リンネ・コウ③
人を疑う事は簡単だ。何故なら疑うことによって自分が能動的に動くことは無いからだ。
人を信じる事は難しい。何故なら信じている証明は行動によってしか表現出来ないからだ。
リンネはつくづく自分が嫌になる。
人を疑ってはいけない、と耳にタコが出来るくらい言われ続けていたのにも関わらず、不審な部分に目がいってしまう自分が。
良く言えば思慮深く、悪く言えば疑り深い。
「どういう事だよ、なあヨシトキ」
堪らずリリィが声をかける。
「分からない、嘘つきを炙りだせとはどういう意味だ……?」
ヨシトキは顎に手を当てて考え込む。
教室ではリリィ、ヨシトキ、リンネが固まり中央に座り込んでいた。
残りのクラスメイトは各々別のことをしている。
「皆、まず聞いてくれ、俺が先天性魔力欠乏症なのは事実だ」
教壇に立ったヨシトキは、両手を着いてそう言った。
「なっ……!バカ!」
「良いんだリリィ、嘘つきは炙り出される、だろ?ここで言う嘘つきが何を指しているか分からない以上、嘘をつくのは得策じゃない」
確かにそうだ。
あの「嘘つき」という言葉が何を指すか未だに不明だが、もし仮に「嘘をついたもの」だとしたら、その「嘘つき」がどういう扱いを受けるかは想像に難くない。
「……???????」
「嘘をついたら退学になるかもって意味だよ、リリィちゃん」
「わ、分かってるっつーの!」
そのやり取りを見て、1人の男子生徒が手を挙げる。
細身の青年だ。
「へぇ〜、マジで君、魔力ないん?」
聞いたことない不思議な訛りだ。
発音自体は極東に近い気もするが、どうにも掴みどころがない。
ただ、なんと言うか、彼はすごくありきたりだなぁとリンネは思った。
「あぁ」
「なら僕も同じ意見やな。君、どうやって魔道士になるつもりだったん?」
「……それを探しに来たんだ」
「ふぅん……あ、自己紹介まだやったね。僕はナガ。ナガ・シヤラ。軽々しくナガって呼んでや」
「それじゃあナガ。お前はチャイムが言っていた意味がわかるか?」
ヨシトキがそう投げかけると、ナガは考え込んだ。
ヨシトキとはまた別の意味で頭の良さそうな顔立ちだ。
ヨシトキが優等生ならナガは策謀家だろうか。
「まぁ、アレが事実かどうかは置いといて、取り敢えず全員自己紹介せんと始まらんのちゃう?」
「……確かにそうだな」
そう言うとヨシトキは、教室を見渡す。
全員の視線が集まったのを確認すると、ヨシトキは口を開いた。
「全員自己紹介してくれ、俺はヨシトキ。ヨシトキ・アリマだ───」
■■■■■■
ヨシトキ、リリィ、リンネ、ナガの自己紹介が終わり、全員の視線は残りの5人に集まる。
先に口を開いたのは、3つ子だった。
「ノコ」
「クギ!」
「ハリ!」
テンポよく発されたそれが名前だと認識するのに、少しだけ時間がかかった。
「な、名前?」
「ノコだ」
「クギだよ!」
「ハリだもんね!」
どうやら黒髪眼帯の少女はノコと言うらしい。残りの灰色の髪の毛2人はクギとハリ。
想像通りならなんとも物騒な名前だ。
「……姓は無いのか?」
「あるが、答える必要は無い」
「だがこの状況では……」
「アイツは嘘つきを炙りだせと言ったんだ、性を名乗らない事が嘘をつくに当たるとは思えん」
「思えないよ!」
「思えないもんね!」
なるほど。
そういう考え方もあるのか。
沈黙は金とはよく言ったものだ。ヨシトキのように正直である必要も無かったのかもしれない。
「ん〜でもそれだと誰かが疑わしくなった時、君らが疑われる事になるで」
「何?」
「だってそうやろ、自分から疑われる余地を生み出してんねんから」
ナガが痛いとこをつく。
この状況が意図すべきことはまだ何一つ分かってはいないが、普通なら疑われる事態は避けたいはずだ。
「……構わん、疑われたら、斬る」
「おぉ、こっわ〜」
ヘラヘラと笑いながらナガはヨシトキの後ろに隠れる。
