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同志は頑張った

 謁見の間では現在グレナード王国で高い地位を得ている人間が勢揃いしていた。

 役者が揃ったことを満足気な顔で玉座から見下ろす国王、沈黙は守っているが不安や心配から表情の曇る大臣たち、職務のために直立不動で等間隔に並ぶ護衛の騎士たちの視線が、入場したお嬢様へと向けられる。

 ショーの主役、王太子は何処かとこちらも視線を巡らせれば、玉座の下でポツンと佇み青褪めた顔で悄然としている。

 お嬢様の歩に従いその近くに寄るに連れ、私は内心で目を見開いた。


 随分と窶れたな・・・。


 私がベルドによって部屋から出られなかったのは、せいぜい丸一日というところの筈。

 その一日で、王太子はげっそりと萎れていた。

 地味ではあるが整っている顔は頬が削げただけではなく生気と表情も抜け落ち、普段は大人しそうで舐められる原因となる瞳に宿る理知的な光も今は消えて暗く澱んでいる。

 同情を買うためのポーズではないだろう。

 国王の方は、王太子に同情を集めるためにわざと憔悴した姿を取り繕わずにこの場に出したのだろうが。


「シェリー・モンブラン、召喚により参上いたしましたわ。国王陛下」


 王太子の想像以上の憔悴ぶりと国王の意図に気づいたお嬢様は、扉を通り抜ける前の揺れる心情を怒りに統一したらしい。

 まずは軽いジャブ。

 国王へ優雅なカーテシーを決め挨拶を放った。

 国王は大物感を出したいのか、怪訝そうな声色で殊更ゆっくりと喋る。


「王太子妃よ、そう拗ねるな。婚姻前の名を名乗るなど大人気ないと思わぬか」


 これは観衆に向けた印象操作用の台詞だろう。

 王太子妃は大人気なく公の場で拗ねるような人間だと印象づけ、これから王太子が言う、王太子妃に虐げられて来たという台詞に信憑性を持たせる布石。

 だけど、罠にかけたのは、ほくそ笑む国王の側じゃない。

 お嬢様は王太子を信じて賭けることを決意されたのだ。


「あら、この場は先日陛下から申し渡されたお話を正式に通達される場だとばかり・・・」


 お嬢様が暈した語尾を、観衆は勝手に想像して補う。

 この場に集められた国王以外の者たちは、事前に国王がお嬢様へ王太子との婚姻を解消するよう申し渡していたのだと考えた。

 お嬢様は婚姻前の名を名乗り、敢えて「召喚」という言葉を使った。「召喚」は裁判などの被告人が呼び出される時によく使われる印象の言い回しだ。

 観衆にはお嬢様が、この場に「捨てられる王太子妃」という見世物になるために呼び出されたと思っているのに逃げ隠れせず誇り高く堂々と振る舞っている高潔な王太子妃に見えるだろう。

 実際お嬢様は高潔な王太子妃であるが、ここを自分が敗者となる場だとは思っていない。

 旧姓は別に偽名じゃないから真実の精霊の加護があっても名乗れるし、召喚は被告人だけではなく証人を呼び出す際にも使われる。


 国王がお嬢様に付けようとした印象、「公私の区別ができない感情的で子供っぽい人間」は、お嬢様の思惑通り「健気で高潔な王太子妃」で登場シーンを終えた。


 第一印象を勝ち取れば、これを覆すのは簡単ではない。


 ざわめく大臣たちに国王は苛立たしげに次の策を巡らせているようだ。

 そして悄然と佇むばかりだった王太子がお嬢様の言葉に衝撃という表情を取り戻しているのを目に留め、ほくそ笑む。

 それもお嬢様の罠だというのに。


「王太子よ、お前もこうして『また』王太子妃を怒らせたことを反省しているのであろう? 今まで怒りを恐れ言えぬままであったことも、この機会に謝罪とともに伝えてしまうがいい。夫婦の溝というものは、隠し事とともに深くなるものだ」


