異世界の仕様について学びました
晩飯の支度をしているハンナルの後ろで、俺とドゥリンはテーブルに腰かけて色んなことを話した。これまでに溜まっていた言葉の通じないフラストレーションを一気に吐き出すように。途中からはハンナルもテーブルに腰かけて一緒に晩飯を食べながら話した。
「小野山は異世界人なのだな」とハンナルは食器を下げながら目をキラッキラさせて言った。晩飯を終えた俺たちは食器を下げたり後片付けをしている。ドゥリンだけは貫禄満点で腰かけたまま、木製のジョッキでワインみたいなお酒を飲んでいる。
ハンナルは鼻歌交じりで食器を洗い始めた。皿洗いくらい手伝ってあげたいが、右手がないから逆に迷惑かもな……と思いながらハンナルの背中を見ていると「気にせんでええ。ちょっとずつ慣れていけばいいのだ」と俺の心を読んだかのようなセリフをドゥリンが言った。優しくされるとちょっと泣けてくる。
それにしても言葉が通じるだけで一気に知識が広がる……当たり前ではあるけれど。とにかくドゥリンとハンナルから聞いたこの世界について分かったことを整理しておこう。
◇
この情報交換会は、ドゥリンからの衝撃発言で幕を開けた。
「お前はどこから来たのだ。お前みたいな種族は初めて見たのだ」これである。なぜ突然言葉が理解できるようになったのかを説明してもらう前に、俺にとってここは異世界であることを説明しなければならないようだ。
なんとドワーフ達は人間を見たことがないそうだ。話がややこしくなるので、地球人を「人間」、ドワーフのような人間に近い種族を「亜人」と呼ぶことにしよう。
ドゥリンによると、こっちの世界に亜人は沢山いるみたいだ。ドワーフをはじめお約束の種族たちだ。エルフとかドワーフ、リザードマンにオーガ、オークにゴブリンetc……。
だけど人間はいない……。そう思うと急に可南子のことが心配になってきた。俺は異世界から来たことと、幼馴染もこの世界のどこかにいる(と思いたい)こと、その幼馴染を見つけたいことを説明した。
ドゥリンもハンナルも最初は半信半疑で、異世界からの召喚・転移・転生の話なんか聞いたこともないそうだ。とはいえ目の前に見たことのない種族である俺がいるので、ひとまず信じてやるか、って感じだった。
「俺みたいに見たことのない種族が突然現れたら、きっと噂が広まるんじゃないかな」と俺は言った。
「いいや。現にお前も噂になっていないのだ。ここは行商の商人だって滅多に来ない場所なのだ」とドゥリン。確かにその通りだ。
「仮にお前の幼馴染が噂になっとっても、ここまで噂が届く可能性は低いのだ」さらにドゥリンは続けた。「儂らのいるこの大陸のどこかにいるとしても、ドワーフかエルフの支配領域以外にいたら、まず情報は流れてこないのだ」という事らしい。絶望的なんじゃないのか……と言葉を失っていたら、「情報収集ならエルフの首都に行くのがいいのだ」とドゥリンは付け加えた。
エルフの首都――帝都ディアナ。世界有数の大都市らしく、この大陸で最も人と情報が集まるところらしい。が、この村からの移動には6カ月程度の距離らしく、となると旅費もかなりの額になる。さらに地形的にも気候的にも魔物的にも命懸けの旅になるそうだ……。
「お金を貯めてしっかり準備をすれば大丈夫なのだ。焦らんでコツコツいくのだ」あぁ……ドゥリンは優しい。いや、この村のドワーフ達は穏やかで優しい人達ばかりだ。そうすると今度はハンナルが、「まずはこの世界についてお勉強するのだ。お友達を探しに行く準備が整うまでここにいていいのだ」と。俺はさすがに……泣いた。
◇
異世界と言えば魔法!ってことでまずはこの世界の魔法について聞いてみた。最初に断っておくと残念ながら派手な魔法はないそうだ。「ファイアー!」とか「サンダー!」とか言って魔物を格好よく討伐するなんてことは、おとぎ話の中にしかないんだって。
――だけど魔法自体は存在する。
まぁ実はこのドワーフの村に来てから何度も魔法を目撃してるし、ハンナルも普通に使ってるから、「俺もいつか使えるようになるんじゃね!?」って少しドキドキはしてたんだけどねー。この世界の魔法は、所謂「生活魔法」ってやつだった。
