ロイヤル父子の悪足掻き
王太子の公開土下座ショーは午後三時から謁見の間で国王並びに大臣、護衛の騎士ら立ち会いのもと開催される。
もちろん実際は「公開土下座ショー」なんてフザけた名称で招集した訳ではない。
国王が宰相に「こう言って大臣どもを集めろ」と言った内容は、「王太子が王太子妃に誠意を見せたいと申し出て来たから、結婚生活の先達である我々が若い二人を見守り立ち会おう」というチャンチャラおかしいものだ。
それがお嬢様の耳に入ると思っていなかったようだが、お嬢様の父親であるモンブラン伯爵は外務大臣だから、招集に際して宰相が愚痴混じりにしていた裏話もお嬢様までしっかり伝達されている。
公開土下座ショーの開催が午後三時に指定されたのは、ケルヒンの王女の尋問が済んでから、自白内容を基に国王と王太子で打ち合わせをする時間が必要だったからだ。
他国では、神殿で加護の力を悪用した犯罪者の取り調べを行う場合、神官長が受けた神託で作成した尋問表に沿って神官たちが尋問を行い、それの真偽を真実の精霊の加護持ちが判断する。
この国では真実の精霊の加護持ちはお嬢様のみ。それも国王が能力を独占するために隠されている。
それならどうするか。
薬物の分野が驚くほど発達しているグレナード王国らしい、他国には真似できない方法を取る。
自白剤の使用だ。
帝国にも自白剤と呼ばれる薬物はあったが、酩酊状態にして少々口を軽くする程度の代物で、酒を飲ませるのと大差ないからと重犯罪者は拷問にかけられることが多かった。
帝国で取り調べに当たった者が「自白剤で吐かせた」と言ったら、それは薬物を用いた拷問で吐かせたという意味に取られる。
グレナード王国の自白剤は、材料も製法も知らないが恐ろしくよく効くらしい。
拷問などしなくともペラペラと自白して、その自白は国内では確かな証拠として法的に認められる。
ケルヒンの王女が毒の精霊の加護を失っていたのは運が良かったのかもしれない。
毒の精霊の加護があれば強力な自白剤も効かないだろうし、自白剤が効かなければ他国と同じく拷問で吐かせるらしいから。
ケルヒンの王女の尋問が終了したのが昼前。
神殿から提出された尋問の記録は、国王と王太子で目を通したようだ。
お嬢様には尋問の終了すら報告されていないが。
すっかりお嬢様側に付いた王族側に用意された王太子妃付きの面々が、二重スパイになって情報を運んで来るから、お嬢様の微笑みが神々しいまでに上品さを増して、非常に室温が低い。パッキパキに凍りそう。
侍女も女騎士も「男って馬鹿よね」と温い目をしながら、ロイヤル父子の悪足掻きを詳細に知らせてくれる。
ケルヒンの王女の自白によって、国王と王太子は動機も手段も未遂に終わった企みも共犯者も具に把握済みのようだ。
動機は、グレナード王国王太子の後妻になるため。
手段は媚薬魔法。接触でより強力にかかるが、大広間でもなければ同じ部屋にいればかけることができる。肉欲を抱かせる対象を指向可能。
どれだけ肉欲に堕としても王太子が王太子妃との離婚を決断しないから、王太子妃お気に入りの筆頭侍女を人質に王太子妃の側から身を引かせようとした。
王太子妃付き筆頭侍女に個人的な恨みを持つ貴族令嬢を取り込むために、筆頭侍女の夫に貴族令嬢に肉欲を抱かせる媚薬魔法を使ったが効果が不鮮明だった。
その貴族令嬢の要求で、筆頭侍女を強姦させるためにグレナード王国の騎士五名に媚薬魔法をかけた。強姦されれば口止めもできると思ったし、所詮平民出身の侍女など王族や貴族が何をしても構わないと思った。
と、まあ、こんな感じの自白だったそうだ。
