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お嬢様の笑顔

 ベルドに連れて行かれたのは王太子の私室だった。お嬢様は、謁見の間の茶番劇以降ずっとここで寝起きしていたらしい。

 元国王が身分を剥奪され、王太子が即位間近となったことで、お嬢様に危害を加えようとする輩が増えるかもしれないと、王太子が片時も側を離さないそうだ。


 うん。そうなると思ってた。この束縛男なら!


 それに、ベルドが王太子妃の私室に出入りするのが我慢ならなかったらしい。

 王太子妃の部屋への男性の出入り禁止は、王太子が理由はどうあれ不貞行為に及んだペナルティで、お嬢様が取り消させていた。既婚の密偵任務を担う部下まで部屋に入れられないのは不便だと前から言っていたし。

 だけど絶対に嫌だと王太子がゴネてゴネてゴネまくって、お嬢様が王太子の部屋で一緒に生活する折衷案で妥協となったそうだ。

 ベルドは、「俺は妻以外女に見えないんですがね」と言ったそうだが、ベルドが妻への想いで撥ね退けた媚薬魔法に自分はかかったことで敗北感を味わい、ベルドが王太子にとって気に食わない苦手な人間になってしまったらしい。


 そういう所は器が小さいな! もうすぐ国王なのに!


 お嬢様は再び生活時間をみっちり共にするようになった王太子と、色々話し合ったそうだ。

 お嬢様の怒りに触れる原因になった「嘘」や、拗れの一歩になった「王族の共感」のこと。

 お嬢様の加護のことと、それにまつわり元国王がしてきたお嬢様への仕打ち。

 王太子が元国王から指示されていた茶番劇の卑怯な全容。

 繰り返しグレナード王国を襲う「王太子と周辺のご乱心事件」の真因と、無駄な血を流さない対処方針。


 お嬢様が怒った王太子の「嘘」については、王太子からキッチリ謝罪があったそうだ。

 それまで王太子がお嬢様についていた嘘は、「お嬢様のための嘘」だった。お嬢様を守るために、お嬢様の耳に嫌な話を入れないために。

 けれど、あの時初めて「自分のための嘘」をお嬢様についてしまったのだという。お嬢様に嫌われたくない自分のために、偽り隠してしまった。

 とても後悔して謝罪の機会を窺っていたが、媚薬魔法で肉欲の支配下にあった王太子は、お嬢様に合わせる顔がないと問題先送りで逃げた。

 それも含めて、深い反省と謝罪を行ったらしい。具体的にどんな感じで行ったのかは知らない。


 お嬢様より王女を優先することについて説明責任を放棄した「王族の共感」は、不遇の第二王子であった時の刷り込みから出て来たようだ。

 顧みられることのない第二王子の立場から予定外の王太子になってしまい、「期待できない」「務まらないに決まってる」「第一王子と違い『王族らしくない』」と顔を合わせる度に元国王から言われ、背負うものを守るために王族らしくならねばと焦りがあったらしい。

 自分でもよく分かりもしない、実感もしていない「王族の共感」は、第一王子がよく使っていた言葉だったそうだ。

 第二王子に向かっても、「お前にはわからないだろうがな」と憐れむように蔑む時に多用していたらしい。それを王太子は、「とても王族らしいな」と常々感じていたそうだ。

 だから「王族らしくなろう」とした時に思わず使ってしまった。

 これからは、焦りも悩みも、格好つけずにお嬢様に相談すると約束したそうだ。


 お嬢様には真実の精霊の加護があり、神託を受けた当時の神官長と繋がっていた元国王が情報を入手して神官長の口を塞いだこと。

 加護の力を搾取するためにお嬢様を囲い込もうとしていたこと。

 第一王子の側妃にしようとしたが、外見が気に入らないと第一王子から断られ、第二王子の婚約者にしたこと。

 などは、お嬢様から王太子へ説明がなされた。


 王太子の話では、元国王は第一王子を廃嫡して第二王子を王太子にしなければならなくなった直後から、お嬢様を側妃に落として「高貴な血の」正妃を得る計画を練っていたそうだ。

 その計画を王太子が知ったのは茶番劇の打ち合わせの時で、「ありがたがれ」という態度で告げられたようだが。

 元国王は様々な国に、「現在王太子の正妃になっている伯爵家の娘は国内情勢が安定したら側妃に落とすから、王女を新しい王太子の正妃にくれ」という内容の書状を送っていたらしい。