しかしその鋭い眼光からは「忠告したからな」という思いが見え隠れしていた。
「……君は?」
「ぼ、僕はイマニ!イマニ・ルーだよ!」
随分と慌てている。喋り方も含めてかなり幼く見えるが、入学生という事は同年代だろう。
「俺はヨシトキだ。魔力がない中魔道士を目指してる愚か者だ」
「ホンマやで」
「オイ」
ケラケラとバカにして笑うナガとそれを諌めるリリィ。なんと言うか、2人は相性が良さそうに見える。
「……僕も、魔法が使えないのに魔道士を目指してる。一緒だよ」
「そうなのか?見た目からしてそうは思えんが」
「ううん、使えないんだ、呪われてて」
「……呪われてる?」
「……」
どうやら言いたくないことらしい、彼は途中で口をつぐんでしまった。
俯く彼に悪いと思ったのかヨシトキは手を頭を置いて謝罪の言葉を口にする。
「言わなくていいんだ、黙っておくことは、嘘じゃない、だろう?」
「あ〜あ」
ナガは両手を挙げやれやれといった表情をしている。
ヨシトキのその言葉に、イマニは笑顔ではい!と答えた。
「……最後だが……」
ヨシトキが振り向くと、軍服のキリッとした女性はこっちを向くこともなく、喋りだした。
「あぁ〜!こんにちは!皆さんどうもはじめまして!私はカリヴァンと言います!」
!?
あまりに似つかわしくないその口調にリンネは度肝を抜かれてしまった。
しかも外を眺めながら言っているのだからシュールである。
「コラ、勝手に喋るな」
と、女性はコツンと自分の剣を小突いた。
「あいや、すんません!」
あぁなるほど。喋っていたのは剣だったのか。
剣が喋った!?リンネは2度目の度肝を抜かれてしまった。
「……こいつはカリヴァン、私の名前はアルスロッド。アルスロッド・ヴェルカフォニア」
ヴェルカフォニア!?
3度目の度肝抜かれにリンネの五臓六腑は裏返りそうになっていた。
ヴェルカフォニアと聞けば、浮かび上がるのはただ1つ。
ヴェルカフォニア国という大国だ。
その強い軍事力を持ってして、領土を広げ続けている。過激を超えて苛烈とも言える国内外の争いは、誰が言ったか「死体も戦う」と表現される。
「お前らが想像してる通りだよ、私はヴェルカフォニアの第4王子だ」
「それはまた……」
「アル様はここへ自分を鍛えるためにやってきたんです!すいません!この人戦うこと以外に興味が無いんでそこのところよろしくお願いします!」
またも喋る剣をアルスロッドが小突く。今度は強めだ。
「だから余計なことを喋るな。……が、まぁ大体合ってる。私は強いヤツと戦いに来たんだ。学べることがあればそれも良し、ないのならそれはそれで良し」
なんと言うか、見た目に通りの性格といった感じだ。
凛々しく、気高く。彼女の言葉には口に出したらそれを確実に実行すると思わせるような何かがある。
「……これで全員か」
「で?嘘つきは分かったん?」
「分からないな」
「ダメやん」
「いや、そうでも無い。俺には嘘つきが誰かわからん、ということが分かった」
「何を言っとるん君、君みたいな頭も育ちも良さそ〜なヤツが分からんかったら誰がわかるって言うん?」
「リンネだ」
「「「「「……」」」」」
その言葉に、リンネ含め全員が沈黙した。
一瞬を置いて後、リンネが大きな声を上げる。
「ええっ!?私!?」
「何か気がついたことは無いか?」
「……ええっと……ヨシトキ君はなんで私が分かると思うの……?」
「確証はない。ただ、リンネはよく人の事を見ていそうだと思ってな」
人の事を、見る。
それは、誇らしい事なのだろうか。
人を見たら、良いところも悪いところも見えてしまう。
その人物の人となり如何に関わらず、触れてほしくない部分に触れてしまうこともある。
それをリンネは誇らしいとは思えなかった。
……でも、頼りにしてくれる人がいるなら、私は少しだけ答えてみたい。
「……嘘つきかは分からない、けど……」
リンネは1人の人物を指さした。