表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

なぜ彼は裏切ったのか

作者: 西山景山


 1600年8月、中旬。


「よーし、良い子だ。あっという間に兎を二匹捕まえるなんて僕とは違って優秀だな、秀鷹(ひでたか)は」


 小早川秀秋(こばやかわひであき)、18歳。"伏見城の戦い"に参戦していた秀秋だったが、一人京都を離れて近江の野原に来ていた。

 今は、相棒の鷹である秀鷹を連れて狩りの最中。腕に乗る利口な相棒を撫でながら、秀秋は日頃の愚痴を吐く。


「みんな僕に、『兵を率いて戦をしろ』って五月蝿いんだよ。僕が居なくたって兵士達はいつも通り動けるし、策だって全部松野(まつの)が考えてるっていうのにさ」


 松野重元(しげもと)、秀秋に従う重臣の名だ。


「松野も他の重臣たちも、僕自身に従ってるわけじゃ無い。彼らはみんな、()()様に従ってるのさ」


 豊臣秀吉(とよとみひでよし)。この国で初めて天下統一を成し遂げた、偉大な武将の名である。

 秀秋が3歳の頃、叔父であった秀吉の養子となった。そのまた9年後に小早川家へと養子入りしたものの、秀秋を"秀吉の子"として見る者は少なくない。


 "秀吉の子"(ゆえ)に、秀秋は18歳と言う若さで一軍の大将を任された。

 実情はどうあれ、少なくとも秀秋はそう思っている。


「秀吉様はもう死んだっていうのに、未だに"西"は秀吉様の影を追いかけてる。その一方で、"東"は徳川家康(とくがわいえやす)という光に向かって走り始めた」


 "西"の誰かに聞かれたら首が飛びかねない事を呟いた、その時。

 秀秋の元へ大きな影が近づいた。


「ようやく見つけましたぞ、秀秋様!!」


 馬に乗って現れたのは、秀秋の重臣である松野重元。

 随分と息を切らしている様子の松野に、秀秋は軽い口調で話しかける。


「やあ、松野。伏見城での(いくさ)は、もう終わったのかい?」


「"もう終わったのかい?"ではありませぬ!! 一軍を率いる大将が、その責務を放り出して戦場からいなくなるなど前代未聞ですぞ!!」


 全く反省していない様子の秀秋に、松野は声を荒げた。


「僕一人がいなくなっただけで身動きができなくなるほど、我が軍は弱くないさ。どうせ伏見城は落とせたんだろう?」


 戦場に居なかったというのに自軍の勝利をまるで疑わない。

 その自信が決して味方への"信頼"から来るものでは無いことを、松野は良く知っていた。


「確かに落とせましたが、結果の問題では無いのです。戦場に大将がいなければ、敵にも味方にも示しがつきませぬ」


「戦の中で"東"に大将を見られるようなことがあればその戦は負けだし、"西"の者に本気で僕が大将だと思っている奴はいないさ」


「秀秋様は自分への評価が過小でございます。謙虚な姿勢は立派ですが、時には過剰なまでの自信というのも必要でございますぞ」


 秀秋は「僕なんかいなくても」という言葉を頻繁に口にする。まだ経験が浅いからこその自信の無さであり、これからの戦を通して秀秋には成長してほしい。

 重臣として、松野は強く願っていた。

 

「......松野は、僕が大将にふさわしいと思うかい?」


「当たり前でございましょう!!」


 秀秋の口から溢れ出たその問いに、松野はすぐに応えた。


「天下一の武将である豊臣秀吉様の一部をその名に貰い受けた、小早川秀秋様。あなたは秀吉様の意志を継ぐものとして、歴史に名を刻み込む運命なのです!!」


 松野の熱意のこもった一言に、秀秋は目を閉じる。

 そして、再び開かれたその瞳には鋭い決心が宿っているように見えた。


「行こう、松野。決戦の地、関ヶ原へ」


 1600年、9月14日。小早川秀秋率いる1万5千の軍勢が、関ヶ原の南西に位置する松尾山城へと入城する。

 決戦の開始は翌日。決戦前夜に武士たちを鼓舞するため、秀秋は初めて前に出て皆の注目を集めた。


「我が軍の皆、聞いて欲しい!! 今まで大将らしい事を出来なかったことを詫びると共に、ここまで着いてきてくれたことに感謝を伝えたい!!」


 胸を張って演説をする姿は、まさに大将として相応しい姿であった。

 自然と目を惹きつけられるカリスマ性に、その場の誰もが秀秋と秀吉の影を重ねた。


「明日は、我らの誇りを守るための最後の戦だ!! この国に秀吉様の名を永遠に刻み込むため、我を信じて最後までついてきて欲しい!!」


 闇をも掻き消すほどの秀秋の叫びに応えるように、軍の者たちは皆一様に凄まじい歓声を上げる。その場の誰もが、"西"の勝利を決して疑わなかった。

 そして、9月15日。"関ヶ原の戦い"、決戦当日。


 戦いの火蓋が切られる少し前、小早川軍に衝撃の知らせが飛び込んだ。


「裏切りだ!! 大谷(おおたに)が裏切ったぞ!!」


 大谷吉継(よしつぐ)、西軍の武将が一人。その目に光を失っても尚、西側のために戦っていた秀吉の忠臣だったはずだ。

 そんな男が"西"を裏切ったという知らせが陣内に轟く。その知らせを聞いた松野は、すぐに秀秋の元へ向かった。


 大谷の軍は、秀秋たちがいる山の麓に陣取っている。本当に大谷が裏切っているならば、すぐに行動を打つ必要があった。

 しかし、松野はこの知らせに懐疑的であった。


「大谷殿が裏切るなどとは考えられません。おそらく我らを混乱させるための"東"の罠かと」


「......十中八九そうだろうね」


 秀秋は少し考え込んだ後、松野の考えに同意を示した。


「では、皆が余計な噂に惑わされぬよう秀明様の口から」


「だって、その噂は僕が流したものだからね」


「......はい?」


「伏見城での戦いの少し前にね、徳川から僕に使いがあったんだ。"東"に肩入れしないかってね」


「な、何を言っているのですか?」


「僕も最初は断ろうとしたんだけどさ、松野が言ってくれただろ? "歴史に名を刻むべき"だって」


「ええ。ですから、この決戦に勝って誇りある武将の一人として」


「勝利した()()()()()()と、敗北した軍の中の()()()()。どっちが歴史に名を刻めると思う?」


「......まさか、秀秋様!? なりませぬ、なりませぬぞ!!」


「松野、僕はね。ずっと"秀吉の子(おまけ)"であり続けるのは嫌なんだ」


 "関ヶ原の戦い"。西側有利と思われていたその戦いは、とある武将の裏切りによって戦況がひっくり返ることとなった。

 "裏切り者"として深く歴史に名を刻んだ男の名は、小早川秀秋という。


 彼の裏切りを止めようとしたが叶わず、一人戦線を離脱した忠義ある重臣。

 秀秋のおまけとして暫し語られる男の名は、松野重元という。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
すごく面白かったです。 こういう発想もあるのだとびっくりしました。 とはいえ、リアル社会で恩師である田中角栄さんや恩人であった安倍晋三さんをはじめ、多くの人々を裏切り続けて名実共に「裏切り者」と呼…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