先生! そろそろ時間でございますぞ~」


 八木家に響く新見錦の声。玄関前の庭には、新見の他に平山五郎の姿もあり、他にも芹沢派の浪人たちが立っていた。彼らは、とても機嫌の良さそうに朝から近所迷惑も気にせず大きな声で話をしている。


 ――芹沢鴨らは、毎日朝から晩まで島原へ出かけて飲み歩いていたと伝えられている。彼らの機嫌の良さそうな感じを見るに、新見らは今日も島原へ出かけようとしているのだろう。


「……珍しいですな。芹沢先生が今日に限って寝坊をするとは」


 庭からそんな声がする中、俺は八木家の細い廊下を蟹歩きで進んで庭に立っている新見達に告げた。


「……今日は、行きませ……行かん。気分じゃない。それより、少しだけ壬生寺へ出かける」


 庭の前に立っている新見達の間を潜り抜け、八木家を出た。門を潜ってすぐに後ろから新見達のヒソヒソ話が聞こえてくる。


「……どうしてしまったのですか? 芹沢先生は?」


「あの御方が、酒盛りを断るだなんて……」


 新見錦は、壬生寺へ向かう芹沢の後姿を不思議そうに眺める他の者達へ告げた。


「うむ。どうも昨日から様子が変なのだ。芹沢先生……やはり……」


 昨日、痺れ薬を飲まされたのに新見も平山も元気なものだ。もう普通に酒を飲んでも平気なのだろうか? それとも俺の為に無理をしているのか? まぁ……そんな事は今は、どうでも良いが……。


 島原でお酒を飲んでみたい気持ちも勿論あるけど……暗殺の未来を変えると心に誓った身だ。こんな所で、いつもの芹沢みたいに飲みに行ってしまったらきっとすぐに暗殺ルートに入るに決まっている。


 事実、昨日の夜だって沖田総司に殺されそうになった。芹沢の暗殺される日まで1ヶ月も期間があるはずなのに……。けど、わかった。ほんの少しでも油断したらいけない。殺されないためにも俺は、しっかりしないといけない! 沖田だって、いつ自分を狙ってくるか分からないしな。


 本当に昨日の沖田総司には、冷や汗をかいた。……まさか、女性だったとは思わなかったが、しかし何百年先の未来でも天才剣士と称される人なだけあって、あの蜂の針の如し殺意は凄まじかった。


 そして……そんな蜂のように恐ろしい針とは別に……。


 グー……パー……と、何度も自分の手のひらを閉じたり開いたりしてみる。まだ微かにあの感触が残っている気がした。



 沖田総司、なかなかの至宝の持ち主であった。いや、あっぱれ。


「へへへ……」


「何ですか? 朝から気色の悪い顔をして……鴨南蛮にしますよ?」


「え?」


 振り返ると、すぐそこには、鋭い目つきで俺を睨みつけるあの沖田総司の姿があった。


「あ!? え! おっ、沖田さ……沖田……くん?」


「はぁ、何ですか? 気持ち悪い。やっぱり、昨日のうちに斬っておくべきだったかな?」


「え!? あぁ! いやいや! 沖田よ! おはよう。これから何処へ?」


「は? どうして、いちいちアナタなんぞに僕の一日のスケジュールを言わなきゃならないのですか? 第一、ろくに浪士組の仕事もしないで飲み歩いている人が……昨日今日、壬生寺に寄った程度で調子に乗らないでもらえます?」


「あ、あぁ……すまない」


 うわぁ……朝からしんどいな。昨日の今日で、この対応。そりゃあ、俺だって如何わしい事を考えていた事は、謝るけど……。


 沖田は、俺からそっぽ向いてスタスタと歩いて行ってしまう。そんな彼女の後姿を目で追っていると、彼女は言った。


「……巡察ですよ。今日の当番は、僕なので」


「巡察! そっ、それなら俺も――」


 新選組の巡察は、ゲームや小説などで何度も見た事がある。京の町を練り歩くと、町の人達から囁かれるのだ。「あれが……新選組!」


 くぅ……! 一度は、味わってみたかったんだ!