 だが、お嬢様が訪れたことのある国々の高位の者たちにはお嬢様のファンが多い。それに、釣り合いの取れる年齢の王女には既に婚約者がいる。断りの返答が集まる中、ケルヒン王国の王女が出戻りフリーになった。

 ケルヒン王女の急な訪問が受け入れられたのは、元国王の企みが裏にあったかららしい。


 茶番劇の打ち合わせで、元国王は王太子に迫った。既成事実もあるのだから王女を正妃にしろと。

 とっくに純潔ではなかった媚薬魔法持ちの出戻りでも、血筋は一国の正統な王女で、他国でのものだが王太子妃教育も済んでいる。面倒な公務を伴う正妃に王女を据え、気に入っている伯爵家の娘を後宮に監禁して独占すればいい。そんな風に唆された。

 凋落した王家の人気が回復すれば今の王太子妃の役目は終わりだ、様々な能力が高いのは認めているから悪いようにはしない、後宮から出さずに活躍させてやる。そんなことも言われたらしい。


 元国王は、王族の姫もお嬢様の加護の力も欲しかった。そのために第二王子を利用した。


 元国王の中では、「子供の頃から王太子を虐げてきた不仲な王太子妃に土下座で謝罪し誠意を表す王太子」が、お嬢様の人気を奪い盗り王家の人気を回復定着→人前に出られないよう悪評を立てさせた王太子妃を後宮に匿う間に脅してでも身分を返上させる→王太子妃の身分返上で一介の伯爵令嬢になったお嬢様を、側妃としてそのまま監禁して加護の力を利用し続ける→ほとぼりが冷めた頃に、「恋心から罪を犯した悲劇の王女とその情熱に心打たれた王太子の恋物語」を市井に流す→物語が実話という噂が盛り上がったところで、神殿で「保護」していた王女を王太子の正妃に迎える→グレナード王家に高貴な血が入るし、精霊の加護も変わらず搾取し放題でメデタシメデタシ。

 そんな筋書きの茶番劇が、望みのままに展開されることになっていたらしい。

 侮っていた第二王子の王太子が逆らうとは全く思っていなかったし、お嬢様が逆らっても「後宮に側妃として監禁」が「罪人として幽閉」に変わるだけだと考えていた。


 自分の息子の本性を知らなかったんだな。ご愁傷さま。


 お嬢様を監禁独占という甘美な誘惑に迷ったものの、王太子はお嬢様の何一つ傷つけたくないのだ。

 体も心も名誉も尊厳も。

 そして、お嬢様を傷つけた上に王太子からお嬢様を取り上げようとした元国王は、普段は奥底で深い眠りについている王太子の本性を叩き起こした。

 闇の聖霊は「逆鱗に体当たり」と表現していたけど、私は「逆鱗を狙って滅多刺し」な愚行だと思う。

 かくして元国王は破滅した。

 現在、離宮で体が回復しつつある元王妃に復讐計画を練られながら軟禁中らしい。まだ私の使った精霊の力が作用してるから、暴れたり逃げたりしないように鍵のかかった部屋に拘束してるみたいだけど。それ、軟禁じゃなくて監禁だよね。


