スター・エルフ
宇宙は広大で、我々人間の寿命は余りにも短い
西暦2150年、エルフの航宙探査艦エルフェンティアは、忘れさられた星の軌道上に浮かんでいた。青と緑の美しい球体。かつて人類が住んでいたとされる星、太陽系第三惑星『地球』。
「艦長、以前と大気の組成は変化していますが、生命維持に問題はありません。遠距離空間放射線中和は成功したようです」
副長のパスカルが端正な顔に冷静な瞳をたたえ、コンソールに指を滑らせながら報告する。
「生命スキャンは?」
レンデル艦長はスクリーンを見つめながら問うた。彼は長身のエルフで、深い緑の瞳を持っていた。
「……予想通りです。人工構造物はほぼ崩壊、都市の遺跡は緑に覆われています。文明活動の痕跡は過去100年ありません。やはり残念でしたね。人類は完全に滅びています」
沈黙がブリッジを満たした。望遠スクリーンには、崩れた都市の廃墟が広がっている。高層ビルは朽ち果て、かつての象徴的な白い電波塔は風に削られ、墓標のように佇んでいた。
「着陸は転送で?」
「いや、艦を降ろそう。足で感じてこそ分かるものもある」
レンデルの声は静かだったが、その響きには深い思索がにじんでいた。エルフェンティアが静かに着陸すると、クルーたちはかつて大都市だった遺跡へと降り立った。
「自然の墓標か」
レンデルは崩れた高層ビルの残骸を見上げながら呟いた。
「慣れませんね。滅びというのは、恐ろしいものです」
パスカルが静かに言った。
探索を進める中で、古いモニュメントが発見された。そこにはデータバンクがあり、人類の様々な記録とメッセージが残されていた。
『これを見ている未来の者へ。人類は、自らの愚かさによって滅びる。我々は見て見ぬふりをし続けた』
『問題に対し、無関係だと行動しなかった。政治が混乱し、資源が枯渇し、気候変動が進行しても、誰も本気で止めようとしなかった。他人がやるだろう、いつか誰かが解決するだろうと』
『気づいた時には、もう遅かった。社会は崩壊し、争いが起こり、文明は音を立てて崩れ去った。これが、人類の結末だ』
パスカルは小さく息をついた。
「……誰もが、自分には関係ないと思っていた、ということですか」
レンデルはデータを解析しながら、ある光景を思い出していた。
2025年── 125年前の東京。
若き日のレンデルは、正体を隠し当時の地球を極秘裏に訪れていた。まだ人類が健在だった時代、2025年の東京へ。様々な交通機関を使い旅をしていたが、その時翻訳機が故障、言葉が理解できなくなってしまった。困っていた彼を助けたのは、名も知らぬ人間だった。
「大丈夫ですか?」
親切に声をかけられ、レンデルは驚いた。その人は彼の言葉を理解しないはずだったが、身振り手振りで道案内をしてくれた。駅の行き方を教え、切符の買い方を示し、最後には笑顔で「良い旅を」と言った。
レンデルは今でも、あの時の温かい声を覚えている。
「彼らは……本当に、愚かだったのだろうか?」
彼は呟いた。
「少なくとも、あの時の彼は、自分には関係のない異邦人を助けてくれた」
「ええ。皆がそうであれば」
「だが我々エルフもまた、滅びの危機を抱えている」
レンデルは静かに言った。
「エルフは長命だが、子孫が生まれる数は極めて少ない。だからこそ、私たちは個人ではなく、全体を見る社会を作った」
「だからこそ、効率的に未来を見通せました」
「そうだ。エルフは、個よりも種族全体の存続を考える。それは我々の本能だ。だが、人類は違った。彼らは個人の自由を尊び、 個々の能力を活かした」
「でも滅びた」
パスカルの言葉に、レンデルは微笑んだ。
「そうだな。彼らは、速く生き、速く燃え尽きた。しかし、その短い生の中で、情熱を持ち、想像力を爆発させた。だからこそ、彼らは我々エルフの存在を言い当て、空想の中で描いたのだ」
モニュメントの碑文には、こう記されていた。
『我々を忘れないで』
レンデルは手を伸ばし、その文字を撫でた。
「我々は長寿の種族だ。だからこそ、彼らの短い歴史を記憶し、未来へと伝えることができる。彼らの生きた証は、宇宙と共にある」
エルフェンティアは静かに地球を離れた。クルーたちは沈黙の中、視界から遠ざかる青き星を見つめていた。
「彼らが目指した宇宙へ、我々はまだ旅を続ける。彼らが到達できなかった場所へ、我々は今後も進み続ける」
レンデルの言葉に、パスカルは静かにうなずいた。
「そして、彼らの夢を、その存在を、私たちが語り継ぐのですね」
「そうだ」
宇宙は広大で、時間は悠久だ。だが、ある種族がかつてここに生き、短い時間の中で燃え尽きたことを、彼らは決して忘れない。
「エントロピッカーアクティブ、ネゲントロピー・フィールド形成完了。重力ワープ、スタンバイ」
「発進」
エルフェンティアはワープフィールドを展開し、星の海へと消えていった。エルフの旅は続く。青い星に輝いた命の記憶を乗せて。
エルフの冷静な感情というか感情を薄く表現したかったので、なるべく平坦な起伏で書いてみました。勝手なイメージですが、エルフは歌うようにリズム良く話してて欲しい。