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道化の末路

「勘違いするな、リュシアン。お前が王太子の権力を行使できるのは国王たる余の支持あってこそ。この国で余の意向に逆らえる者などおらぬのだ」


 お嬢様を庇った王太子に国王が玉座の上から、やっぱりほくそ笑んで言い放つ。

 大物ぶるためにゆっくり低い声で話すのは、溺愛していた第一王子と同じだ。

 国王は気づいているんだろうか。この独裁者宣言で、益々臣下の心が離れて行っているのを。


「国王たる余の手の者には戦う力を持つ精霊の加護持ちも多い。力は権力に集うものなのだ。お前の手勢はどうだ。せいぜい王太子妃の従者に闇の精霊の加護持ちが一人ばかりいるだけではないか」


 グレナード王国民の弱っちい加護なんか、それを上回る身体能力で物理攻撃したら勝てると思うな。ベルドが。

 それに、お嬢様の許可待ちだけど私は闇の聖霊の愛し子だ。このチンケな国王にバレてなくて本当に良かった。お嬢様、ありがとうございます。


「余に逆らうのは止めておけ。所詮、第一王子の出来の悪いスペアに過ぎんお前と、余は器が違うのだ」


 うん。違うと思うな。素でお嬢様の信頼を勝ち取ってる王太子の方が百億倍器が大きい。

 背後のお嬢様から漂って来る怒りのオーラと扇子がミシミシ言う音が怖いです。

 王太子を馬鹿にされるの、昔から嫌いですもんね。お嬢様。


「王太子妃シェリーは、その身分を剥奪。国王への印象を悪しき方へと操作し、国王と王太子の間に軋轢を生み、国家を私利私欲のため意のままにしようとした大罪で処刑が妥当である。だが、王太子の心情を汲み、国王の慈悲を与え、生涯幽閉で許してやろう。国家簒奪を謀った大罪人に比べれば、恋しさのあまり媚薬魔法を使ったことなど罪とも呼べぬ。お前はケルヒン王国の王女を正妃として迎え、高貴な血筋の後継を早急に作るのだ」


 王太子が、取り敢えず国王に全部喋らせようと爪を手のひらに食い込ませて耐えてるから、お嬢様もその意図を汲んで扇子をミシミシさせながら黙っている。

 己の権力に陶然とし、世迷い言を低い声でゆっくり吐き散らかしている国王には、謁見の間を染め上げていく国王への怒りと侮蔑の感情が見えていないのだろう。

 大臣たち高位の貴族らだけでなく、護衛として立ち並ぶ騎士たちの顔も、国王への嫌悪で歪んでいる。

 そんな中で一人、悦に入って喋り続ける国王は道化にしか見えない。

 茶番劇の主役は、どうやら王太子ではなく国王だったようだ。


「さて近衛、道理の分かっておらぬ王太子を反省するまで部屋に閉じ込めておけ。魔女シェリー・モンブランは捕らえて地下牢にでも入れておけ」


「言いたいことは言い終えましたか」


 大物ぶるために気怠げに手を振って近衛騎士に命令を下した国王に、私でも寒気がするほど冷たい声がかけられた。

 王太子・覚醒バージョンだ。

 色違いベルド並みの禍々しさがある。

 ちなみに、近衛騎士は誰も国王の命令で動き出していない。


「あなたに権力があるのは単純に、あなたが現在国王という地位にいるからです。国王だから命令を出せる、国王の命令だから聞く。ただそれだけ。それは理解できますか?」


「・・・なんだと」


 王太子の纏う空気のあまりの禍々しさと冷淡な声音に、国王は即座に反応できず、間が空いた。


「あなた個人に忠誠を誓い、命懸けであなたを護る人間が、この場に存在すると思いますか? 国王の手の者も、別にあなた個人の手の者ではないのですよ」


 普段は大人しそうな両眼を、王太子は形だけ笑むように細める。その目の光は斬撃でも飛ばせそうな鋭さだが。

 王太子の視界に入っていない大臣や騎士らも恐れを抱き顔色を青くしている。

 国王も、ようやく命じた近衛騎士が誰一人命令を遂行するために動いていないことに気づいた。

 それを待っていたように、王太子の言葉は続けられる。


「理解できましたか? あなたは国王として認められなければ何の力も無い、誰も従わない、価値の無い人間なのです」


「余は───っ」


「そして、成人した既婚の王太子である私がいるのですから、国王はいつでも私に交代できるのですよ」


 激高し叫ぼうとした国王の言葉を遮ったのは、静かに落ち着いているのにヒヤリと心臓を撫でられるような王太子の声で告げられる事実。


「国王という役職は、あなたには重いようです。私、王太子リュシアンが代わって差し上げます」


 王太子の唇が、やはり形だけ笑むように、きゅうっと両端を吊り上げられた。

 ほくそ笑む国王よりも、余程王者らしい表情だ。


 この人、お嬢様が絡むと化けるよなぁ・・・。


 大臣や騎士らも、王太子のこの普段は眠りっぱなしの、奥底にある本性を初めて見たようで吃驚している。

 当然、関係の希薄だった国王も知らなかったんだろうな。

 この王太子は、お嬢様さえ与えておけば大人しくヘタレているけど、唯一の執着する対象を取り上げようとしたら、何をするか予想もつかない危険人物だ。

 子供の頃にも一度ソレを見たことがある私は、成長して権力まで手に入れた王太子が何処まで暴走するか考えも及ばない。


 馬鹿だなぁ、国王。

 絶対楽に死なせてもらえないぞ。


「あなたが何を企み、王太子である私に何を要求したのか、私は聖なる父神に誓って真実を述べることができます。あなたはグレナード王国王族の血を以て、父神に、先程まで述べていた事柄の全てを真実であると誓えますか?」