 ――が、しかし


「は?」


 沖田の目つきは、より一層怖くなっていた。


「あ、いやだから……俺も一緒に行っても良いか? その……巡察。……ほ、ほら! 女の子……いや、女一人では危険だろう?」


 最後は、芹沢っぽい言い回しで決めてみたけど、どうだ?


「あの芹沢さん……」


「ん?」


 刹那、俺の首筋に銀の太刀が伸びてくる――!


「ヒッ!」


 あぶなっ! もう少し位置がずれていたら俺の首飛んでたぞ!?


 俺は、恐怖のあまり動かなくなった顔のまま沖田を見つめた。


「……調子に乗らないでと、言いましたよね? 僕が、女だから付いて行く? 舐めないで貰いたいですね。僕、女である以前に侍ですよ?」


「は……はい」


「アナタの事は、まだ斬りませんが……昨日も言った通り、僕はいつでもアナタの首を落とせる。その体、今ここでバラバラに切り刻む事だってできる。以後、改めてお見知りおきを」


 そう言うと、沖田は刀を鞘に納めてすぐいなくなってしまった。


「やっぱ、こえぇ……」


 巡察を通じて少しでも沖田との距離を縮めようと思ったが、まだまだ無理そうだ。ある意味、土方よりも難易度の高い人かもしれない。


 そう思いながら、しばらく経ってから俺は、壬生寺の中へ入って行った。



 ――いや、しかしだ。それでも諦めてはいけない。既に好感度最低の芹沢の株を上げるには、やはり隊士達との交流は必須。


 特に、芹沢暗殺に加担したと断定されている人物達……土方歳三、沖田総司、原田左之助。この3人とは、なるべく距離を縮めていかないとまずい!


 勿論、この3人以外にも芹沢暗殺に加担したのではないかと言われている人物が、もう2、3人いるが、まずはこの3人だ。


 と、考え事をしながら歩いていると、その時だった――。


「あっ、芹沢さん!」


 と、向こうから低くて勇ましい男の声がする。


「ん?」


 しゃんしゃんと、アクセサリー? の鳴る方を振り返ってみると、手に鈴のついた赤いミサンガをつけ、和服から肩を露出させた格好をした大柄な男が真剣を手に持ったまま俺の元へ走って来る――。


「って、待て待て!? なんでいきなり俺、殺されそうになってるの!?」


「へ?」


「すとーーーーーーーっぷ! ストップ!」


「すとっぷ? 何言ってんすか? ……あ! また、変な南蛮言葉を覚えたんすね? 止めとけっすよ。土方さん言ってたっすよ。芹沢の野郎は、南蛮言葉ばかり使う。あれで、賢くなったつもりか? って」


「え? お、おう……。そうか。土方がそんな事を……」


 良い情報を得たな。……って、そうじゃなくて。


「それよりも、刀を納めるのだ」


「あぁ、すまねぇっす。それにしても珍しいっすね。芹沢さんが、ここに来るだなんてどうしたんすか? 一緒に稽古でもしていきます?」


「あぁ……えっと……それよりも……君は、誰だ?」


 その問いに男は、目を丸くした。やがて、彼は腹を抱えながら大笑いして地面をのた打ち回りだす。


 いや、そんなに面白い事を言ったわけでもないだろうに……。


「嫌っすね。芹沢さん。同じ神道無念流の道を歩んだ者同士だってのに……」


 神道無念流……新選組のメンバーの中で、芹沢派を除いてこの流派の人なんて……いや、確か1人だけ!


「俺の事を忘れたんすか? この……永倉新八を!」


 この人が――! 新選組最強とも呼ばれた剣豪……!


「“永倉新八”!?」


「芹沢さん、今日は本当に変っすね? いつもみたいに俺の事は、“シン”って呼んでくれりゃいいっすよ!」


 イメージよりも……なんか、チャラいな……。

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