第五話 戦闘(生身)
張り紙の前には、多くの生徒が集まっていた。
入学してから初めての順位発表だ。皆浮き足だっているんだろう。
さーて、僕の順位はっと……。
「勇気、明日は上カルビ定食だ」
「くそぅ! 負けた!」
ぼくの名前の一つ上に冬至の名前が表記されている。
ぐぬぬ、今回は負けを認めよう。
「……何が『くそう、負けた!』よ、二人とも仲良く最下位じゃない……」
好があきれた表情で呟く。僕と冬至は、390位で、張り紙の一番右下に名前が書いてある。
おかげで見つけやすかった。
「まぁ、俺も勇気も模擬戦全敗だしな」
「分かってたことだね」
順位は、基本的には模擬戦の結果で決まるけど、模擬戦の結果が同じ生徒がいた場合は、、日頃の授業態度等を加味した上で順位付けがされるらしい。
つまり、僕と冬至の戦いの焦点は、日頃の行い、だったわけだ。
「なんで分かってたことで、そこまで熱くなれるのよ……。まったくもう、バカなんだから」
フフッと、少し笑みを見せる好。こういう男子特有のノリが面白かったのかな。
「好は、何位だったの?」
「私は、今回はランキング外だって。模擬戦数が少なすぎて順位がつけられない! って先生に注意されちゃった」
僕に笑顔を向けてくれるが、目は笑っていない気がする。好は高校に入学してから、模擬戦美近くになると、数日休むことが多々あった。緊張して体調を崩してしまうんだろう。
僕になにかできる事はないのだろうか。
「好、悩んでる事があったら、僕に相談してね。僕にできることならなんでやもやるから」
「……ありがと、頼りにしてるからね」
今度はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
「前々から思っていたんだが。よく公衆の面前でイチャイチャできるよな、お前ら」
「イ、イチャイチャなんてしてないわよ!(ドキュッ) もう!」
僕の体から嫌な音がしたのは気のせいだろう。
「冬至、言葉には気をつけてよ、右腕まで持っていかれたじゃないか」
「右腕曲がっちゃいけない方向に曲がってるのに、よくそんな平然な顔ができるな……。」
なぜ毎回、冬至じゃなくて、僕に当たるのだろうか。これで両腕を失ってしまった。午後の授業の筆記は大変になりそうだ。
「愚民共! 道を開けろ! 神崎様のお通りだぞ!」
順位を見終え、張り紙から少し離れた場所で雑談をしていると、威圧的な声が廊下に響いた。
現れたのは、女性一人、男性二人の三人組。男二人はいかにもヤンキー見たいな見た目をしているが、真ん中にいる神崎と呼ばれた女子生徒はすごく綺麗で、なんというか、いかにもお嬢様って感じの見た目をしている。金色の長髪に透き通った白い肌。身長は160センチ程で。常人なら間違いなく一目惚れしてしまうであろう風格を纏っている。
「……ぐぬぬ。二位ですか。あと一歩ですね……。ふふっ、それはそうと、いい光景ですね、わたしくが通るだけで道が開けるなんて…… いえ、あの、土下座までする必要はありませんのよ⁉︎」
一部の生徒は、あまりの神々しさに土下座までしてしまっている。 あと5年早かったら僕も土下座していただろう。危ないところだった。
「お嬢が困っているだろう! さっさっと顔を上げろ! くそっ、これだからバカ共は……!」
「なんだと! もう一回言ってみろ! ぶっ飛ばしてやる!」
「おちつけ勇気、今回に限ってはお前のことじゃない、気持ちは分からんがバカという単語にいちいち反応するな」
はっ! しまった。バカという単語を聞いた途端、反射的に……!
