炎を吐き出しているような、あるいは堕天使が翼を広げたような
さらに1週間が過ぎた。さすがに右手が生えてくることはなかったので、完治と言っていいかわからないけど……とにかく完治した。改めて右手がないことを思うと……やっぱり落ち込む。
そしてこの村のドワーフたちともある程度は顔見知りになっていた。この村のドワーフは本当に穏やかで優しい。見ず知らずの巨人を(と言っても160cmだが)ここまで手厚く看病して受け入れてくれるなんてね……。
俺が寝ていた部屋にはハンナルとその父親であるドゥリンしか顔を出さなかったが、薬草の準備、包帯の洗濯から消毒、食事の準備など、動けるようになった俺は、村のドワーフ達が色々と協力してくれていたことを知った。ついでに子供たちが中指を立てて「ブッブー」と言っている光景も目にしたのだが……いや、見なかったことにしよう。
さてこうなると……。
色々と向かい合わなければならない問題がある。まずはこれまでなるべく使わないようにしていた言葉。ズバリ「異世界」。ここは間違いなく異世界だと思う。だって目の前にドワーフがいるんだし。
となるとだ、俺の目の前で消えた可南子もこの世界のどこかにいるかもしれない。いや、今後はこの世界のどこかにいると信じて行動するべきだろう。元の世界に帰るのは可南子を見つけたあと。……帰れるかどうかは置いといて。
優先順位の1位を「可南子を見つける」にした場合(それ以外はないのだけれど)、少なくとも可南子を見つけるまでこの世界で生きていくことになる。となると生きていく術がいる。このドワーフの村でこの世界について色々と勉強する必要がありそうだ。まずは言葉か……。まさか異世界が勉強スタートになるとは。
いや待てよ……。
ケガが治って元気になったから出て行けと言われたりは……。
その可能性に気付いた俺は焦った。何か役に立つアピールをしておかないとヤバいかも……。
そもそも異世界人特有のチート能力どころか、とんでもなくハードモードな異世界生活になっているような気が……。
死にかけた。痛すぎて気絶した。言葉も通じない。お金がない。右手もない。
これってハードモードどころかナイトメアでしょ……。異世界生活なんて「強くてニューゲーム」くらいで丁度いいんだよ!そのうえこの村から追い出されでもしたらどうしたらいいか……。
ドワーフの村の様子を眺めながら「うーんうーん」と自分の存在意義について頭を悩ませていた俺に、ハンナルが話しかけてきた。
「おのやま」と俺の名前を呼び、ハンナルは自分の首の下あたりを指さした。胸元付近を見ろと言っているように思えた。
そしておもむろに、クイッと襟を下に引っ張ると胸元を見せてきた。急なハンナルのセクシー攻撃に俺は思わず目を逸らした。顔面の温度が上がっているのがわかる……赤面しちゃってるな。
ハンナルはもう一度「おのやま」と言って俺を向き直らせた。ハンナルめ……ニヤニヤしてやがる……。からかわれたんだとわかったが、それだけではなかった。
ハンナルが見せた胸元には、鎖骨の少し下からみぞおちの少し上にかけて、刺青のような模様が彫られていた。その模様は真っ黒で左右対称、中央から左右に向かって漆黒の炎を吐き出しているような、あるいは天使が翼を広げたようなデザインだった。いや、黒色だからだ堕天使の翼かな。知らんけど。
そうするとハンナルは俺達の近くで遊んでいた3人の子供たちへ声をかけた。その子供達は指で輪っかを作って「オッケー」と言うと駆け寄ってきた。
ハンナルは俺にはわからない言葉で駆け寄ってきた子供達に何かを伝えるた。子供たちは勢いよく自分の服をめくりあげた。胸を反らして喉元付近まで服をめくりあげたので、子供達3人にもハンナルと全く同じ模様が胸元にあることがわかった。
そしてハンナルはゼスチャーを交えながらしきりに俺に何か言ってきた。どうやら「おのやまにもその模様をつけるんだ」と言いたいようだ。間違いなさそうなので「オッケー」と言ってやった。俺は「どうだいこれが本場のオッケーだぞ」と言わんばかりのドヤ顔を子供たちに向けてみたが、特にリアクションはなかった。
そして一度家に戻るとハンナルの父親であるドゥリンも合流して、俺は二人の後について行ったのであった。
それにしても何の模様かな……。もしかして仲間の証みたいなこと⁉
だとしたら追い出されずにすみそうだ、と少しホッとしたのは黙っておくことにしよう。