 グレナードの王族の血の誓いとは、聖霊への宣誓みたいな強制力でもあるんだろうか。

 皆の視線が集まる先で、国王は顔面を蒼白よりも色を無くした死人のように変え、王太子は実に愉しげに笑顔を作った。


「グレナード王国は父神によって存続を護られた国。王太子教育で学びました。王族は決して父神に唾を吐くような真似をしてはならない。行い正しく国民を導き、父神に偽りを申してはならない。聖なる父神を騙すことは、天に唾吐き悠久の大恩を踏み躙る行い。父神に護られし王族の血を以て誓いし真実が真実ならざるならば、その者、永劫の神罰をその身と魂に受けん。合っていますよね?」


 厳かな口調で諳んじた後に、妙に明るい口調で言葉だけ国王に確認する王太子。

 返事は求めていないものだ。


「さあ、国王としての矜持があるのなら聖なる父神に誓ってください。今、この場で。できるでしょう? あなたは、まだ国王陛下なのですから」


 瞳が隠れるほど細く笑みの形に目を細め、王太子は吊り上げた唇から寒々しい明るい声を出す。

 国王の顔色の無さと恐怖から来る挙動不審さを見るに、グレナード王族が父神に嘘を誓えばかなりキツい神罰を受けるのは本当、もしくは本当だと王族は信じているんだろう。

 他の国の王族にも、そういうのがあるのだろうか。

 それとも、神に依怙贔屓されてるっぽいグレナード王国の王家だから、そういう代償があるのか。

 何れにしても、国王はガタガタと震え出し、王太子の求める誓いなどは、する気配もない。


「お嬢様、許可をいただけますか」


 周囲の耳目が国王と王太子に集中しているのを確認して、極々小声でお嬢様に強請る。


「ミュゲが目立つようなことは駄目よ?」


「心得ております」


 許可はいただけた。

 国王の求心力は既に無に帰している。

 王命によりお嬢様に危害を加えられる事態は、王太子が確実に止められるだろう。

 お嬢様を失わないためなら、この王太子は支配者のカリスマ性を必要以上に発揮できる。

 だったら私は王太子の権力による攻撃を邪魔せずに、怖い台詞に乗っかって攻撃の効果を倍々に増してやろう。


 私は、夢の精霊の力を使って国王に『白昼夢』を与えた。

 国王は目が覚めていても、現在夢の中だ。

 夢の内容は、『本人の想像する恐怖』。国王本人が想像する、または記憶にある恐怖を夢の中で体験する。


 人間に加護を与えることのない精霊にも力を借りる。


 闇の聖霊の眷属、恐怖の精霊。それから狂気の精霊。

 恐怖の精霊には国王の想像する恐怖をパワーアップしてもらう。貧困な想像力じゃあ退屈かもしれないし。

 しっかりがっつりサービスさせてもらいましょう。


 私のお嬢様を馬鹿にしくさった報いは受けてもらわないと。


 狂気の精霊の力を使って、国王が気を狂わせないようにした。

 せっかくのサービスなんだから、長く長く、いつまでも堪能してもらわねば。

 ずーっと正気のまま、終わらない激しい恐怖をリアルに体験していればいい。


 あぁ、忘れるところだった。

 闇の聖霊の眷属、死の精霊にも働いてもらおう。

 尽きぬ終わらぬ恐怖に絶望しても、死んで楽になどなれないように。


「ひぃぎゃああああああああああああああああっ────ゆっ、ゆるっ、許してっ──あっ、あっ、ひっ───ぐあうああああああああああああっっ!!!!!」


 ガタガタと震えていたかと思ったら、小さく体を丸めて玉座から転がり落ちた国王を、臣下たちは呆気に取られて見つめる。

 絶叫しながら丸めた体で転げ回る国王には、先刻まで見せつけていた傲岸さも無ければ威厳を装うこともできていない。

 転がる父親を冷徹な目で見下ろしていた王太子が、問いたげな視線をお嬢様に寄越す。

 にっこり満足気な微笑を送り返したお嬢様に、王太子は瞳に温度を戻した。

 そして宣言する。


「この男は父神に偽り国王の資格を失った。王太子リュシアンの名に於いて国王の身分を剥奪し、新たな国王として私が即位する」


 若く朗々たる声は王者の風格があり、謁見の間に集まった大臣らは揃って膝を折り最敬礼を取った。

 お嬢様も王太子に向かい、国王への礼を取る。お嬢様の臣下である私とベルドも、それに倣った。


「リュシアン国王陛下万歳!!」


 ほんの数分前まで国王だった男の絶叫など聞こえないかのように、大臣も騎士たちも、今まで注目していなかったけど支配者っぽいカリスマ性のある新しい国王を歓迎し声をあげた。


 個人的には、お嬢様の夫じゃなければ国でトップの権力なんか与えたくない人間なんだけどな。

 正にナントカに刃物という気がして。

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