ではその「生活魔法」をどうやって使うのか。
ハリー〇ッターが持ってそうな30cm位の杖があって、日本刀で言うところの鍔の部分というか、柄と鞘をわけるように魔石と呼ばれる綺麗な石が取り付けられている。その杖に魔力を流し込むと、杖の先っぽから魔石の種類に応じた魔法が発動するというわけだ。
炎の魔石ならライターとかマッチみたいに使える。水の魔石であればコップに水を張る程度の水がチョロチョロと、風の魔石であれば団扇の代わりにはなる。便利と言えば便利だけどねー。アウトドアには持ってこいだし。でもその程度なのだ。
そして魔石には寿命というか使用回数に限度があるんだって。無駄遣いはするなってこと。例えば水の魔石であれば、家の中で料理や飲料水として使われるが、食器を洗ったり体を洗ったりする水は井戸や川から汲んできたものを使っている。ちなみにこの村は近くに湖があって、そこからの川が村の横に流れているのであった。
そして杖と魔石だけでは魔法を使えない。杖に魔力を込めて初めて魔法は発動する。子供のうちに練習してみんな使えるようなるらしいが……。俺にもできるかな、と不安になったが、「乗馬よりも簡単なのだ。誰にでも出来るから心配いらん」と俺の不安はドゥリンに一蹴されたのだった。
杖に魔石を取りつけずに魔力を流すと、「薄っすらと杖が光る」と言って目の前で実践してくれた。これなら魔石の無駄遣いも気にせず練習できそうだ。そして実際にこの世界の子供は杖を光らせる練習から始めるそうだ。ハンナルが子供の頃に使った子供用の練習セットもどこかにしまってあるから、明日はそれで練習しようと言ってくれた。今から楽しみである。
「生活魔法」は正直なところ拍子抜けだったけど、驚くべきは「世界魔法」のほうだった。
「世界魔法」について説明するには、村の中央にある巨大ケーキ……の中にある魔法陣から説明しなくてはならないだろう。
この世界の地中には「龍脈」と呼ばれる膨大な魔力が流れるルートがいくつもあるらしいのだ。その魔力が地上に噴出している場所を「龍穴」と呼び、巨大ケーキの中の魔法陣がまさにその「龍穴」ということだ。
この「龍穴」も色んな所に点在していて、珍しものではないそうだ。どの「龍穴」も全く同じ魔法陣になっているらしい。どうやって魔法陣を設置するのか聞いてみたら、「そんなことができるとすれば女神様だけなのだ」とドゥリンに豪快に笑われた……。いや、この世界の常識なんて知らんしー!まぁどうやら自然現象みたいなのでそれ以上は聞かなかった。
そしてその「龍穴」の魔法陣に入るとどうなるのか?「お前は気絶するのだ」とまたドゥリンに笑われた……。ここまで運んでくれたのはありがたいけどそんなに笑わなくてもいいじゃん……。
さて魔法陣に入るとどうなるのか。ドゥリンは勿体ぶるように間を作り、「なんと世界魔法に接続されるのだ!」と叫ぶとドヤ顔をキメた。「はぁ……?」となった俺に、「もっと驚かんか」と不満そうなドゥリン。いや知らんし。
でも確かにこの「世界魔法」に接続されると、ちょっとスゴいのである。
――「世界魔法」の効果は4つ。
1つ目は「通訳」だ。
急にハンナルやドゥリンと会話ができるようになった原因がこれだ。ドゥリンの話によれば、世界魔法に接続しさえすればどんな言語でも通訳できるとのこと。俺のいた日本にも翻訳機はあったけど、よりスムーズなコミュニケーションが可能だし、これはもう同時通訳よりもっと凄い。相手がしゃべっているドワーフ語がそのまま理解できるのだ。逆も然り。俺がしゃべっている日本語をそのまま理解してくれるのだ。それでも俺がドワーフ語をしゃべることはできないが、そもそもそんな必要もないってことだ。
2つ目は「駆け出しの祝福」と呼ばれるもので、自分の装備に特別な加護を付与できるらしい。強化魔法みたいなものかな?まぁこれについては明日、実際の装備で教えてやるという事だった。本当にドゥリンさん、面倒見が良くて感謝感激です!
