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1. 壊れた世界

 この戦場では、昼でも太陽の光は地上にはほとんど届かない。いや、太陽は雲間に姿を露わす月のように、かすかに薄暗い光を放ってはいる。黄昏色の光だけがわずかに地表に届いて、景色を一色に塗り込めている。


 ドーン ガガッ ドドーン


 凄まじい音と振動で鼓膜が破れそうだ。妖精族最強の妖精王ブランの攻撃が近くで炸裂して、俺のすぐ後ろにあった建物が火を噴いて飛び散った。

 つい先ほどまで一緒に戦っていたのに、既に動かなくなった仲間たちの体が、炎で紅く照らされる。レイ、ミリア、コーエン、ルイーズ。そして、我々が騎乗していたワイバーンたちの亡骸…。

 だが、仲間やワイバーンたちの犠牲の対価は、ブランの身体中に刻まれている。既に美しく巨大だったブランの羽は、ほとんど失われ、飛翔できない。それでも、世界最強を謳われるブランの魔法は未だに強力だ。


 この世界では、大地は一つだけだ。その大地を、人族と妖精族が分けあって生きてきた。大地の中心には南北に山脈が走っていて、東側に人族の国ダヴェド王国が、西側に妖精の国ティル・ナ・ノーグがあった。その山脈があまり高くそびていたので、ワイバーンを駆る人族、自ら自在に空を飛翔する妖精族、いずれにも未だかつて山脈を越えた者はなかった。

 だから人と妖精は、山脈の途切れた大地の南北の果てで交流してきた。時には手を取り合い、時には対立して戦争になった。今は…戦争している。


 人族の王モルドレッドは即位すると直ぐに、軍隊を率いて山脈の北側から妖精族の国へ攻め込んだのだ。好戦的なモルドレッドとは対照的に、妖精族の王ブランは当初は和平を目指した。しかし、半年前に妻のメイブを殺されてからは、妖精軍の先頭に立って山脈の北側から人族の国に攻め込んだ。

 メイブを殺した者が人なのか妖精なのかは、今でも不明のままだ。だが、メイブの死がブランの憎悪に火を点けて、人族と妖精族の戦争を燃え上がらせたのは間違い無いだろう。

 今回の戦争では、これまでになく激しい戦闘が続いてきた。それというのも、人族と妖精族は互いに相手が全滅するまで戦いを止めないからだ。その結果、人族の国でも妖精族の国でも、侵略された地域には生存者がいないという悲惨な結果になった。それがまた憎悪を産み、さらに激しい戦いにつながっていく。


 妖精軍に攻め込んだモルドレッド軍は、妖精の町々や村々を滅ぼしつつ進軍した。だが数日前に、最後に一つだけ残った妖精の村で逆襲され、モルドレッド軍は全滅したらしい。モルドレッド軍最後の生き残りが羽の破れたワイバーンに乗って、人族が生き残っていたルーロ村にたどり着いたのは、一昨日のことだったのだ。

 一方、人族の国も妖精軍に蹂躙され、王都も一ヶ月前に陥落した。他の町や村から逃れてこの村にたどり着いたわずかな人たちによると、各地で人族は皆殺しにされ、今や生き残りはこの村にいる者達だけだろうとのことだった。


 そんなわけで、俺の故郷のこのルーロ村の住民と避難してきた人々こそが、人族最後の生き残り。ここは人族最後の砦なのだ。そして、そこに集った勇者エイミーとその仲間が、人族の最後の戦力だった。俺は神官として、エイミーのパーティーに加わった。エイミーとは、王都に居た頃からの付き合いだ。

 ルーロ村へ妖精軍が攻め込んできたタイミングで、妖精軍に気付かれないように全員村の外へ退避した。そうしておいて、この辺りの地理に疎い妖精軍を、村の奥にある王室の離宮に誘い込んだ。

 ここは、一見村から続く平地にある大きな宮殿だが、実は崖の上に建っていた。そこに、ありったけの火力を注ぎ込んで崖ごと破壊したのだ。いわゆる空城の計だ。強力だった妖精軍も、結局これで壊滅した。