 勝利を確信したお嬢様を貶める台詞。

 お嬢様がいつも王太子に怒りを向け王太子はお嬢様に怯えているという印象操作。それを決定づけるために打ち合わせた台本の台詞を言えという王太子への圧力。


 だが、勝つのはお嬢様だ。


「それを陛下が仰いますか。私が王太子殿下にしている唯一の隠し事は、王命によってですのに」


 ざわめきがボリュームを増す。

 真実しか口にできないお嬢様が王太子にしている隠し事は、お嬢様の加護のことだけだ。

 他の言いたくないことは隠さずに誤魔化しているだけである。

 夫婦の溝は隠し事で深くなると言った国王が、王命でお嬢様に夫婦間での隠し事を強いている。息子夫婦の溝を作っているのは父親だ。観衆の思考はそちらへ誘導された。

 そして「王命」というパワーワードに、国王が印象づけたい「王太子がいつも怒りっぽいお嬢様にビクビクしてる」は飛ばされた。


「王太子よ」


 思うように劇が進まず攻撃手を一先ず王太子に交代しようと、圧のある声音で足下の王太子に呼びかける国王。

 だが王太子は悲痛な面持ちで何度も口を開いては閉じ、握りしめた拳を震わせ、やがて大きく頭を振って叫んだ。


「無理です! 私には陛下が用意したシェリーを貶める台詞など言えません!」


 やったな! 王太子! 男を見せた!

 それでこそお嬢様を最愛とする同志!


 王太子の叫びに観衆のざわめきの色が変わる。

 誰もはっきりと口にはしないものの、国王への不信へと。


 王太子はここ最近色ボケて大っぴらに不貞行為に耽っていたが、それは「媚薬魔法という魔法のせいで王太子は被害者」だと既に城内では公表されている。

 他国では有り得ないが、この国では「魔法でやられた」「だったら仕方ないね」が王侯貴族でも通じるらしい。

 それ以前の王太子のお嬢様への溺愛ぶりと執着ぶりは、それはもう目に余るほどに城内の隅々まで印象づけられている。

 国王がいくら「王太子妃側に問題があり王太子は妃と仲が良くなく孤独を感じ苦悩していた」と事実を捻じ曲げたくても、隠す気もないお嬢様への好き好き光線と過干渉と束縛の印象が強すぎて誰も信じないだろう。


 観衆は強く印象に残っている王太子のお嬢様好きっぷりと今の台詞で、この場が設けられた理由を自分が思いたいように想像する。


 王太子はお嬢様のことが今でも好きで好きでたまらない。

 お嬢様は国王から王太子との婚姻の解消または王太子妃の身分返上を求められていたが毅然と「召喚」された。

 国王は陰でお嬢様に王命を振りかざして夫への隠し事を強要し、王太子には公の場で最愛の妻を貶める台詞を言うよう強要した。

 国王が用意した台詞を王太子に公の場で言わせるなら、それが親子間の話で済む訳がない。

 公の場で王命により王太子が口にした発言は、現在この国で最も権力を発動する。


 ───国王は国家権力まで使って王太子妃を貶めようとした。


 観衆の思い込みは、真実でもあるので突ける穴も無い。

 事実、国王は最高権力者としてお嬢様を貶めようとしたのだ。

 お嬢様の能力を独占し搾取し続けるために。


「リュシアン様、それはどういうことですの?」


 国王が再度場を操作しようと口を開く前に、お嬢様は「王太子殿下」ではなく「リュシアン様」と呼びかけた。


 効果は抜群だった。


 瞳に生気を取り戻し潤ませた王太子は素早くお嬢様の前に跪き、どさくさに紛れてお嬢様の両手をギュッと握りしめると、誰も割り込めない勢いで話し始めた。

 お嬢様にもう一度名前を呼んでもらい、ここで捨てられないよう必死だ。


「陛下に第二王子の私はシェリーから見下され虐げられて来たと言えと言われた! 婚約者時代から心を通わせたことがなく孤独だったと! そんなことは有り得ないのに! 第二王子の私を見下し心を通わせたことが無いのは王家の人間の方だ! 『第一王子の出来の悪いスペア』と、幼い時分から陛下にも王妃殿下にも第一王子にも言われていた。実の母親は側妃ゆえに後宮から出ることは叶わず、男子の私はお会いした記憶も無い。子供の頃から私の孤独を救い続け、私が希望を持って生きられるよう手を取り導いてくれたのはシェリーだ!」


