リンネ・コウ④
些細な違和感だった。
この世にある魔術の全ては魔法の派生。
今は誰も使うことが出来ない魔法があるからこそ、魔術は存在するのだ。言ってしまえば魔術の母、それが魔法。
言うはずがないのだ。あんなにコテコテな格好をしておいて──
どうして魔術を魔法と呼ぶ?
「……ぼ、僕?」
一筋の汗を流しながら、イマニはゆっくりと尋ねた。
「……魔法って、言ったよね」
「……」
「どういう事なん?魔法って言ったら何で、嘘つきって事になるん?」
「魔道士を志す人達が、まず初めに習うことは魔術の成り立ち。魔術は魔法を元にして成っている。魔術の事を魔法って呼んではいけない。最初にそれを教えられる」
「どうしてお前がそんなこと知ってるんだ?リンネ」
リリィがなんとか話について行こうとして、問いかける。
手をわきわきとさせて非常にもどかしいのが感じ取れる。
「それは……」
そんなの決まっている。私が魔道士になりたかったからだ。
「……だが、それだけで嘘つきと断ずるには些か早計じゃないか?」
「早計だよ!」「早計だもんね!」
今度は凶器三姉妹からの怪訝な声が上がる。
「……うん、でも私にとってはそれは信じられない事だったんだ。ごめんね」
「……あの時は言い間違えただけだよ、僕の方こそごめんね、変な勘違いを……」
「だから「見」るね、もっと、詳しく……!
」
「え?」
その瞬間、小さく黒い稲妻のような物が奔った。
リンネの右目から漏れ出てるようなそれはゆっくりと眼球全体を覆い尽くしていく。
無機質な黒い鉱石のような質感になった右目は、どこを見ているか定かではなくなって居るものの、確実にイマニを捉えていた。
「私には、魔力の流れがわかるんだ。……イマニ君、貴方、本当は魔術が使えるんでしょ?」
「……おいおいホンマかいな、そんな魔術それこそ聞いたことがないで、魔力を可視化する魔術なんて……っておい……リンネちゃん、それ……!」
「この状況で嘘はつけないよ、ね」
リンネはゆっくりとヨシトキを見る。リンネを見るヨシトキはと言うと、酷く汗をかいていた。
イマニじゃない、その視線は確実にリンネを捉えていた。
「禁忌の……!?」
「っ……!」
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「猿でもわかる魔道士のススメ」 14Pより抜粋
魔力にはその人間にとっての最適な形があります。
水車を動かすには水が適しているように、原っぱを優しく撫ぜるには風が適しているように。
個人にとっての適した魔力の在り方はそれぞれ異なります。
魔力の受け渡しは可能ですが、より近しい魔力の色を持つ間の方が好ましいでしょう。
系統が大きく異なる魔力を通わせると劇的な副作用が起こる可能性があります。
※誰とも魔力を交わすことが出来ない人間も存在します。かつて極少数派の魔力を持った子供たちによる大規模な事件があってから、個人間の魔力の供給には許可が必要になりました。10歳にも満たない彼らが起こした未曾有の無差別テロは、現在「禁忌」と呼ばれています。
また、彼らの事を────
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「禁忌の子…か」
「オイ!軍人!テメェ!」
リリィが強い口調でアルスロッドを諌める。アルスロッドは意に介する事もなく、言葉を続ける。
「すまんが私にはどっちが正しいか分からん。いや、正確にはどっちが嘘つきか分からん、と言った所だな」
「私にも分からないな。どちらかが私たちを貶めようとしている。今はそういった状況なんだろう?沈黙は、疑わしい、だったか?」「疑わしいよ!」「疑わしいもんね!」
ノコのその言葉に、全員が一斉にリンネの方を向く。
あぁ、そうだ。だから私は、魔道士になりたかったんだ。
あの人は私の魔力を使って、真っ黒な蝶々を生み出してくれた。夜空のような羽をもったそれは、少し羽ばたいてから消えてしまったけど、あの時の美しさは今でも忘れられない。
私でも、あんなふうな魔術が使えたら─────
それを願ってここまで来たのに。
こうなっちゃうんだ。あの極東の人達と同じ。自分達と違うものは、排除する。
何が黒い魔力だ。私は望んでこんな色に生まれてきたわけじゃない。禁忌の子達が、黒い魔力持ちだったからって私もそうだってわけじゃない。
私だってあなた達みたいに綺麗な色で生まれてきたかった。
唯一使えるこの魔術も、嘘を暴くものでしかない。
誰もこの力では、幸せにならない。あぁ、そうか、だから。
だから、私は禁忌の子なんだ。
コロシテヤリタイ。
キョクトウノバカドモモコイツラモ。
ミンナ。
「うわぁぁぁぁぁあああああっ!!!」
堪らずリンネは走り出し、教室を出ていってしまった。ここに居ると悲しいことを思い出す、からではなく。
自分ではない何かに蝕まれて、大変なことを引き起こしてしまいそうだから、である。
逃避ではなくそれは防衛であった。リンネからクラスメイトを守るための、そしてリンネ自身の心を守るための防衛。
「……リンネ……!」
リリィが苦虫を噛み潰したような声を挙げる。
「……どうするん?リンネちゃん、どっかいっちゃったで」
「どうするもこうするも!そもそもテメェらがあんな目であいつを見るからだろ!」
その言葉に反応し、ヨシトキは重苦しく口を開いた。
申し訳なさで沢山といった顔だ。
「……すまない、俺が禁忌と言ってしまったからだ……。俺のせいだ……すまん……」
リンネには魔力の流れが見えると言った。詳しく見ると言うことは、普段からある程度見えているのだろう。違和感があったはずなのだ。ないはずがないのだ。
「お前は、俺の事を黙っていてくれていたのに……!」
ヨシトキは悔しそうな声を出し床をドン!と殴りつけた。
出来たはずの新しい友を、禁忌という言葉で傷付けてしまった。その事実は、変えられない。悔やんでいた、悔やみきれないほどに。
「どうすればいいんすか!?アル様!このままじゃあ全員……」
「黙っていろ、もう一人いるだろう、どう動くのか見ておかなければいけないヤツが」
アルスロッドがそう言うと、イマニはビクッと震えて俯いた。
その後ゆっくりと顔を上げると、その表情は今までのものとは全く違っていた。
「うーん、一応合格、でもほとんどリンネちゃん頼りだったね」
「では、お前がやはり……!」
「騙してごめんね、僕がこの教室の担任。ルタ。ルタ・レガーソンだよ。」