 しかし、ただ一人、妖精族の王ブランは生き残った。我々の奇襲に膝を屈することもなく、村人の半数は彼の最初の反撃で命を落とした。

 ブランの攻撃は村の外に及び、村と住民は三十分程度でほぼ壊滅した。その後も、繰り返し凄まじい攻撃が加えられた。おそらく生き残っている者はいないだろう。その中には、俺の両親や姉も含まれるのだ。心が引き裂かれる思いだが、安否を確認する余裕すらなかった。


 その後も、勇者エイミーの元に集った我々は、ブランと戦い続けた。だがはじめの頃は、いくら攻撃してもブランにダメージを与えられなかった。ブランが防御結界で守られているらしいことに気づいたのは、かなり時間が経ってからだった。

 それが判ったのは、レイの剣が妖精王に直撃した直後に、俺が浄化の祈りを捧げた時のことだ。妖精王が初めて膝をついたのだ。俺たちはその様子から、レイの剣撃が防御結界を傷付け、俺の祈祷術が妖精王にダメージが与えたと分析した。

 その後、俺以外の全員で防御結界を傷付け、俺は浄化の祈りを続けた。妖精王は時々苦悶の表情を見せたが、こちらも一人、また一人と倒れ、もうエイミーと俺しか残っていない。ブランのダメージも、かなり大きくなって来ているようには見えるのだが…。


 エイミーが最後の力を振り絞って斬撃を加えた。エイミーが得意とする、魔力強化した三連撃の技「トライアングルストライク」だ。

 だが、ブランは死力を尽くして彼の風魔法「龍の爪」を…だが、エイミーではなく俺に向けて放った。ブランも、直接的には俺の祈祷術がダメージを与えていることに気づいたのだ。突然攻撃されて祈祷による防御が間に合わない。

 殺られる…そう思った瞬間、目の前にエイミーの姿があった。

「後は任せたぞ、クリス…。」

腹を裂かれたエイミーが、鮮血を撒き散らせながら叫んだ。

「エイミー!」

「私に構わず、為すべきことをやれ!」

 エイミーの怪我が気になるが、皆の犠牲で妖精王の防御結界がズタズタになったこのチャンスに、俺が為すべきことは一つ。俺の最大能力で、妖精族の王を浄化することだ。

「ピュリフィケーション、マキシム。」

通常の二十倍の力を瞬発的に高めた祈祷術だ。ブランは、斬撃などで防御結界が破壊された跡から侵食されるように、閃光を放ちながら消えて行った。


 俺はエイミーに向かって叫んだ。

「やったぞ!俺たちの勝利だ。」

「…良かった。お前が生き残って…。」

「エイミー?」

エイミーの傷は致命傷で、既に大量の血が流れ出ていた。

 俺も傷だらけで、体力も気力も尽きかけていたが、必死にエイミーのために回復の祈祷を唱えた。彼女は強く、優しかった。だが、俺の必死の祈祷は徒労に終わったようだ。掴んだ彼女の手は、徐々に冷たくなっていった。


 エイミーの手を握りしめたまま、呆然として辺りを見回した俺の目には、生きている人も妖精も映らない。しばらくして、村を歩き回ったが、全て破壊し尽くされ生存者の気配は無い。

 俺の家があるはずの場所に立った。しかし、何もかもがも燃え尽きて、痕跡すら無かった。俺の両親と姉を探したが、遺体すら見つからない。多分、家と共に、猛火に焼き尽くされてしまったのだろう。俺が流した涙や嗚咽を、見る者も聞く者もいない。

 今回の妖精軍の攻撃で、人類は戦力だけでなく、最後の生き残りだった村の住民まで全滅してしまったのだ。生き残ったのは、敵味方含めて俺だけのようだ。


 俺は気力を使い果たし、上を向いて倒れた。ブランの発していた瘴気は失せ、太陽は輝きを取り戻した。空は青い。戦いの音も無く、静かだ。


 だが、世界は壊れた。


 涙は出尽くして、何の感情も湧いてこない。


7話までで一応完結する予定です。

1日おきに1話投稿できればと考えております。

それ以降は、現時点ではまだ構想中です。

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