軟禁生活
誤字脱字報告ありがとうございました。
王太子が、神へ偽り王の資格を失した国王の身分剥奪を宣言し、自らが次の国王として即位すると発表した。
王太子妃であるお嬢様も当然のことながら多忙を極める。
それなのに、お嬢様は謁見の間がゴタゴタしている内にベルドに命令して私を部屋に引き上げさせ軟禁させた。
私自身も、扇子の影で小声ではあるが、しっかりはっきり命令を受けた。
「いいこと、ミュゲ。私の命令をよく聞きなさい。これから私がベルドに命じて迎えに行かせるまで、決して部屋から出ては駄目よ。ベルド以外の者と接触しても駄目。もしもミュゲを部屋から連れ出そうとしたり押し入ろうとする者がいるのなら、『それがたとえ誰であろうとも』、『私の名を騙られようとも』、全力で抵抗することを許可するわ。そうね、抵抗なんて大人しいものでなくても構わないわ。ベルド以外に接触してくる者は、あなたの持てる力の全てを使って攻撃して殲滅していいわよ」
お嬢様の命令は、私を守るためのもの。
多分、私を王太子から逃してくれるつもりなんだろうな。お嬢様が準備を終えるまで。
お嬢様を介さずに王太子─即位しちゃえば国王か─が、私を無理矢理召喚して尋問したり、何らかの加護を持っていると当たりをつけて、それを搾取しようとする目的で訪ねて来る可能性も考慮して、「相手が誰であろうとも」全力で抵抗、攻撃、殲滅して構わないと命じてくれた。
王太子のことが大好きでも、私を理不尽に扱おうとするなら排除して構わないと許可してくれる。
本当、お嬢様以外の主は考えられない。
お嬢様が私を大切にしてくれているのがよく分かる。
だけど、王太子だってお嬢様にとって特別で大好きな人間の筈だ。
大好きな王太子が大切な侍女に理不尽な振る舞いをしようとして、反撃され殺される。お嬢様をそんな目に遭わせて悲しませるのは、私が嫌だ。
あの王太子は、お嬢様が絡むと油断ならない男になる。
私に利用価値があると嗅ぎつけて、私が逆らい難いように、お嬢様の父親の伯爵を巻き込んだりしたら、訪問者はモンブラン伯爵の可能性だってある。
それでも、お嬢様は排除して構わないと言ってくれているのだ。
ベルドは軟禁中の私の食事の用意やお嬢様への報告のため、ちょくちょく部屋を出る。
その間に私は闇の聖霊に話しかけた。
「国王がこんなに早く交代なんて予想外だ」
『王太子の逆鱗に体当たりしたようなものだからな。お前の主も積もり積もって腹に据えかねたようだしな』
「加護の独占と搾取を目的とした蹂躙か。それは私も常々腹に据えかねていた」
『それだけじゃないぞ。気に入っている第二王子は虐げられ蔑ろにされ、溺愛する第一王子を自由にさせすぎて親友候補の友人が冤罪で殺されるのを黙認され、その第一王子は処刑もされずに王族としての幽閉で済まされ、大切なお前にだっていつ汚い手を伸ばしてくるか分からず警戒を怠れない。色々溜まって潮時だったんじゃないか』
まとめを聞くと碌でもない国王だったんだな。
王太子に身分を剥奪された元国王に使った各種精霊の力は今もそのままだ。
あの後すぐに軟禁生活に入ったから解く暇も無かったし。
元国王は、王妃─これも元が付くか─が「療養」している離宮に運ばれたそうだ。
ベルドがお嬢様から聞いた─お嬢様は王太子から聞いた─話では、元王妃が療養と言って離宮に引っ込み姿を現さなくなったのは、元国王の采配だ。
表向きは病の療養、実際は夫婦喧嘩の果てに元国王が元王妃に毒を盛り離宮に監禁。感染症だからと家族にも面会させず、老いた下男一人だけを付けて身の回りの世話全てをやらせていた。
曲がりなりにも貴族令嬢として育ち国王の正妃となっていた女性の世話を、夫でもない男にやらせる。それも身分の低い男。生まれと立場で受けて来た教育によって、それは殴る蹴るよりも苦痛を浴びる暴力に等しかっただろう。
身分の上下がひっくり返ることが起きやすい国だからと言って、それに耐えられる精神を持っているかは別だ。
体の自由を奪い衰弱する毒を盛られ、自害もできずに何年も屈辱に耐え続けた元王妃は、それはそれは元国王を恨んでいるそうだ。
たまに「見舞い」と称して毒を追加しに行っていた元国王は、もう元王妃に毒を盛ることはできない。
毒が抜けた元王妃は、運ばれてきた元国王をどのように扱うのか。
王太子、恐ろしい奴。
「お嬢様の夫が国王になるなら、『ご乱心事件』を繰り返させない対策のために偽りの夢を新たな国王に見せる必要はなくなるな。子孫の代で無用の血が流されない方法も、お嬢様が納得行くまで話を詰めればいい。あの男ならお嬢様の希望を全身全霊で叶えるだろう」
『お前の主は夫に自分の加護を知らせるのか』
「多分」
『ついでにお前の加護も知られたらどうする』
「お嬢様が悪いようにはしないと思う」
『お前が主を信頼するのは自由だが、俺は俺の愛し子を蹂躙する人間を消すぞ』
