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どうして?

 お嬢様から聞いた王太子の裏切りに釈然としない感覚を、部屋に戻ってからベルドに話してみた。

 意外と聞き上手なベルドは、私が気に留めなかった部分も詳細に聞き取って時系列で状況を整理した。


 お嬢様と王太子の意見の食い違いで少々気まずくなったのは隣国の王女が来るより前。

 その時は王太子は王女と直接会ったことはなかったが、王女と直接会ったことのある兄の元王太子から話を聞かされていたそうだ。

 当時、元王太子の口から出て来た「王族だけの共感」という言葉が王太子の心に強烈な印象を残したようで、王太子は兄が失脚して自分が王太子になってから幾度となくこの言葉を口にしているそうだ。

 ベルドの分析では、一生華やかな兄の影で王族でありながら王族らしくない地味さを要求される予定だった第二王子は、それを心の底では不満に思っていたのだろう、兄が失脚して王太子となったことで王族としての自尊心が弾けて「王族らしくあること」に執着し始めたのではないか、ということだ。

 この頃はまだ、お嬢様からの質問に「隣国の王女に浮ついた心を持ってなどいない」と答えて、それは偽りではなかった。


 王女がグレナード王国を訪問して王太子が実際に対面し、「王族だけの共感」を理由に王女の要求を丸飲みした「公務」を行うようになってから、王太子の「不実」で「疚しい気持ち」がお嬢様に見抜かれることとなった。


 訪問から僅か一日でだ。


 一目惚れで心を移したにしては、王太子のお嬢様への好き好き光線垂れ流しが一途だった頃のままだ。

 お嬢様の前ではお嬢様しか目に入っていないし、捨てないでくれと全身から情けないオーラをこれでもかと発している。

 それなのに隣国の王女と抱き合う様子は情熱的で演技には見えない。

 ベルドが言うには、同時に複数に愛情を注ぐことが可能なタイプもいるが、王太子がそのタイプとは思えないそうだ。


 やっぱり何かがおかしい。

 ベルドも違和感を覚えるようだ。


「わかった。ついでにそっちも調べてみる」


「お嬢様からの命令は出ていないが」


 他国の王族を調査となれば危険度も労力も跳ね上がる。

 私が言うと、ベルドは穏やかな笑みを浮かべながら事も無げに答える。


「お前の心配事を減らせるならお嬢様も事後承諾で怒らないだろう」


「お嬢様が怒るからじゃない」


「じゃあ何だ? お前が一番大切な人間はお嬢様だろう? そのお嬢様を苦しめる原因を探ればお前の心配事は減るだろう?」


「それはそうだが、私が言っているのは違う」


 ちゃんと伝わらないもどかしさに眉根が寄る。


「確かに私の一番大切な人間はお嬢様だ。それは間違いない。だけど、この世界で私の家族だと言える唯一の人間はベルドなんだ。お嬢様の命令が出ていないのに危険なことに首を突っ込んでほしくない」


 どうにか説明しきると、ベルドの顔からスンと表情が一瞬消え、ついでいきなり自らのこめかみを自分で殴った。


「ベルド⁉」


 気でも狂ったのかと駆け寄り無事を確かめようとすると、ぐいっと腕を掴まれて胸に抱き込まれる。


「あっぶねぇ。思わず理性がブチ切れてお前に襲いかかるところだった。愛しさが暴走すると殺意よりヤバいな。ハァ」


 頭に高速で頬擦りされているし、かかる息が熱いし、高速頬擦りの合間にすうはあと匂いを嗅がれている。


 ベルドが壊れた?