「ん、お前たちは……!」
取り巻きの一人の男は、僕と当時の顔をみるなり、眉を細めた。
「なんだ? 俺たちのこと知っているのか?」
「ふーん、僕たちも有名になったものだね」
「まぁ、当然っちゃ当然だな」
僕たちは数々の伝説を残してきた。逆にもっと早く名が知れ渡っても良いほどに
「学校始まって以来のバカコンビじゃないか! てめぇーらが空調機壊してくれたおかげで死ぬほど暑かったんだぞ!」
もちろん悪い意味でだが。
「お嬢なんてなぁ! ボタン外そうそして誤ってブラのホックを外して。 そのまま公衆の面前で裸ワイシャ……」
「渡辺さん! 気持ちはわかりましたありがとうございます! お願いですから口を閉じてください!」
顔を赤くしながら、渡辺? の言葉を遮る神崎さん。
そういえば、四月の初めぐらいに、季節外れの熱波が日本を襲ったんだっけ。
それで、その時たまたま……。
「ごめんなさい。でも、僕たちだって壊したくて壊したわけじゃないんだ」
「そうだぞ、たまたま勇気が昼食の味噌汁を空調機にこぼして、たまたまゲーム機の修理をしてた俺が誤って電流を流しただけだ。他意はない」
「神の悪戯だよね」
「誤ってる人の言い草じゃないわよ、あんたたち……」
どんより顔でツッコむ好。
ちなみに、トドメを刺したのは冬至だから、今回の騒動の全責任は冬至にある。
今度はもう片方の取り巻きがなにやら取り乱しながら口を開いた。
「そ、それだけじゃねぇ! 放送室で、マイク付けたまま帰ったことがあっただろ! そのせいで、お嬢が毎日こっそり読んでいる自筆のポエムが、学内放送にむぐっ!……」
「遠藤さん! お願いですから口を閉じてください!」
さっきよりも、もっと顔を赤くして、遠藤? の口を手で押さえる神崎さん。
すると冬至は頭を下げ、謝罪を述べた。
「それに関してはすまなかった。でも、恥ずかしがることなんてない。いいポエムだったぜ」
「だよね、特に『あなたのことを思うと、心が爆熱ハリケーン』のところとか、意味わからなくてすごくかっこよかったよ」
「おう、最高に意味がわからなくて、これがポエムかっ……、って、つい感動してしまった」
「ふぐっ…… くぅ……!」
神崎さんは、唸り声をあげ、すとん、と座り込んでしまった。
どうしたんだろう。僕と冬至がこんなに褒めたから恥ずかしくなってしまったのだろうか。
そして、十秒後ぐらいに、ゆっくりと口を開いた。
「…………………さない」
掠れ声で何かを呟く神崎さん。なんて言ったんだろう。
「…………許さない」
今度はちゃんと聞き取れた、許さない?
「ぜっっっっったいに許しません! ここまで私のことを苔にするなんて! 絶対に許しません! 生まれてきたことを後悔させてあげます!」
スッと立ち上がり、手を高く掲げた。
「来なさい! ユニコーン!」
すると、神崎さんのすぐ横に、突如召喚獣が出現した。
その召喚獣は、ユニコーン、全長二メートルはあろう巨躯に加え、頭に長いツノが生えている。
「冬至、今のって」
「ああ、瞬間移動術だな、優秀な召喚士にしかできない高等技術だ、まさかすでに習得してるとはな。 さすがだな」
ヒヨコや蛇みたいな、サイズが小さく、周りに影響の与えない召喚獣は、常に召喚士の近くに顕現している場合が多いいが。ユニコーンみたいな、大きいサイズかつ、存在しているだけで周りに影響を与える可能性がある召喚獣は、基本的に召喚士と一緒に行動しているわけではなく、別の場所で管理されている。それが強い召喚士共通の弱店なんだけど、その弱点を解消できるのが、この瞬間移動術だ。上級召喚士になるには、必須の能力だと噂されているほど、便利かつ重要な技だ。
っていうか、今すごくまずい状態なんじゃ! ユニコーンにどう相手取ればいいんだ…… 。
しかたない、あの手を使うか……!