3つ目は「ステータス表示」だ。感覚としては自分の目の前30cm程度の位置に自分のステータス情報が画面表示される。それも「ステータスを見たい」と思うだけで。透明の画面が空中に浮いている感じで近未来感満載。ステータス以外にも色んな情報が表示されるらしいが、まぁそれはこれから覚えて行けばいいだろう。これを知ってから俺はことあるごとに表示させちゃってるが、自分以外には見えないらしい。
4つ目が「レベルアップ」である。
レベルアップには「魔素」という怪しいものが関係しているらしい。魔素を体に取り込むことによってレベルアップするとかなんとか……。魔素=経験値みたいなものか?と思ったが違うらしい。
この世界は魔素で満たされていて、何もしなくても魔素体に取り込み続けているんだって。ドゥリン曰く、「魔素とは、空気をイメージすればいいのだ。山に登ると空気が薄くなるように、魔素にも濃い場所と薄い場所があるのだ」魔素の濃さに高度は関係ないらしいが。
さらにドゥリンは続けた。「空気と魔素の違いは、魔素はこの世界のどこにでもあるってことなのだ。文字通りどこにでもなのだ。海の底だろうと、地面の中だろうと、どこにでもあるのだ」うーん。それはもう、「どこにでも魔素がある」のではなくて、「魔素の中に俺たちがいる」って表現して方がいいのでは……と思ったけどあえて口にはしなかった。
「つまり世界魔法に接続したら、寝ていてもレベルアップしていくってこと?」と俺は聞いた。
「空気中に存在している魔素はごく微量なのだ。レベルアップには影響しないと思っていいのだ」とドゥリンは教えてくれた。「レベルアップの方法についても明日教えるのだ。難しいことは無いから安心するのだ」とドゥリンは言ってからハンナルにワインらしき飲み物のおかわりを要求していたが、飲み過ぎなのだと怒られてしょんぼりしていた。頼もしいやら情けないやらなドゥリンだった。
◇
生活魔法と世界魔法について簡単に説明してもらったあと、ハンナルが「胸元を見るのだ」と俺の胸元を指差した。そう言えばそうだった。巨大ケーキみたいな「龍穴」のある建物へ行く前にハンナルが見せてくれた胸元の模様のことを思い出した。
俺は少し緊張しながらそぉーっと自分の胸元を見下ろして人差し指で襟を広げてみた。例の模様が俺の胸元にもくっきりと……あれ?色が違うような……。この天使が翼を広げたような模様は黒色のはずだった。
「真っ赤な模様は初めて見たのだ」とハンナルはなぜか目を輝かせている。そうするとドゥリンが補足するように、「黒色以外の模様は見たことも聞いたこともないのだ」と言った。
これってもしかして……。異世界人特有のチート能力の証なんじゃないのぉ!?
俺の時代が来たのかもしれない。フフフ……。この赤い模様こそ、ものすごい魔法が使えるとか!?限界突破のレベル9999まで上がっちゃうとか!?そんな特別な意味があるに違いない!!
そして俺はその日、明るい未来に胸を膨らませて、ニヤニヤしながら熟睡したのであった。……ドゥリン達は若干引いてたけど。