「ベルド? 大丈夫なのか? 馬鹿力で頭を殴ったからどこかおかしくなったんじゃ」


「うん。大丈夫。愛してる。可愛い、ミュゲ。危ないから王太子を調べるのは止める。お前を守るためだけに調べてくる。一時間くらいで戻る」


 ベルドの声がやたらと甘い。言ってることも相当に甘い。


「あんまり頭を擦られるとハゲる」


 いたたまれなくてそう言うと、くすりと笑ってベルドが頭を離し、蕩けるような眼差しを寄越しながらうっとりと唇の両端を吊り上げて、とんでもない台詞を吐いた。


「愛してる。俺の奥さん。帰って来たら、手を出すから。本当の夫婦になろう」


「なっ⁉」


「行ってきます。いい子で待っていて」


 凄絶な色気を放つウィンクを残し、こちらの返答も聞かずにベルドの姿は消えた。


「は? え? 何? どうしたらいいんだ⁉」


『受け入れとけよ』


 動揺する私に闇の聖霊がからかうように声をかける。


「受け入れるって・・・」


『ケルヒンから来た王族の女は厄介な加護持ちだからな。お前の主みたいにならないように伴侶を体でも堕としておけ』


 勧められている内容にも突っ込みたいが、気になる情報が出た。


「厄介な加護とは何だ? 王太子の妙な状態に関係あるのか?」


『まぁ、グレナード生まれじゃないお前には想像もつかないよな。まさか王太子が無抵抗で媚薬魔法に完全にかかるとか』


「はぁ⁉」


 素っ頓狂な声が出た。

 あまりに有り得ない状況で欠片も発想しなかった。


「てことは、あの王女は水の聖霊の加護か毒の精霊の加護持ちか」


 媚薬魔法は毒の精霊の加護を得て使う魔法だ。

 毒の精霊は水の聖霊の眷属だから、どちらかの加護を得ていれば使える。

 だけど、王族や高位貴族がかかるなんて聞いたことも無いし効くとも思っていなかった。

 今も半信半疑だ。本当に王族に媚薬魔法が効くのか?


『毒の精霊の加護持ちだ。あの程度の魂と姿形で聖霊が加護を与えるものか』


 闇の聖霊が鼻を鳴らして馬鹿にするように答える。

 以前彼から聞いた話だと、聖霊は魂の好みがはっきりしていて好みじゃなければ加護は絶対に与えない。その上で外見もドストライクで好みだと愛し子にする。その好みが結構難しかったり面倒臭かったりするようで、なかなか聖霊の加護を得たり愛し子になる人間は現れない。

 だが、精霊は割と簡単に人間に加護を与える。生まれる前の魂が他よりちょっとキラキラしてるように見えたり、生まれた後に美しい姿形だったりで気に入るらしい。生まれてすぐで美醜の判別がつくのかと思ったら、聖霊や精霊には生まれてすぐの赤ん坊の成人後の姿が見えるそうだ。

 そして、精霊が好むものにはキラキラの魂と美しい外見の他に、「高貴な血」というものがある。

 人格が高潔かどうかは関係ない。他の人間たちから尊ばれる血筋であれば精霊は気に入る。

 だから、グレナード王国以外の国に精霊の加護を持たずに生まれる王族はいない。


「聖霊の加護持ちの媚薬魔法ならともかく、毒の精霊程度の媚薬魔法に王族がかかるって、有り得るのか?」


 呆然と問いかけると、闇の聖霊は納得したように説明を始めた。


『そうか。お前は人間だから、どうして王族や高位貴族に媚薬魔法が効かないのか正しい理由を知らなかったんだな。王族や高位貴族が媚薬魔法にかからないのは、そういう血筋の奴らは精霊から強力な加護を得ているから加護の力同士で相殺されているだけだぞ。当たり前に加護を持って生まれて当たり前に媚薬魔法が効かないから、高貴な血筋だと効かないという話がまかり通っているんだな』


「じゃあ、この国でケルヒンの王女が媚薬魔法を使ったら・・・」


『精霊の加護すら持たない王太子は完全にかかるし、今この国で王族のかける媚薬魔法を相殺できるだけの加護を持っているのは、お前とお前の主くらいのものだろうな』


 なんてことだ。


 おかしいとは思った。

 物語の魔女が森の隠れ家で密かに売るような「惚れ薬」なんてものは現実には存在しないし、精神を操る魔法も存在しないことになっている。

 精神に干渉する精霊は闇の聖霊の眷属に存在するが、それらが人間に加護を与えることは決して無い。

 闇の聖霊の加護を得た者でも、存在していることを知らない精霊の力を借りた魔法は使えない。

 闇の聖霊の愛し子となって、彼から直接「こういう精霊が存在して、そいつの力を使えばこういう魔法が使える、スキルが使える」と教えられて初めて存在を知り使うことが可能だ。

 つまり、現在この世界で精神を操る魔法を使えるのは私一人。

 その私が使っていないのに、精神を操られたかのように不自然な心の変節を見せる王太子に違和感を覚えた。


 まさか、加護を何も持っていなければ、王族でも媚薬魔法にかかってしまうとは。

 それも、完全に、と闇の聖霊は言った。

 現実世界にも惚れ薬は無くても媚薬はあるし、薬屋で昼間から手に入るライトな物から裏稼業のルートを使わないと入手できないヤバいブツまで選り取り見取りだ。

 心を操ることはできなくても、性的欲求を薬でコントロールすることは可能なのだ。

 完全に媚薬魔法にかかってるなら、最高級のヤバい媚薬をキメてる状態だろう。

 心は「愛する人」に在っても、体と脳は媚薬を与えてくれる相手を欲しくてたまらなくなる。


「引き離して中毒症状が治まるまで隔離すれば元に戻るか?」


 平民などが媚薬魔法にかかった時の対処方法を口にしてみると、闇の聖霊は暫し唸った。


『どうだろうな。俺は王太子を常に見張っているわけじゃないから、接触している間どれだけの頻度で魔法をかけられているのか分からない。毒は俺の眷属でもないしな。既に隔離でどうこうできる状態じゃない可能性もある』