 お嬢様は王太子の手を振り払うことなく、じっと真実を見極めている。

 必死な王太子と慈愛の表情でそれを見つめるお嬢様に、観衆から感動の溜め息が漏れる。

 国王に言葉を遮る隙を与えず王太子は捲し立てる。


「ケルヒン王国第一王女の尋問の結果が報告され、私が媚薬魔法にかかったけれどシェリーとの離婚を求められても応じなかったと供述があったから、そこを私の誠実さとして強調し、シェリーの態度や人格に問題があったせいで私が媚薬魔法にかかった、王族に弱者の印象を持たせぬようシェリーに泥をかぶってもらえ、と陛下に命じられた。王家の威信のためだ、国家のためだ、公の場で貶めても私が後でこっそり慰めればいい、人気が凋落して傷つけられたシェリーは楽に独占できるようになるぞ。そう唆された。私はいつでもシェリーを独占したい! でも、そんなやり方は嫌だ‼」


 速記で渡された台本以上に卑劣な提案が国王から王太子になされていたことが知れ、お嬢様の整った眉が僅かに顰められた。

 王太子の進撃は続く。攻撃対象は国王の望みとは真逆であるが。


「同情を買い、誠意を印象づけ、シェリーの人気をそのまま私のものとして奪い取るのが今日この場の目的であり私の役目だと言われた。第一王子のような有能さもカリスマ性も無い私が王位を継ぐならば、妃くらい利用できなくてどうすると叱責された。王命に従い私は用意されたこの場に出て来た。けれど、もう嫌だ! 私を信じてくれていたシェリーを魔法などに負けて傷つけてしまったのに、その上シェリーを利用してシェリーが努力で築き上げたものを奪い取り、私の口から貶める台詞を吐いて名誉と心を傷つけるなんてできるか‼ 最愛の妻を貶めなければ身分を維持できない男に王の器があるものか! シェリーを傷つけなければ手に入らない王位など私は望まない‼」


 ざわめきがシンと静まり返った。

 王太子は第一王子の失脚により、現在唯一のグレナード王国の王位継承者だ。

 その王太子が、公の場で、国王の前で、王命に従うことを拒絶して王位を望まないと口にした。


 静まり返った謁見の間で、出番とばかりに国王がヤレヤレみたいな溜め息を吐いた。


「王太子よ、お前が妻をどれほど大切に思っているかこれで皆も王太子妃当人も理解したであろう。公の場で父親と言えど国王を悪者に仕立て上げ、王位など望まぬと口にする。その覚悟は天晴だが、夫婦喧嘩の収め方としてはやり過ぎだぞ」


 王位継承者がいなくなるかもしれない緊張感で満たされていた静寂が、困惑と安堵の入り混じった囁きに破られる。

 誰の言っていることを信じるべきなのか判断できないのだ。

 これまでの話の流れで、国王への不信感は無かったことにはできない。

 王太子の態度や声に嘘は見て取れないが、王位継承権を放棄されるのは困る。

 取り敢えず、この場の問題が収束するなら国王の誘導に乗るのが早いし楽だ。

 そんな空気に、さっきからよくほくそ笑む国王が玉座で唇を得意気に歪めた時、お嬢様が静かに王太子へ語りかけた。


「リュシアン様はご存知なかったのですね・・・。王太子の経歴に瑕疵を付けたくなければケルヒン王国の王女殿下を正妃として迎えるしかない、私は一度離縁し側妃として密かに後宮へ入るように、幸いまだ懐妊もしていないのだから次の王太子は王族であるケルヒン王国の王女殿下に産ませる、私は身分を弁え今まで通り能力だけを王家に捧げよ。私はそのように陛下に申し渡されておりました」


 国王の誘導に乗ろうとしていた地位ある者たちの空気が凍りつく。


 血を尊ぶ意味ではなく、権力を振り翳すだけの身勝手な王族至上主義が、一部の王族の熱烈な支持者以外の貴族に受け入れ難いのは、万国共通だ。


 7歳から婚約者として支え合った相思相愛の夫婦を「王族のため」に引き裂き、一度入れば二度と生きては出られないと言われる後宮に「王族を正妃とする」から側妃として閉じ込め自由を奪い、「王族の正妃に跡継ぎを産ませる」から、「身分を弁え」寵愛を求めずに能力だけを生涯捧げろという要求。

