7. 離宮
離宮までは、川から歩いて一時間半かかった。いや、リアンは空を飛んで帰ればもっと楽に帰れたのだろうが、俺とブイネに付き合って歩いた。
前を歩くリアンの羽を見ているうちに、「禁呪」の影響で俺に生えたように見えた「羽」のことを思い出した。触れようとしても、触れられない羽。
妖精族と戦った時には、確かに彼らの羽にも、物理的にダメージを与えられたように見えた。だが、俺の攻撃は浄化の祈祷がメインなので、触れることはなく、倒した時には消えてしまう。
そんなことを考えているうちに、つい…リアンの羽に触れてしまった。妖精の羽には、確かに実体があった。つまり、俺は「禁呪」で妖精になったのではなく、その影響を受けた人族の者には俺が妖精になったように見えてしまうだけのようだ。その「影響を受けた人族」には俺も含まれるから、俺自身も自分の姿が妖精に見えてしまうのだろう。
だが、触れられたリアンは突然、
「ひゃん!」
と、変な声を出した。そこで慌てて、
「リアン、ごめん。でも、妖精族の羽って、触ってはいけないものだったのか?」
と言うと、リアンは
「妖精族同士でも、よほど親密でなければ他の妖精の羽には触ってはいけないとされています。」
と、少し恥ずかしそうに答えた。
その様子を見ていたブイネは、俺を軽く睨むと、
「クリスさん、そう言うのダメですよ。」
と強く抗議された。
何故か変態行為認定をされた気がして、
「二人とも、何かごめん。」
と、謝ってしまった。…悪気はなかったのだが…。
そんなアクシデントはあったが、まだ明るい内に離宮に着いた。鬱蒼と茂った森の中、そこだけが人の住む空間だと主張していた。
だが、離宮に着いて、少し状況が複雑なことに気づいた。俺は一応は子供たち二人の主人ではあるが、ここの主人はブイネだし、その想い人であるリアンと住んできた場所だ。しかも、俺自身、二人の邪魔はしたくないし…。そこで俺は、最初にリアンが監禁されていたという、離れを使うことにした。
他にも、離宮を案内してもらった。食堂、リビング、調理室、食糧庫、ブイネとリアンそれぞれの部屋、図書室、遊戯室、工作室、物置、武器室などなど。小さいが、さすがに離宮を称するだけのことはある。
特筆されるのは、この離宮には温泉が引かれていて、掛け流しでお湯が供給される浴場があることだ。夕食は外で済ませているし、早速使わせてもらった。庶民の家には通常浴室は無く、庶民に毎日風呂に入る習慣は無い。俺もそうだ。だが、入浴は気持ちの良いものだ。着替えの服やタオルはふんだんに有った。
それと、規模は小さいが、教会もあった。これで、どこか教会が残っているところがあれば、そこへの転移祈祷術が使える。と思ったが、逆に誰かが転移して来る可能性もある。
そのため、通常なら望まない者の転移を防ぐために、騎士が常時護衛するのだ。だが、俺とブイネ、リアンだけの我々には、護衛はできない。一先ず結界で封印しておいて、使う時だけ解除することにした。この使い方では、封印を解除して転移する時の気力消費が大きくなってしまうのだが、仕方がない。
その後、ブイネとリアンにおやすみを告げると、離れの自分の部屋のベッドに潜り込んだ。眠るまでに今後のことを少し考えた。
教会があるなら、神官もいたはずだ。実は、地方の神官の多くは、自身で畑作や牧畜を行い食糧の多くを自給するのだ。すると、ここからそれほど遠くない所に、畑や牛舎があってもおかしくない。
調べるのは明日だ。そう思ったら緊張が解けて、直ぐに眠ってしまったようだ。
そこで翌朝、ブイネとリアンをともなって付近を探索した。俺たちには、空を飛べるリアンもいる。そこで、歩き回るだけでなく、時折リアンに上空から探してもらった。
すると、やはりあった。リアンがうち捨てられた畑を見つけたのだ。おそらく、かつて離宮にいた神官が畑作を初めて、離宮の従者たちが栽培していたのだろう。ブイネの話から推測すると、一ヶ月以上放置されていたことになる。
野菜の収穫は難しいが、小麦と大豆はあと一月位でなんとか収穫できそうだ。ブイネとリアンにも手伝わせて収穫し、野菜などの栽培も再開すれば、食糧事情は大幅に改善出来るだろう。
また、畑から少し離れた所には牛舎と鶏舎があった。そこには牛もニワトリもいなかったが…、周りにまだ新しい牛糞をみつけた。まだ、牛はここをねぐらにしているに違いない。
そう思って、さらに辺りを探すと、森の近くに牛とニワトリがいた。どうやら、かつてここにいた神官が祈祷術で結界を作り、魔獣の侵入を防ぐと共に動物たちが逃げ出すのを防いでいたらしい。これで、牛乳と卵を確保する算段がついた。
一度離宮に戻り三人で食事をすると、午後は昨日の川辺に出かけた。食糧調達のために釣りをしようとしたのだが、今日はブイネにもリアンにも、何も教える必要は無かった。程なく、十尾の魚を釣り上げ、昨日と同様に焼いて食べた。
その腹ごなしに、今度は狩りの練習だ。物置から持ち出してきたスコップで穴を掘り、ブイネと俺が離れた所から獲物を追い立てる。リアンには上空から偵察してもらう。
すると、俺たちに追われるように、数か所で雑草が揺らめいているとリアンが叫んだ。きっと小動物だろう。じわじわ穴の方へ追うと、リアンが、
「何かが穴に落ちました!」
と叫んだ。
俺とブイネが穴へ急ぐと、そこにはウサギが落ちていて、逃げ出そうとしていた。ブイネに、
「逃げられないように、矢で射て!」
というと、矢が飛んでウサギに刺さった。
俺はウサギを捌きながら、ブイネとリアンにその方法を教えた。皮はなめして干しておき、防寒服などの材料にする。肉は、今回は離宮へ持ち帰って、より長期間保存可能な燻製を作ることにした。
離宮に帰ってもやるべきことは沢山ある。
「忙しくなるぞ!」
そう思いながら、実は俺自身楽しんでいることに気づいた。ブイネとリアンを助けたいと思って、狩を教え始めたりしたはずだった。けれども、助けられたのは多分俺の方だ。世界が壊れようが、俺が壊れようが、こんな日々が送れるなら結構楽しめそうだ。
………
ルイーズが、森の木々に隠れて、狩りをしているクリスたちを見ていた。彼女は、人間の男の子が、妖精族の二人と共に楽しそうにしているのを見て驚いた。
しかも、男の子の名前は「ブイネ」と聞こえた。王子と同じ名前ではないか!王族が滅亡すれば、次の王は勇者から選ばれる。今や生き残りの勇者はエイミーだけなので、エイミーに違いないと思われていたのだが…。
ルイーズは少し困惑しながら、ルーロ村へ向かって飛び立った。
アルファポリスさんに投稿したものを少し改訂して投稿しましたけど、お楽しみいただけましたでしょうか?
一先ずこの話はここで終えますが、機会があれば続きを書くこともあるかも知れません。
お読みいただき、ありがとうございました。