12 ・お片付け
「おはよう。アリシア」
「おっ! アリシア! 今日も精が出るねぇ」
チラシ配り効果もあってか、街を歩いているとよく声をかけられるようになった。
「おばさん! おじさん! おはようございます」
つまり我が”劇場ブランシェ”の認知度も上がっていると言うことだ。ほんのちょっとだけ、マーカスに感謝している。
オーディションへの問い合わせも増えてきた。応募はまだ少ない。
やっぱり観客を入れての公開型オーディションというのがハードルが高く感じているところがあるんじゃないか予想している。
そりゃそうだ。
それなりに実績がある人間ならば、落選すればプライドが傷つくだろうし、プロ志望なら向いていないと烙印を、大衆の前でつけられるようなものだ。
でも、私が考えた作品、主人公はそれらを跳ね除けるぐらいの強いメンタルがないとやることは難しいと思う。
「はぁ」
いくら、かの有名なソポさんーーソポ・グレースを脚本に迎えたと言っても、名も知らぬ劇場の、限定新作という点で考えれば、怪しさ満点なのはたしかだ。
審査も含めてだけど、スタッフも集めないといけないし、考えなきゃいけないことは山積みだ。
「ダメダメ。弱気になるな」
パチンと、自分の頬を叩く。
今日はソポさんに脚本の進捗状況を確認だ。それと、できれば協力してもらえそうな人たちの情報を集めるつもりだ。
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「ーーで、なんで増殖してるのよ」
ソポさんの部屋がさらに荒れていた。
「仕方がねぇだろ。お前さんも早く仕上げて欲しいって言っていただろが」
頭をガリガリと掻きながらソポさんが寝起きみたいな声で言う。
「そうですけど。不健康はダメですよ」
「別にオレは困っていない」
「それでもです。と言っても、私も得意ではないので簡易的になりますけどお片付けさせてもらいますね」
話し合いするにも、これじゃ落ち着いて話せない。
「ふわぁー。勝手にモノを捨てなけりゃいいぞ。オレは一眠りする」
あくびをしたソポさんはソファの上にごろんと寝転がった。
「わかりました…って、え?」
二度見した時には、すでに寝息を立てているソポさん。
もしかして…寝起きみたいだと思ったけど、逆に寝てない系?
脚本は書いてもらいたいけど、健康第一に執筆してほしい。脚本の初稿もできて目星はついたし、もうちょっとこまめに様子を見に来ようかな。
「とにかく、まずはお片付けしなくちゃ」
山盛りになった衣服を洗濯機のような魔道具に入れて、床に散らばるように置かれた本を棚に並べ直す。けど、収まらない。なるほど、だから床に重ねていたのか。
そんなことを繰り返しているうちに、なんとか足の踏み場が広がった。ピカピカとは言えないけれど、小綺麗にはなったでしょう!
よし。そろそろ、ソポさんを起こそうかな。
なるべく音を立てないように気をつけてはいたけれど、ソポさんはソファの上でまだぐっすり眠っている。しのびないけど声をかけようとした時、コンコンと戸を叩く音をが聞こえた。
「ソポー。いるんでしょー。ボクの話を聞いてよー」
どこかのんびりとした男の人の声が聞こえたかと思ったら、そのまま扉が開いた。
なんで!? ソポさん鍵かけていないの!?!?
「またさー楽団長に怒られちゃったよぉ・・・あれれ?」
ゆったり部屋に入ってきたのは男の人だった。
驚きで固まっている私と目が合うと、コテッと首を傾げた。
「んー…」
すこし考えるように人差し指を顎に手を当てる。その動作はどこか優雅さ感じさせる。それだけじゃない青々とした深緑の髪に、光にあたるとエメラルドのよう煌めく瞳。身につけている服は私にでもわかる上質な金色の装飾がされている。
上級、貴族の人ってこと、だよね?
私、そのへんのマナーとかわかってないんだけど!?
「え、えっと…」
「ねぇねぇ。きみ、だぁれ?」
コツ、コツと一歩一歩ゆったり近づいてくる。
にこにこと笑っているのに謎の威圧を感じて、思わず後退りしてしまう。
「ねぇー、ここで何をしているのかなぁ?」
整理したばかりの本棚が背中にぶつかる。
もう逃げられない。
「わ、私はっ」
至近距離になって気づいた。
この人、めちゃくちゃ顔が綺麗じゃない!?
待って待って。だから3次元はまだ慣れてないんだってば!!
「騒がしいな…おい。ジムノ、なにしてんだ」
ソファから起き上がったソポさんに、私は一筋の救いの光を感じた。
「ソポさんっ!」
「おはよぉーソポ」