 お嬢様が伯爵家出身の王太子妃であることは周知の事実。

 王族の不始末の尻ぬぐいを、身分が下だからと理不尽に貴族家出身の令嬢に全て押し付け、支えられて来た恩に報いる気など微塵も無い。


 貴族の使い潰し。

 王族以外を人とも思っていない。


 その考え方が透けて見える言動を、公の場で「国王の言葉」として、貴族人気も国民人気も高い王太子妃が公表した。

 現在、地を這っていたグレナード王室の人気が復活したのは、新たな王太子妃となったお嬢様の人気が元々高かったからだ。

 婚約者の公爵令嬢の願いを叶えるために王族の権力を濫用して無実の女性を処刑した第一王子、それを諌めるでもなく溺愛していた国王、何年も離宮での療養を理由に公務も行わず姿も見せない王妃。

 平民の心は、とっくに王家から離れ、貴族にしても心からの忠誠心で王家に仕える者がどれだけいたものか。


 そこに現れた救世主とも言えるお嬢様を、王族ではなく貴族家出身だからと蔑ろにする。

 これだけ王家に利益をもたらしたお嬢様が、王族ではなく貴族家出身というだけの理由で、地位を剥奪され後宮で自由を奪われ「身分を弁えて」能力だけを差し出せと言われる。


 王命に従い忠義を以て功績を上げても、与えられるのは蔑みと懲罰のような扱い。


 ──明日は我が身。


 現国王の下で地位を得ている貴族たちだからこそ、この場に集められた彼らは胸に抱いた。

 この国では貴族の身分が簡単にひっくり返る。

 血筋や伝統で守られる他国の貴族たちより王家への思い入れは少なく、今の身分を奪われる可能性に敏感だ。

 王族至上主義の王族は、他国でも、はっきり言って多い。

 だが、それを貴族らに知られた王族は、権力を奪われ地位を追われるのが常だ。

 国王や王族だけで国を統治するなら、強力な聖霊の加護を使って恐怖政治を敷くくらいしか術は無い。

 小国と言えど、この大陸にある国々は、ただの人間の国王だけで統制できるほど国土も小さくないし国民も少なくない。


 一気に事を済まそうと、大臣全員を集めておいたのが仇になったな。


 国王は、要職にある貴族の全てから、「仕える価値なし」の疑惑を持たれた。

 有能さと尽力の見返りが懲罰なのに喜んで仕える変態は、この場にはいないようだ。


「皆の者、目を覚ませ。第一王子も魔女に誑かされ操られた。我々は第二王子まで失う訳にはいかない。近衛! この魔女を捕らえよ!」


 立場が危うくなる気配を察知し、挽回を目論んで声を上げる国王。


 お嬢様の前に出て臨戦態勢を取る私。


 突如姿を現しお嬢様を護る位置で構えるベルド。


 王命に動き出すものの、私とベルドの気迫に縫い付けられたように足を止める近衛騎士。


 緊迫した空気の中、お嬢様に告げられた国王の要求に衝撃で固まっていた王太子が、ブチ切れた。


「シェリーに指一本触れることは許さん! 爪の先でも触れた者は、私が王太子の権限で首を落とす」


 あ、覚醒しちゃった。


 お嬢様の命令一つで闇の聖霊の加護をどれでも使えるし、ベルドが近衛騎士ごときに負ける筈もないし、何なら国ごと滅ぼしてもいいから、見た目ほど私に緊迫感は無かったんだけど。

 横目で窺った王太子の静かな瞳のゾッとする冷酷さに、ちょっと背筋が冷えた。


 この人、不遇の第二王子で立場が弱かったから、敵を作らないために温和で大人しく見えるように振る舞っていたけど、本っ当に、お嬢様以外好きじゃないんだよね。

 お嬢様だけが好きで、お嬢様の敵は自分の敵で、それ以外は心底どうでもいい存在。

 ある意味、王位に継いたらマズイ人間だ。国民に慈愛の心なんか向けられないタイプだから。

 お嬢様に害が及ばなければ、他人には無害なヘタレなんだけど。


 これは、私やベルドが始末しなくても、国王終わったな。


 お嬢様を本気で敵に回すと、ヤバいのも色々起こしちゃうんだよ。

 闇の聖霊の愛し子とか、キド族とか、───誰より王族らしい残虐性を奥底に眠らせている王子様とか。

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