 お嬢様の加護を知った王太子は、お嬢様が過去の事件の記録から推察した「ご乱心事件」の真相を信じた。

 転生者というものに気をつけるよう王家に伝え残しても、僅かでも曲解されれば悲劇を生むだろうことは、王太子もお嬢様と同意見だった。

 公表は内容を練り根回しが済むまで時期を見ることと、神殿と協力体制を取ることが現段階で決まっている。


 ──私の加護も、王太子にバレた。


 謁見の間での元国王の急変に不可思議な力を感じた王太子は、最初、お嬢様が持っている何らかの加護の力を使ったと考えたらしい。

 だが、元国王から身分と一緒に剥奪した禁書の閲覧権限で過去の精霊の加護持ちの記録や聖霊の実在を知り、お嬢様の「真実の精霊」の力で行われたことではないと確信した。

 ならば、怪しいのは私かベルド。

 ベルドは闇の精霊の加護持ちだと公表して従者兼護衛の職についている。

 だったら、私に何かの加護があるのだろう。

 王太子はお嬢様をネチネチとしつこく問い詰めた。

 お嬢様は嘘が言えない。それを知ってしまえば、躱したり沈黙することは肯定と同じ。

 愛し子であることはお嬢様も知らないからバレてないが、私が闇の聖霊の加護持ちであることは王太子に知られた。


 お嬢様には、こちらが申し訳なくなるくらい謝られた。

 そして、約束された。


「大丈夫よ、ミュゲ。もしもミュゲの加護を口外したり勝手に利用しようとしたら、リュシアン様とは離婚するし二度と会わないことを『本当に約束』したわ。それに、ミュゲの加護の秘匿と絶対に利用しないことは、グレナード王族の血を以って父神に誓ってもらったの」


 王太子、私の加護をバラしたり利用しようとしたら『狭間のモノ』にされるのか。

 そこまでしなくても、お嬢様が離婚するという脅しだけでも約束を守りそうだけど。どれだけ不本意でも。うん、不本意なんだろうな。すごく。


 私に向ける目が怖いよ! 王太子!


 昏い昏い底の見えない恨みを孕んだような目を向けられた私の肩を、ベルドが守るように抱く。

 それを見たお嬢様が愛用の扇子を開いて口元を隠し、王太子に小声で何事か告げる。


「リュシアン様、豚の餌、ですわよ?」


 私には内容が聞こえなかったが、王太子の顔は見る見る青ざめ、怨霊もかくやという目が怯える仔犬のような目になった。一言で怨霊から仔犬。

 さすがです、お嬢様。

 お嬢様は扇子を閉じて優雅に下ろし、私にまろやかな笑顔を向けた。


「ミュゲ、お詫びに何かあなたに贈りたいの。欲しい物は無いかしら」


「欲しい物、ですか?」


 お嬢様から貰えるものなら何でも嬉しいし宝物になる。

 でも、子供の頃に宝箱に溜め込み過ぎてお嬢様に叱られたんだよな。

 それ以来、食べたり使ったら無くなるものか、極々小さい物を贈ってくださるようになった。

 けれど、小さい物だと宝石とか、あまり私が興味の無いものになるから、お嬢様は私へのプレゼントにいつも悩むそうだ。

 お嬢様が私のために悩んでくれるのはとても嬉しいが、あまり悩ませたくない。

 あ、そうだ。


「ペットを飼う許可が欲しいです」


「ペット?」


 お嬢様が、珍しくキョトンとした顔をされた。うむ、鼻血が出そうなほど可愛らしい。


「はい。私の出身国では愛玩用に小型化された豚がペットとして飼われることがあったのですが、この国にはいませんか?」


「「豚・・・」」


 何故かベルドと王太子の声が重なった。二人とも虚無を宿したような顔になっている。どうした?


「ミュゲは豚を飼いたいのね?」


「はい。最近よく耳にするので懐かしくなりました」


「そう・・・」


 お嬢様の視線がチラリと虚無顔の男たちに向けられた。ベルドと王太子がビクリとする。

 そして「何処で耳にしたのかしらねぇ・・・」と独り言ちたお嬢様から、揃って目を逸らした。意外と気が合ってるな。


「それじゃあ、ミュゲには私が用意した子豚を贈らせてもらうわ。リヴァイ帝国の愛玩用ミニ豚と同じ品種ではないけれど、グレナード王国にも品種改良されたモノがいるのよ。それをミュゲのペットとして相応しいように躾けてから贈るわね」


 ベルドと王太子が同じポーズで固まってる。いつの間にそんな意気投合したんだ。


「ありがとうございます」


「しっかり餌をあげて可愛がってね」


 ベルドと王太子から揃って「ひゅっ」と息を呑む音が聞こえた。仲が良いな。


「はい、もちろんです!」


 力いっぱい首肯すると、お嬢様が、激レアな心からの笑みをくれた。


 もうすぐ王太子が国王として即位すれば、お嬢様は王妃になる。

 忙しくもなるだろうし、まだ諸々方針が決まっただけで事後処理はこれからだ。

 王妃になれば、害意や下心で近付く人間も更に増えるだろう。

 だけど一生ついて行きます!

 お嬢様が心から笑える瞬間を守ります!


 ・・・それにしても、短い王太子妃期間でしたね。お嬢様。 

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