リンネ・コウ②
「お前たちはまともな魔道士になるのは諦めた方がいい」
校内放送を告げるはずのチャイムから流れたのは、あまりにも唐突で、そして信じられない内容だった。
校内放送で「直に担任の教師が来られるので席について待機していてください」と伝えられた直後の放送。
「お前たちはあまりにもピーキーすぎる。特異すぎる」
「何言ってやがんだ!テメェ!」
チャイムに向かってリリィが吠える。
声を挙げこそしないがリンネの胸中も同じだった。
魔道士になるためにアルタイルへ来たのに諦めろ?
何を言っているか分からない、いや、分かりたくない。
これが周りの人間ならまだしも、教師の誰かから言われた事なのだと認めたくない。
「俺たちは魔道士になるためにここへ来たつもりだが?」
礼儀正しく挙手をしてから、ヨシトキが発言する。
どこから聞いているのか、その言葉に対しての答えがチャイムを通して返ってくる。
「礼儀正しいな、坊ちゃんよ。だけどこれはアルタイルの総意なんだよ。お前らはまともな魔道士になれねえ」
「分からないな。ちゃんと話してくれないと」
ヨシトキが直ぐに言葉を返す。いきなりの不躾な言葉に対し、少しだけ怒っているようにも見える。
「そうだなぁ、そもそもお前ら、魔道士って何か分かるか?」
魔道士。
─それは魔力を用いて自在に望む事象を起こす人間のことである─
と、リンネはさんざん読み返した「猿でもわかる魔道士のススメ」という本の冒頭を思い出していた。
「魔道士ってのは望む事象を起こすんだ、得手不得手あろうがある程度の自由は効く」
「そうだな。そうだと記憶してる」
「なら坊ちゃん。魔力の全く存在しないお前はどんな魔道士になろうって言うんだ?」
「!!」
驚いた顔でヨシトキはチャイムを睨みつける。
魔力が無い?それはもう魔道士を志す以前の問題ではないだろうか。
人を殴るのに拳がいるように、空を飛ぶために翼がいるように、魔道士になるためには魔力が必要だ。
「魔力は魔術を使うための燃料だ。人間は量と質の差はあれど魔力を生み出し続けている。でもお前にはそれが全くねえ」
「……」
ヨシトキは俯いてしまう。
居心地の悪い沈黙が場を支配する。
「なあ、教えてくれよ、お前どうやって魔道士になろうとしてたんだ?」
そこでゆっくりと、ヨシトキは口を開く。
「……なら、どうして俺を入学させたんだ?俺だって合格通知が届いた時は目を疑ったさ。ダメ元で受けたのに受かったんだから。だから俺は……!」
「今までの魔力の無い生活は何かの間違いだと思った?いいや、お前は魔力を生み出す体の構造じゃねえ、「先天性魔力欠乏症」だよ」
声が鋭さと冷たさを増した。
まるで何も意に介していないように、彼の胸中を気にすることなく続ける。
「他の奴らも同じだ、似たような状況ばっかだろ?」
その言葉に、教室の雰囲気が冷える。
鋭い殺気とは、このことを言うのだろう。
その後最初に口を開いたのは、リリィだった。
「……お前、いい加減にしろよ」
「……あー?」
「あたしが……こいつがどんな思いでここに来たのか、そんな事すら知らないで、当たり前みたいに人の気持ちを踏みにじってんじゃねえ……!」
「知らねえよ、お前らのことなんて」
「テメェ……!」
ついにリリィが拳を握る。
握りしめるその捻るような音が教室全体に重く響く。
「じゃあお前らは、自分たちが魔道士になれるって言うのか?」
その言葉にリリィは口を濁す。
彼女にも何か思い当たる節があるのだろうか、ギロッと睨んだまま歯を食いしばっていた。
「なれるさ、似たような状況の俺達だからこそ、俺達は助け合えるんだ」
ヨシトキが再び声を挙げる。先程の狼狽えた声色ではない。芯の通った真っ直ぐな声だ。
リリィの激昂で逆に冷静になったのだろうか。
「ふーん、俺達、ねぇ。ははっ、お前無条件で信じ過ぎだろ、こええよ」
「何?」
「じゃあお前らが魔道士になれるかどうかテストしてやる」
「そんなものは必要ない!俺達は正規の手順を踏んでここへ入学してきたはずだ!」
「じゃあ合格できなかったら全員退学な」
「……なっ……!?」
横暴。あまりにも酷い横暴。
初日からこれでは、何のために入学してきたか分からない。
気持ちが悪くなってくる。
周りから散々言われた言葉を、リンネは思い返していた。
魔道士にはなれない。
夢を見るのは諦めろ。
分相応な立場がある。
それでも、諦めたくなくて、入学したのだ。
魔道士になりたくて、あの奇跡を自分でも起こしてみたくて。
それなのに───。
「お前らの中に嘘つきがいるぞ。炙りだせ」
そこまで私は、魔道士になってはいけないのだろうか。