「そんな・・・。お嬢様、ただでさえ『ご乱心事件』の原因も対策も国王に報告できずに心を痛めているのに」


『ああ、お前の知識を使わずに想像の裏付けが出来たようだな。要は、お前の主が国王に嘘を報告できればいいんだろう?』


 それが絶対不可能だから悩んでいるというのに、闇の聖霊は気軽な声音でそんなことを言う。


「そりゃあ、真実の精霊の加護を持っているお嬢様の言葉として、優しいお嬢様が心を傷めずに済むような報告と提案ができればいいとは思うが、無理だ」


『お前の主だけなら無理だろうな』


 お嬢様だけなら、無理。

 ならば、私が、何かできる?


『夢の精霊の使い方を教えただろう。今日だって上手く使っていたじゃないか。グレナードの国王に、お前の都合のいい白昼夢でも見せてやればいいだろう』


「・・・思いつかなかった」


『真面目なんだよ、お前は。頭が固い。ま、俺が道を踏み外さないようにそう育てたんだけどな。これで一つは問題が解決したか?』


「うん。ありがとう」


 お礼を言うと、闇の聖霊がフッと笑った。


『女は恋を知ると可愛くなるものだな。伴侶の前以外でそんな緩んだ顔と声を出すなよ?』


「こっ・・・⁉」


『あの距離で触れられても嫌悪感も湧かない。愛を囁かれて赤面する。とっくに好意は恋情のレベルに到達しているだろう。大体、あの男は最初からお前にとって特別だったぞ?』


「はぁ⁉ そんなことはっ」


『あるね。お前が男の外見や声を褒めるのを聞いたのは、あの男が初めてだ』


 だって、それは、ベルドは実際に顔がいいし声もいいし仕方がないじゃないか。


「私だって他人の外見くらい褒める」


 反論は呆れたような溜め息でいなされる。


『じゃあ、元王太子の外見と声を評してみろ』


「元? これみよがしな金髪と傲慢さを映した青い目の、いつも口を歪めた男で、短気で器が小さいくせに自分を大きく見せようと低い声でゆっくり喋る奴だったと思う」


『じゃあ、元宰相嫡男は?』


「根暗そうな前髪が鬱陶しい神経質そうな顔で、尻の穴の小さそうな声だったと思う」


『・・・元騎士団長嫡男』


「口元のだらしなさが脳みその空具合を表した顔だったと思う。声は、うるさかったとしか覚えてない」


『もう分かっただろう。ほらな、あの男だけ特別だ。最初からな』


 ・・・反論できなくなった。

 よくよく思い出せば、周囲の女性たちに黄色い声で騒がれていた「攻略対象」の誰に対しても、私は顔も声も褒める点を見出だせなかった。


 ベルドの他は、誰も。


『ま、自覚できたなら良かったな。それにしても遅いな。お前の伴侶は一時間ほどで戻ると言っていただろう?』


 言われて時計を見ると、ベルドが出て行ってから既に三時間が経過していた。


 まさか、何かあったのか?


 青くなる私を宥めるように闇の聖霊の気配が私の周囲で揺らめき、直後、ピンと張った弦のように空気ごと緊張した。


『ミュゲ・・・。油断した。済まない』


「ベルドに何かあったのか⁉」


『命に別条はない。だが、媚薬魔法にかかっている』


 え・・・?

 どうして・・・?


『媚薬魔法をかけたのはケルヒンの王女だが、性的欲求を向ける対象を他に指定している。お前を逆恨みしている女だ。身分も違い接点も無いだろうと警戒していなかったが、どうやら手を組んだようだな。お前の伴侶は元暗殺者だ。媚薬への耐性はあるだろうが、魔法耐性はグレナードの民としてはマシな程度だ』


 闇の聖霊の声が、扉を隔てた別の部屋で話しているように遠く、くぐもって聞こえる。

 いつものように、すぐ側で話してくれているのに。


『冗談が本当になってしまった。あんな軽口、叩かなければよかった。済まない、ミュゲ。俺の愛し子。お前の身も心も、俺は最初から最後まで守りたかったのに』


 ぼんやりとしか聞こえない慣れ親しんだ声が、悲しげな音から怒りを孕んで低く、硬くなって行く。


『俺の愛し子を泣かせやがって・・・許さない。死んで楽になどさせるものか。待っていろ、ミュゲ。少しの間側を離れるが、俺の眷属にお前を守らせている。愛している、ミュゲ。安らかに眠れ』


 闇の聖霊の眷属、眠りの精霊の力が満ちて、私は目蓋を開いていられなくなった。

 眠りに落ちる前に、常に近く感じていた闇の聖霊の気配が消えて、自分の頬に流れる何かの冷たさをリアルに感じた。

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