報告書を持って来てもらわなくても情報って手に入るんだね。
お嬢様の人徳です。
王太子に媚薬魔法をかける行よりも、私を強姦させるとか平民出身だから何をしても構わないの辺りで笑顔のお嬢様のこめかみに青筋が浮き立っていたのが、嬉しくもあり王太子が哀れでもあった。
この自白を基に打ち合わせをして、どんな茶番劇の台本を書いてくるんだろうか。
謁見の間へ向かうために部屋を出なければならないギリギリの時間、速記の得意な女騎士が聞き取った国王と王太子の打ち合わせを記して持って来た。
それを一読したお嬢様は、
「この通りの台詞を王太子殿下が口にしたら、私は困ってしまうわね」
と言って私に手渡した。
それは、まるでお嬢様にこそ問題があったかのように誘導する台本だった。
国民人気も貴族人気も王太子より高く他国に多くの人脈を持つ王太子妃は、気が強く日常的に第二王子であった王太子を見下していたことが王太子には辛かった。
その孤独と苦悩の隙を突かれ媚薬魔法にかかってしまった。
媚薬魔法にかかり肉欲に抗うことはできなかったが、王太子妃に誠実でありたい心は曲げられることはなく、頑なに王太子妃との離婚は認めなかったために王太子妃付き筆頭侍女が王宮内で襲われるという悲劇が起きてしまった。
未熟な自分を恥じ、心が無くとも他の女性に触れて正妃を不快にさせたことを誠心誠意謝罪したい。
どうか許して欲しい。
これからも共に国のため手を取り合って生きて行こう。
正妃も懐妊すれば落ち着くだろう。
このまま仲違いしていては世継ぎの不安も出てしまう。
共に王族としての勤めを果たす決意を皆に示そうではないか。
王太子が正妃の手を握り抱きしめ観衆は拍手喝采。一件落着。
怒りを通り越して遠い目になる私。
聞き取った打ち合わせの速記だから、そのまんまコレが台本なわけではなかろうが。
お嬢様が「困ってしまう」のは、この誘導が罷り通ってお嬢様が酷い悪妻のように流布されることではないだろう。
こんなの本気で口にしたら、王太子は今度こそお嬢様に完全に捨てられる。
王太子は多分、強すぎる真実の精霊の加護を持つお嬢様が信じられる数少ない人間の一人だ。
王太子の好意を、お嬢様は本当に嬉しそうに受け入れていた。
それは、王太子の好意に偽りが微量も含まれていないからだ。
私と出会う前からお嬢様の婚約者だった王太子は、お嬢様の加護を知らないのに「素」でお嬢様の信用を勝ち取って来た稀有な人間だ。
お嬢様が困るのは、そこまで信じて来られた相手を、お嬢様だって好意を持ってきた相手を、「失望」という枠に入れてその他大勢と同じ位置まで遠ざける羽目になることだろう。
好きなら騙されたままでいいじゃない、などと酒場の歌手は歌うけれど、お嬢様は騙されることができないのだ。
他人の本心なんて見えるわけないじゃない、悪い方に考えなきゃいいだけよ、という大衆演劇のヒロインの台詞も流行したが、お嬢様にはそれが見えるのだ。
「休暇中なのだから一緒に見世物になることはないのよ?」
謁見の間の扉の前でお嬢様が落ち着いた声で言った。
命令で強制的に私を帰さないということは、お嬢様も私に側にいてほしいということ。
「休暇中なので特等席で茶番劇を楽しませてください」
「ありがとう、ミュゲ」
淡々と答えると小さく感謝を伝えられる。
お嬢様、王太子と訣別となるか否かで内心辛いんじゃないですか。私の名前を呼ぶ声が、少しだけ震えましたよ。
私は何があってもお嬢様の側にいます。お嬢様の味方です。
謁見の間の大きな扉が両側に開く。
さあ王太子、お嬢様を諦めたくないなら男を見せろ!