闇の聖霊の声が消えない傷を孕む。聖霊の情は深い。過去の彼の愛し子たちが辿った末路を思えば、私が彼を止めることはできない。
「うん。それはお前の自由だ」
『国王になれば禁書を閲覧できる。聖霊の実在を知る。お前の主からお前が聖霊の加護持ちだと聞いて、何を企むか想像してみろ』
「まあ・・・私にとって嬉しいことではないだろうな」
力を使える眷属の精霊を洗い浚い吐けと、自白剤でも使われるかもしれない。効かないけど。
「でも、ベルドが黙ってないと思う」
『あー・・・。良くて挽肉か?』
良くて、なんだ。闇の聖霊から見てもベルドはそういう評価なんだ。
「あ、そうだ。グレナード王族の血の誓いみたいなのって、本当に効力があるのか?」
遠い目になりかけて、疑問に思っていたことを訊いてみた。
『あるぞ。他国育ちのお前なら、この国が父神に不自然に護られているのを感じただろう?』
「うん。信心深いわけでも高潔なわけでも血統が純粋なわけでもないのに、言葉は悪いが、神に依怙贔屓されているように感じた」
そして、それを元国王は自覚して利用していた気がする。
『聖霊の加護持ちは生まれず、精霊の力の恩恵も殆ど受けられない国だからな。他国が侵略する気になれば簡単に滅びる。だから父神は護っている』
「この国が聖霊の加護を失ったのは、過去のグレナード王国民の所業のせいだと言っていただろう。歴史上、侵略で滅亡した国などいくらもあるのに、何故自業自得のように加護を失ったグレナード王国だけが特別護られるんだ?」
『事情があるんだよ。そこは人間には言えないんだ。愛し子でも』
それらしい話で誤魔化すこともできるのに、人間には言えない話が裏にあると教えてくれる。
どうせ聞いても誓約で他言できない私に言えないのは、人間に知られるのはマズイというだけじゃなく、聞いたら私が苦悩するような内容なんだろう。
「それで、父神に偽りを誓ったグレナード王族はどんな神罰を受けるんだ?」
それ以上は訊かず質問を変える。
『グレナード王国という国を存続させるため、父神は他国がグレナードを侵略する意思を消し、グレナードの王家が消えないように、【王族の血は絶えない】という守護を与えた。具体的に言えば、王族の男はいくつになっても死ぬまで子を為せるように生まれつく。病もうが大怪我をしようがだ。何が起きても子種が着床すれば絶対に王の血を引く子が生まれる。過去には懐妊に気付かれず埋葬された側妃の腹から半年後に、という例もある』
父神の守護はホラー要素が強いな。神の奇跡なのに。
王家にとっては守護なのかもしれないが、知らずに嫁いだ女性からしたら嬉しいと喜べるものなんだろうか。
お嬢様は知ってるのかな。
『そんな特別製の血だからな。その血を以て父神に真実と誓った内容に偽りがあれば神罰が下る。父神は少しばかり騙されることに敏感になっているんだ。腐心して守護している依怙贔屓対象から嘘をつかれたら、いかにお人好しでも激怒するぞ』
えーと、国自体は侵略されないように父神が他国の人間の意思を操作してるということかな。
そして、「グレナード王国」という名前の国を存続させるために、グレナード王家は護られている。貴族の爵位がひっくり返るだけじゃなく、平民と貴族が入れ替わる事態もしばしば起きるような不安定な国で、王家だけは同じ家で維持されているのは、父神の守護があるからだということか。
それを自覚していたら、グレナード王家に生まれた自分はとても特別な選ばれた人間だと思い込むかもしれないな。
聖霊や精霊の加護を授かる人間はいても、父神の守護を受けるなんて話は聞いたことがない。
『神罰を受けたグレナードの王族は、死ぬことも生きることも叶わぬ【狭間のモノ】に魂の格を落とされる。生まれ変わることも叶わなくなる。時の流れの中で朽ちて消滅するまで、世界で最も弱く下賤な存在としてさまようことになる。そこに一切の救いは無い』
嘘一つで凄まじく重い罰が来るな。神の守護の代償って大きいんだな。
「その神罰って、受けた奴は誰かいるのか?」
『いるぞ。禁書に残っている。だから怯えていたんじゃないか』
傲慢を絵に描いたような元国王が豹変しての怯えっぷりを思い出し、納得。
どうせ昔話だと一か八か誓ってみる度胸は、アレには無さそうだ。
王太子は禁書まではまだ見ていなかっただろうに、あの場で父神への誓いを元国王を追い詰める手段に選んだ。その慧眼と判断力は、元国王よりずっと「王」らしい。
王太子の原動力は、お嬢様だけなんだけどね。
お嬢様を理由にしなければ何もしないぞ、あの男は。
『お前の伴侶が呼びに来たな。王太子がお前を好き勝手に扱おうとしたら俺が潰すぞ』
物騒だけれど頼もしい宣言をして闇の聖霊が沈黙すると、ベルドが部屋の中に現れた。
こいつ、ドアを使った移動はしないんだろうか。