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ドワーフに救われた命

 悪夢の1日から1週間くらいが過ぎていた。正確な日数はわからない。()()()()()()()()()()7()()が過ぎているが、何日意識を失っていたかわからないからだ。聞けばいいと思うかもしれないけど、そう簡単な話ではないのだ。だって言葉が通じないのだから。


 そして相手は人間ですらない。やたらと小柄でがっしりした人間のような生き物。俺の知識の中でその生き物に該当する種族名は「ドワーフ」だ。小さいだけで人間と変わりない……いや人間より可愛いらしいとすら思える。


 俺はこの1週間、基本的にはベッドの上で過ごしていた。ドワーフのベッドは正方形に近くて、俺の身長ですら長さが足りず、縦に2つ並べてくれていた。そんなベッドが置いてある簡素な部屋で、朝昼晩と日に3度、毎回同じドワーフの少女が食事の世話と右手の切断面の手当てをしてくれていた。


 食事は何やら離乳食のような噛まずに飲めるドロドロしたものを、木製のスプーンで口元まで運んでくれた。まずくはなかった。が、そのあとに飲まされる液体が苦い……。苦すぎる……。初めて口に入れられたときは、あまりにも苦くて吐き出しそうになったが、ドワーフの少女はその反応を予想していたみたいだった。俺がその苦い液体を口に含んだ瞬間、俺の口を手で塞いできた。そして俺の知らない言葉で何か話しかけてきた。それはとても穏やかな口調で、まるで母親が子供に語り掛けるような感じだった。

 

「我慢して飲みなさい」的な意味で間違いないだろう……。俺より年下っぽく見えるドワーフの女の子に諭されて、俺は母親を思い出さずにはいられないのであった。

 

 ちなみにその苦い液体は麻酔とか麻薬とか……。そういった(たぐい)のもので間違いない。その苦い液体を飲むと、すぐに幸せな気持ちになってくるのだ。……実にあやしい液体だ。だけど耐え難い右手の痛みも嘘みたいに消えていく。そしておそらく俺はアホみたいにヘラヘラと締りのない顔を晒していることだろう……。

 そんな感じで俺がラリったら右手の治療に取り掛かるという流れだ。


 包帯をほどき、木製のたらいに張ったぬるま湯で切断面をゆすぐように洗い、すり潰した薬草のらしきものを切断面を覆うようにべったりと塗り、きれいに洗って煮沸消毒した包帯に取り換えてくれる。


 多分これ、ラリってなければまた気を失うほどの痛みが……想像するのはやめとこう……。


 ラリってる時間はおそらく1、2時間程度だった。その結果どうなったかというと、激しい痛みに襲われるたび、俺のほうからその苦い液体を求めるようになっていた……。が、その朝昼晩の治療以外で苦い液体を飲ませてくれることはなかった。


 ◇


 ベッドの上で過ごしたこの1週間、俺が顔を合わせたのはそのドワーフの少女とその父親の2人のみ。そして2人の家だと思われる部屋で療養させてもらっている。外出はしなかった。コミュニケーションとしては、まずお互いの名前を知るところから始まった。


 残っている左手を胸に当て「おのやま、お・の・や・ま」と繰り返し言ってみた。そうするとドワーフの少女も「おのやま」と言ってくれた。

 名前だと理解してくれたらしく、今度はドワーフの少女が胸に手を当てて「ハンナル、ハ・ン・ナ・ル」と言った。俺はドワーフの少女に向かって「ハンナル」と言ってみた。彼女はにっこりと笑って首をゆっくりと縦に振った。その首を縦に振るゼスチャーは、日本人と同じで肯定の意思表示だとわかった。意外と共通点もあるものだ。そのあとは、ハンナルの父親っぽいドワーフの名前が「ドゥリン」ということがわかった。そしてこの「ドゥリン」こそ、村の端っこにある草原から俺を背負って運んでくれたドワーフだ。この2人は、まさに正真正銘(しょうしんしょうめい)、俺の命の恩人である。


 そして名前の次は簡単なゼスチャーだ。最初は日本人にもお馴染みの「オッケー」と言って親指と人差し指で輪っかを作る動作。これはすぐにハンナルも使うようになってくれた。

 オッケーとは逆の意味で、両手の人差し指でばってんを作ることができればいいのだけど……なにせ右手がない。左手だけでばってんの代わりになるものはないかと、少し考えて閃いたのが「中指を立てる」だった。


 これはあまりにもお行儀が悪いような気もしたので、ばってんの効果音っぽい「ブッブー」という言葉も添えて少し可愛らしさを演出することにした。

 中指を立てて「ブッブー」なのだが……。正直これは後悔した……。


 ある晩、俺は痛みに苦しみながら「ハ、ハンナル」と呼び、あの苦い液体をくれとコップを飲むゼスチャーをしたのだが……。

 真顔のままのハンナルは俺に中指を立てて「ブッブー」と言った。ハンナルが中指を立てた瞬間「ドンッ」と腹に響く重たい効果音が鳴った気がしたのは、きっと痛みで混乱していたせいだろう……。


 ◇


 どうやら俺は、思い出したくもない焼灼止血をされてから5日間ほど意識がなかったらしい。たぶん本当の意味で死にかけたんだと思う。

 つまり手首を失ってから12日くらい経過したことになるのだけど、この右手、痛みも我慢できる程度に……というかそろそろ包帯も取れそうな程に回復している。

 俺には医学的知識なんか一切ないけど、これが異常な回復速度であることくらいはわかる。薬草のお陰なのかとも思ったが、俺の回復力にハンナルも手当のたびに驚いていたので、やっぱり異常な回復速度なのだろう。


 まぁ考えても仕方ない。現実を受け入れるのみ。


 ちなみにこれは余談なんだけど、ハンナルが暮らすこのドワーフの村では「オッケー」と「ブッブー」が浸透していき、日常会話の中でも当たり前のように使われるようになるのであった。

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