6. 妖精族の王女
これがリアンか。妖精とはいえ、相手はまだ子供だ。傷付けたくはないが、本気で攻撃されると厄介だ。手のひらを彼女に向けて、祈りを唱えた。
「ブレストバブル。」
見た目は何も変わらないが、リアンを空気のバブルに捕えて、ゆっくり地面に降ろした。騒がれても厄介なのでブイネも、別のバブルに捕えて、二人を並べた。
バブルに捕えたブイネとリアンの前で、俺は厳かに言った。
「二人とも、俺を殺そうとした。だから、モルドレッド王の法では、俺はお前たちに仕返しができる。だが、そうすればお前たちはきっと死んでしまうだろう。モルドレッド王の法では、こんな時にもう一つの選択肢がある。それは何だ?」
ブイネが、ためらいながら応えた。
「それは、仕返しする権利を持つ者に隷属することです。」
「そうだ。だから、選ばせてやる。」
俺が隷属の呪文、
「スレーブイニシエーション。」
を唱えると、二人の首に黒い文様が現れた。
「お前たちが、隷属を選ぶなら承認を、死を選ぶなら承認しなければ良い。」
スレイブイニシエーションで生じる文様が、少しずつ二人の首を締めていく。やがて、可愛い顔を少し歪めて、リアンが叫んだ。
「ブイネ様、私は貴方になら隷属しても構いませんが、こんな人には…。」
ブイネも苦しそうだが、リアンに大きな声で答えた。
「君が来る前に少し話しをしたけど、この人は悪い人じゃないよ。ちゃんと謝って、隷属しようよ?」
「ブイネ様がそうおっしゃるなら、…従います。」
その直後、二人の首の文様は定着した。二人とも、俺への隷属を承認したのだ。これで、二人は俺に危害を加えられなくなった。
もし、危害を加えようとすると、激痛が走り何も言えず何も出来なくなる。それに、俺の指示に従わなかったり嘘をついても同様だ。
俺としては、不死になったとはいえ、不意打ちされたくなかっただけだった。でも、こんな子供たちを奴隷にした俺は、周りから変態の烙印を押されるかもしれない。もっとも、俺とこの二人の子供以外の人族や妖精族と、出くわすことがあればの話だが。
ようやく闖入者達への対応も終わり、焚き火を三人で囲むと、アクセルウサギは中まで火が通って食べ頃のようだ。香ばしい匂いがたまらない。
妖精の女の子リアンは、無意識にヨダレを垂らし、それを見たブイネは何故か恥ずかしそうにこちらを見る。子供二人の生活は、やはり大変だったのだろう。
俺もまだお腹が空いていたし、早速切り分けた。三人とも、しばらく無言で一心に食べた。ブイネとリアンは食糧に乏しい生活を送っていたようだが、俺だって今日はまだ何も食べてなかったのだ。
しかし食べ終わると、ブイネもリアンも、さっきとはまるで違う笑顔を見せてくれた。これが、「餌付け」というものだろうか?「隷属」の呪文より、「餌付け」の方がずっと効果がありそうだ。それに、恐怖に引き攣る顔より、笑顔を見るのは気持ちが良い。
笑顔になったリアンに尋ねた。
「君がブイネから聞いたリアンかな?」
今さらながら、名前の確認だ。
しかし、リアンはちょっと困ったような表情で、ブイネの顔を見た。ブイネは苦笑いしながら、
「リアン、お兄さんの質問に答えて。でも、えっと、お兄さんの名前は、まだ僕も教えてもらって無いんだけど。」
と、俺の顔を覗きこんだ。
そうだ、俺もまだ自分の名前も教えて無かったのだ。軽く咳払いをしてから、自己紹介をした。
「俺はクリスと言う。二十歳の若僧神官だけど、冒険者もやったことあるし、勇者のパーティにも二回加わったことがあるんだぞ。」
勇者パーティーへの参加は、二回とも親しかった勇者エイミーに誘ってもらえたから、加われたのだが。我が隷属者たちの前では強がって、そこは言わなかった。
すると、リアンも少し緊張しながら、自己紹介してくれた。
「クリス様、私はリアン。十歳です。私の父は妖精族の王ブランで、母はメイブです。」
あのブランの娘だったのか!俺はあまり驚いて、卒倒しそうになったが、平静を装った。それでは、ブイネとリアンは仇敵同士ではないか?それに、俺は彼女の父親ブランの仇だ。
それなら、リアンがどう思っているのか、気になることが三つある。
一つ目は、
「リアンはブイネのことを、どれくらい知っているの?」
ということだ。これに対して、リアンは、
「親同士は敵対しましたが、私が生きているのはブイネ様のおかけです。それに、ブイネ様は優しくて…。」
と言いながら顔が赤くなっていき、最後の方は声も小さくなって聞こえなくなってしまった。
二つ目は、リアンの目には、俺がどう見えているのかだ。リアンは、
「クリス様は人族の男性ですよね?羽も生えて無いし…。」
と訝しんで答えた。ブイネと同じように、リアンにも「禁呪」の影響は無いようだ。
三つ目。これが一番難しい質問だったが、リアンは人族の勇者という存在をどう思っているのか、と言う問いだ。これについてリアンは、
「人族だけでなく、妖精族にも勇者はいて、普段は魔獣などから人々を守ってくれています。人族の勇者が妖精族と敵対したり、妖精族の勇者が人族と敵対するのは、戦争しているからでしょう?それなら、本当に悪いのは、妖精族と人族の王だと、私は思います。」
俺は頭を殴られた心地がした。これではリアンは、「童女」と言うより「聖女」では無いか?それに、彼女に一目惚れしたブイネの眼力にも、恐れ入った。
俺は、自分が隷属させた二人の子供たちを、密かに尊敬した。二人がこの世界を生き抜いて行けるように、手助けしてあげたいと思い始めたのは、今思えばこの時だったのだ。
だが、この時点では俺には余裕は無かった。だから、考えていたことは目先のこと二つだけだった。一つ目は、住む場所と道具について、一応目処が着いたこと。もう一つ目は、隷属した者に食事を与えることは主人の義務であり、三人分の食糧調達を考えなければならなくなったことだ。
そこで、まずは二人に釣りを教えることにした。釣竿はあと二本あり、全員分ある。ルアーは同じ物は他に無いので、ブイネとリアンに良さそうな物を選んでやった。
こうして三人で釣り大会をすると、あっというまに二十匹が釣れた。今日は昼にアクセルウサギ、夕食に焼き魚を食べ、腹を満たすことが出来た。
腹が満ちると、明るいうちにブイネとリアンが住む離宮に着けるように、三人で歩き始めた。