「すごいわね、で、どうするの?」
「どうするもこうするも、逃げられる相手じゃないし、やるしかないよね!」
「だな、よし、勇気!」
「よし、冬至!」
「「あとは任せた!!」」
僕らは同時に後方に飛び退いた。
…………。
「何二人とも押し付け合ってるのよ!」
「冬至のバカ! 僕が勝てるわけないでしょ! 今朝だって鳩に勝負を仕掛けて負けたばかりなんだ! 僕の召喚獣は鳩より弱いんだ! バカにするな!」
「俺は召喚獣を呼べない! それはお前が一番分かっている事だろ! っていうか、鳩に負けてたのかよ! どんだけ弱いんだお前の召喚獣は!」
「冬至が戦えば良いじゃないか! ガタイ良いんだから!」
「殺す気か! お前が生身で戦ってこい!」
ぐぬぬ、これだからバカは……!
「あの、話は終わりまして?」
神崎さんは律儀に待ってくれている。本当は良い人なのかもしれない。
「ごめん、もう少し待ってて」
「わ、わかりましたわ」
作戦会議中……
「よし、待たせたね! 話がまとまったよ!」
「や、やっとですか…… 結構時間かかりましたわね…」
くたびれた顔を見せる神崎さん。きっちり待ってくれるあたり、やはり良い人かもしれない。
「それで、どなたがわたくしと戦うのですか?」
「僕が相手をしてあげるよ」
一歩前に出る。僕が放つプレッシャーを感じ取ったのか。神崎さんは眉をひそめ、警戒心を露わにしている。
「わかりました、実力の差を思い知らせてあげますわ!」
心臓を射抜くような視線を僕に向けてくる。
「うん、勝負だ、神崎さん!」
すかさずファイティングポーズをとる。これは厳しい戦いになりそうだ!
「…………」
「よし! 勝負だ!」
「………あの」
「どうしたの? 勝負しないの?」
神崎さんが困惑している。どうしたんだろう。
「いえ、戦いたいのは山々なのですけど、その、あなたの召喚獣は?」
ふむ、たしかに召喚士同士の戦いなのに、片方の召喚士は召喚獣がいない。不思議に思うのも無理はないだろう。
「………僕が相手だ!」
「え! 高橋さん本人がたたかうんですの⁉︎」
………ヒヨコは、負けた鳩に咥えられて持って行かれてしまった。もしかしたらお陀仏かもしれない。
「ふむ、あいつの召喚獣の強みは、いてもいなくても戦力に変わりはないところだ。長所を生かした戦いだな」
「斉藤、それは長所とは言わないしただの悪口よ」
呆れ顔で、ツッコむ好。否定したいところだけど、めちゃくちゃ事実なのが痛いところだ。
「ど、どうして斉藤さんじゃなくて、高橋さんが戦うことに?」
「いやぁ、その……… ジャンケンに負けたから」
目を逸らしながら小声で呟いた。
「………!!!!」
普段の容姿端麗な神崎さんからは想像もつかない、鬼の形相を見せている。
ものすごい殺気だ! いまにも襲いかかってきそうだ。
キーンコーンカーンコン
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
鐘の音を聞いて正気を取り戻したのか、少し頬を赤ながら、おほん、と咳払いをした。
「先ほども言いましたが、今回の借は絶対に返します、首を洗って待っていてください。………そこの三人組!」
「え、ちょっと! なんで私も!」
「それでは、また」
「覚えておけよ! 絶対許なさいからな! バカ三人組!」
「そうだぞ! 爆熱ハリケーンを全校放送させやがって!」
「そのことは忘れてください! できるだけ早急に!」
神崎さん達は駆け足で自分たちの教室に帰っていった。
まったく、厄介な人たちに目をつけられたなぁ。
「い、行っちゃった……」
「ま、気分落とさないでよ好」
「あんたのせいでしょうが!」
「ぐぎゃぁぁぁぁ! 僕の背骨がぁあまぁ!!」