魔法陣、再び
ハンナルとドゥリンに案内された場所は、村の中央っぽい場所にある建物だった。その建物は、直径10m程度の円柱形の白い石壁の建物だ。高さは3m程度なので、円柱形と言っても巨大なケーキを思わせる形だな……デコレーションはないけど。
ちなみにこの村は、この巨大ケーキから放射状に広がっていて、日本人的感覚で言えば、「噴水でもあればしっくりくる村の中央広場」って感じだと思う。この巨大ケーキの存在は知っていたのだけど、集会場かなにかだろうと思って特に気にしたことは無かった。
その巨大ケーキは扉が1つあるだけの建物で、ハンナルはおもむろに扉を開けると、俺を手招きしている。巨大ケーキの中に入れってことだ。ドゥリンが先に入っていったので俺もあとに続いた。そして扉を開けていたハンナルも中に入ると扉を閉めた。
中に入った俺は驚愕すると同時に恐怖した。
――巨大ケーキ内部の床の中央に、直径5mくらいの魔法陣があった。
もし初めて見る魔法陣であれば、その幻想的なまでの美しさに感動していたんじゃないかと思う。黄金の輝きに包まれ、その複雑な模様はまるで星の軌跡を描いたタイムラプス映像のように美しかった。魔法陣の上には神秘的な光が薄く広がり、まるで銀河のホログラムを投影しているかのように優しく輝いている。「魔法と知識の象徴」って感じだ。
でも俺はこれにそっくりなものを以前に見ている。可南子の足元で。
ほとんどの人が美しいと感じるであろうその錯綜した線と幾何学的な形状が絶妙に組み合わさった複雑な模様。俺には底知れぬ悪意を隠し持っているようにしか見えなかった。可南子と俺の右手が奪われたあの忌まわしい記憶……。確かにあの時とは魔法陣の大きさが全然違うし、エメラルド色のシリンダーみたいな光もない。
それでも俺の体は汗ばみ、恐怖にこわばっていた。右手の激痛を思い出して、左手で右手を庇うようにお腹に押し付けていた。
そんな俺の様子に気付いたハンナルは、俺の腰あたりを優しくさすりながら、心配そうな顔で何か言った。言葉はわからなくても「大丈夫?」という意味であることは表情とか雰囲気でわかる。
もう可南子に会えないかもしれない。もう家族に会えないかもしれない。もう家に帰れないかもしれない。もうスマホで暇を潰すこともできないかもしれない。もうゲームに集中して気付いたら朝になっていたなんてこともないかもしれない。
異世界に一人で投げ出されて考えないようにしていた色んな事が頭の中で渦巻く。
「でも俺は今も一人じゃないもんね」と口に出してみた。不思議と落ち着いた。「すぅーはぁー」と軽く深呼吸をして、ハンナルに笑顔を向けてから「オッケー」と言った。ハンナルも笑顔を返してくれた。
その様子を見ていたドゥリンが、なにやらゼスチャーを交えながら言ってきた。要約すると「魔法陣の中に入れ」ということで間違いなさそうなんだけど……。そんなのイヤに決まってるじゃん……。
意味がわからないフリをして誤魔化すのも限界になったので俺は覚悟を決めた。命の恩人2人の言うことを信じないでどうする!俺は魔法陣にゆっくりと近づいた……。
が、なんか怖いので魔法陣の直前で立ち止まった俺は、まずは左足だけ魔法陣の中に入れようと、そぉーっと左足を上げた。
上げてはみたのだけど…。
やっぱり怖いので、片足立ちの姿勢のまま後ろをゆっくり振り返ってみる。
ハンナルは両手を握ってなんか言ってる。応援している感じがするので「頑張れ!」みたいなことを言ってくれてるのだろう。ドゥリンのほうはと言うと……。完全に俺のビビリ具合に呆れてるなあれは……。「さっさと行け」みたいなことを溜息交じりで言っているに違いない。
そんなこと言ったって怖いものは怖いんだから……とか思いながら1つの可能性が俺の中で浮上した。
――元の世界に飛ばされる可能性もあるんじゃね?
そう考えればこっちに来たときだって魔法陣だったし、ハンナル達なら、あっちの世界に帰る方法を知っていれば教えてくれるだろう。その可能性に気付いた俺は……片足立ちのままだったのでバランスを崩して、「おっとっと」と魔法陣の中に入っていくのであった。
◇
寝ぼけまなこの俺は、もはや見慣れた天井をぼーっと眺めていたが、すぐに我に返った。この状況はたぶん……、魔法陣に入って気を失ったんじゃないかな……。またドゥリンが家まで運んでくれたっぽいな。
俺はベッドから立ち上がると自分の体を見渡し、軽く屈伸運動をしてみた。特にケガはしてなさそうだ……まぁ相変わらず右手はないのだけど。そして「ハンナルぅ」と名前を呼びながら食堂のほうへ移動した。
「あ、目が覚めたのか。大丈夫なのか?」とハンナル。どうやら晩飯の支度中。という事は、俺は昼飯を食べ損ねて数時間寝ていたことになる。そんなことを考えながら「大丈夫みたい」と答えた。「そうかそうか。そろそろご飯だからもうちょっと待つのだ」とハンナルは笑顔を見せた。
昼飯を食べ損ねていた俺はお腹が空いていたので、食堂のテーブル(と言ってもドワーフ用の背の低いテーブルセットなので、俺の椅子は背の低い木箱を裏返したものだった)に腰かけて晩飯を待つことにした。いくら俺が巨人(160cm)でも地べたに座ったのでは流石にテーブルが高すぎて食べづらくなる。
するとすぐに「やっと起きてきたのか」と言いながらドゥリンも食堂にやってきた。「あぁドゥリン。また俺を運んでくれたんでしょ?ありがとね」と俺。「そんなことはいいのだ。お前にゃあ色々と聞きたいことがあるのだ」とドゥリンが言ったところで俺は気づいた。
……言葉がわかる!!
「ちょ、ちょっと……なんで⁉」驚いて取り乱す俺。「なんで言葉がわかるの!?」と言いながら立ち上がろうとしたが、木箱に躓いて尻もちをつく俺。
「イテテ……」
「そんなことも知らんのか」と逆に目を見開いて驚いているドゥリン。
「まぁええ。お前はどこから来たのだ」
こうして俺とドゥリンと時々ハンナルの、情報交換会議が開催されたのであった。