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2. 禁呪

 この壊れた世界で、生き残ってもしかたがない。生き続けたいとは思えなかった。だがどうせ死ぬなら、神官になる儀式の時に神から、

「世界が壊れたら使うように。ただし、安易に使ってはいけない。使えば、お前は呪われる。」

と啓示されて授けられた「禁呪」を使ってみよう。

 授かった時には、「世界が壊れたら」なんてどんな状況だろう、といぶかしんだものだったが…。この世界は、間違い無く「壊れた世界」だろう。


 「禁呪」を使ったら何が起こるのか、神は説明してくれなかった。だが、何が起こっても、今よりも状況が悪化することはないだろう。そこで再び立ち上がると、空間に魔法陣を描き、

「リバース、ザワールド。」

と呟いた。直後、俺は意識を失った。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか?俺は家の前で倒れていた。ふと、手をかざすと…血にまみれていた。俺が血まみれになる理由は思いつかない。敢えて言えば、「禁呪」を使ったからだろうか?とりあえず、起き上がろうとした。

 すると、聴き慣れた声が聞こえてきた。

「奴は、まだ生きているぞ!気をつけろ!」

エイミーの声だ。条件反射で気が引き締まって、一気に立ち上がった。だが、エイミーは生き返ったのか?確かにあの時、彼女は死んだはずだったが。

 起き上がった俺は、エイミーと仲間達が俺を取り囲んで武器を構えているのを見た。次の瞬間、レイの鋭い斬撃、ルイーズの風魔法「ウインドバースト」とミリアの氷魔法「アイスジャベリン」の合わせ技、コーエンの斧による強撃、そして最後にエイミーの必殺技「トライアングルストライク」が連続して襲ってきた。

 彼ら彼女らの技は見慣れているが、自分自身に襲いかかって来るのを目にするのは初めてだ。状況は良く分からないが、俺は仲間に殺されるのだろうか?一体どうして…?

 ショックではあったが、どこか醒めた感覚で死を思い、目を閉じた。


 しかし、それでも俺は死ななかった。…というか、ダメージが全く感じられない。それでも、もっと多くの血を流したようで、首や腹部も血まみれになった。エイミーが動揺しているように見えた。他の仲間たちも、さっきよりも少し離れて俺を囲んでいる。

 誰に向けてか、コーエンが言った。

「コイツは何故死なないんだ?ダメージすら無さそうだぞ!」

そこで、俺が応えた。

「何故、仲間の俺を攻撃する?それにしては、お前らの攻撃を受けて俺が死なないなんて。手抜きでもしているのか?」

するとミリアが、

「妖精のアンタが仲間ですって?自分の姿を見て言って欲しいわね!」

と言うので、

「俺はお前たちの仲間で、人族で神官のクリスじゃないか?忘れたのか?」

と応じた。

 すると、エイミーが記憶を辿るような表情を浮かべつつ、

「クリス?そんな名前は思い出せない…。」

と答えた。密かに慕っていた彼女にそう言われて、俺はさらにショックを受けたが、このままではいられない。そこで、

「エイミー、お前たちは妖精族の王ブランと戦っていたのではないのか?ブランは、お前たちが防御結界を破壊して、俺がトドメをさしたのだ!」

と言い返すと、エイミーは警戒しつつも明らかに困惑した。


 その間に、いつのまにか村人が遠巻きに俺たちを囲み、そこから石が飛んできた。子供の声で、

「妖精のくせに、勇者のお姉ちゃんをイジメるな!」

 驚いた俺は、声のする方を見た。すると、俺の視線の先にいた村人たちは、われ先に逃げ出した。その中には、俺の両親と姉もいた。俺は両親と姉を追いかけて、叫んだ。

「待ってくれ。俺はクリスだ。みんな生きかえって良かった!」

すると、姉のクローディアが恐怖に引きつった顔で叫び返した。

「クリスなんていう名前は知らない!大体、私に妖精の知り合いなんていないわ!」


 俺は心が冷えていくのを感じた。心が凍って動かなくなると、全てを諦めて逃げたくなる。好きだったエイミーと信頼していた仲間たち、優しく仲の良かったクローディアと両親、友人や顔見知り、村人や他の地域から避難してきた人たち、妖精軍の攻撃で廃墟と化したままの俺の故郷。全てを残して、俺は逃げ出した。

 突然逃げ出した俺の後ろから、何か叫ぶ声が聞こえたが、俺は全速力で走り続けた。しばらく走り後ろを振り返るが、付いて来る者はいない。俺を敵と見なしていれば、俺に対して警戒を怠るわけにはいかない。エイミーと仲間たちは、村人らを守りつつ、警戒しながら後ろから近づいて来ているのかもしれない。だが、それでは全速力の俺に追いつけるはずは無い。


 ようやく、村はずれの小川にかかる橋が見えてきた。ここを越えると、村から出たことになる。これ以上、走り続ける必要は無さそうだ。


 走るのを止めて歩きだすと、これまでの感情が一気に押し寄せてきた。仲間と家族、村の友人らを失い、故郷が廃墟と化した悲しみ。妖精王を倒した時の高揚感。「禁呪」を使った時の不安感。何故か蘇った仲間と家族から敵とみなされ、村人から石を投げつけられて逃げ出した、困惑と悲しみ。

 そういえば、蘇った仲間も家族も村人も、誰もが俺の名前を知らず、俺のことを認識しなかった。それにミリアとクローディアは、俺を妖精だと断言した。でも、俺は人間だ。一体、何故そんなことを言ったのだろう?

 小さい橋の上から、何気なく小川を見下ろした。流れが緩やかで、水面は鏡のようだ。ふと、ミリアに自分の姿を見ろと言われたのを思い出した。

 そこで、水面に映る自分の姿を見た。…まさか。もう一度見たが、変わらない。水面には、虹色の大きな羽が背中から生えた、男の妖精の姿が映っていた。誰だコレ?


 そこで、俺は「禁呪」について考えた。神が「世界が壊れたら」と言ったのは、やはり妖精王に事実上人類が滅ぼされた時のことを指しているのだろう。人類が滅亡したら、「禁呪」を使うことによって、少なくとも一部の人族は蘇るようだ。だが、「禁呪」を使うと、使った俺は蘇った人たちに忘れられて、妖精になってしまう。…それが呪いなのだろうか?


 「禁呪」を使う前の「俺以外に人族のいない世界」も、「蘇った全ての人たちから忘れられ妖精になってしまった世界」も、もう嫌だ。俺は、刀を首筋に当てると、思いっきり引いた。

 首から血が滴った。喉に血が入って息苦しくなり、膝をついた。俺もいよいよ、この世界からおさらばだと思い、仰向けになって

空を見上げた。空は青く、小鳥が飛んでいる。のどかな情景だ。最期にこんな落ち着いた気持ちになれて良かった…そして意識を失った。


 ふと、寒さを感じて目が覚めた。既に陽は落ちて、月明かりが辺りを照らしている。首に手を当てると、傷は無いが血だらけだ。気が重いが、立ち上がって自分の身体を水面に映した。その姿は、日中に見た姿と変わらず、虹色の大きな羽が背中から生えた男の妖精だった。

 仲間から必殺の攻撃を受けた時のように、自殺したはずの俺は死ななかった。いや、死ねなかったのだ。これも一つの「呪い」なのだろう。


 俺は死ねなかったが…壊れた。


 結局、神から授かった「禁呪」は、「壊れた世界」を救うと「救った者が壊れる」という、怖ろしい呪いを含んでいたのだ。神は何故こんな怖ろしい禁呪を俺に授けてくれたのだろうか?


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