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開催の理由

 部屋を出してもらえるまでの間に、私はベルドと「本当の夫婦」になった。

 既に法的には夫婦だし、お嬢様にも闇の聖霊にもベルドは私の伴侶と認められている。私もベルドに対する想いを自覚したのだし、何の問題も無い。

 それは分かっている。

 分かっているけど釈然としないのは、自分の意思では微動だにしないこの体のせいだ。


 王太子の公開土下座ショーは午後から行われるということで、私はそれまでほぼ正気を保っている時間が無かったような気がする。

 ゲス騎士どもに襲われた? え? 誰のことですか? というくらいにベルド以外の感覚は思い出すことができない。

 休暇中とは言えお嬢様の前に出るのだからと、ベルドに着せてもらった侍女の制服でも隠れない場所にまで乱れ散った鬱血痕を気にする気力さえ無い。

 そう、制服も自力で着たんじゃない。

 指一本動かせない私に請われてベルドが着せたのだ。

 抵抗する気力も体力も根こそぎ奪われたから、部屋の外だと言うのにベルドに抱えられて運ばれている。

 そしてそのままお嬢様の待つ王太子妃の私室に到着。


「この時間までミュゲを部屋から出さないようにとは言ったけれど、やりすぎよ。ベルド」


 王太子妃の完璧な笑顔でお怒りモードのお嬢様に対するベルドは、大変良い笑顔で言い放った。


「啼かせましたが泣かせてはいません」


 お嬢様に私の閨事を連想させるような台詞を吐かないでくれ。

 大体、極限の快感で生理的な涙が溢れる度に、流れる前に全部お前が舐め取っただけだろうが。

 流すことが可能だったら私はボロボロ泣いていたと思うぞ。

 喉が痛くて言い訳が声にならないから恨みがましい視線をベルドに送ったら、ドロリと紅茶色の視線を蕩かして目蓋に口づけられた。

 お嬢様の前!


「ベルド・・・。ミュゲを置いて退室しなさい。命令です」


 物っ凄く抵抗しようとしていたが、ベルドもお嬢様への忠誠を聖霊に宣誓しているから命令には逆らえない。

 そもそも、本来なら王太子妃の私室に王太子以外の男性は護衛や従者であろうが既婚者だろうが入室は許されない。

 扉が開けっ放しとは言え私を抱えたまま堂々と入室し、他の護衛にも咎められなかったのだから、何か状況が変わったのだろう。

 ベルドがお嬢様が扇子で指し示した長椅子に私を下ろして渋々退室すると、薬効の有りそうなハーブティーを侍女が淹れて私の前に置いて女騎士たちと共に退室して行った。

 扉も完全に閉められる。室内にはお嬢様とふたりだけ。


「ミュゲ、自分でカップを持ってお茶を飲める?」


 お嬢様に心配をかけまいと背もたれから体を起こそうとしてグラリと傾いだ。


「無理しちゃ駄目よ」


 ふくよかな体に見合わぬ俊敏さで、お嬢様が私を支えてくれる。

 これは駄目だと体に力を入れるも、入れる力が今は無い。


「いいから、抵抗しないで私にお茶を飲まされなさい。命令よ」


 お嬢様、今日は命令を連発ですね。

 お嬢様の命令は、いつも私を守るためのものなのだと痛感する。

 お嬢様に支えられて温かなハーブティーを飲ませてもらうと、喉の違和感はスッと引いた。

 これはハーブティー?

 不思議に思った気配が伝わったのだろう。お嬢様が私を支えたまま教えてくれた。


「これは嗜好品のハーブティーと言うよりも薬草茶ね。粘膜の炎症を改善する水薬も数滴垂らしてあるわ」


 薬入りの薬草茶だとしても、効果の即効性に驚いた。

 そう言えば、帝国にいた頃に犯罪組織で聞いたことがある。遠くグレナード王国の薬は効き目が強すぎて帝国では禁輸品だと。

 グレナードという国名は、密輸の算段の中で聞くものだった。

 禁輸品の薬と言うから毒物に類するヤバいものばかりだと思い込んでいたが、炎症改善などの治療薬の効果も未体験の高さだ。


「こんなに効く薬は初めてです」


 声がするりと出た。


「我が国の薬は他国への持ち出しは禁じられているものね。ミュゲは怪我も病気もしたことが無かったから、この国の薬を飲んだのは初めてかしら」


「はい」


 通常、私への攻撃の類は闇の聖霊の守りで一切効かない。

 今回私が自前の体力を超えた分はダメージを受けまくっているのは、「伴侶との愛の交歓には関知しないでおいてやる」という闇の聖霊からの配慮のせいだ。

 まぁ、闇の聖霊の守りでダメージを受けずにいたら、ベルドの体力が尽きるまで休ませてもらえず続けられたかもしれないと考えれば、ありがたい配慮だった。

 体が無事でも快楽で気が狂わされる。


「この国は、癒やしの精霊の加護を持つ者が他国のように大勢現れないでしょう? それでも病や怪我を乗り越えて生きるために、薬や医術が他国よりも発展したのよ」


 お嬢様の説明に私は暫し言葉を失う。

 加護を得る人間が少なく、外部との交流も制限された国では精霊の恩恵はあまり受けられない。

 それが、悪いことばかりではないのだと感じたからだ。

 加護が溢れている国では加護に依存する人間も多い。

 人間が、自分たちの努力や工夫で進歩する必要は、加護の恩恵に浸っていれば無いからだ。

 もしかしたら、聖霊に見放されたグレナード王国は、人類のあるべき姿の一つの形なのかもしれない。

 こんな、魔法のように効く薬を、人間の力だけで作り出せるのだから。


「ミュゲ。ベルドにあなたの『本当の素顔』を見せた訳ではないわよね?」


 ぼんやりと思考に沈んでいると、心配そうにお嬢様に問われた。


「はい。大丈夫だと思います。正気は飛んでましたが防御膜は消えてなかったと思うので」


「そう。そうよね。もしもベルドにミュゲの『本当の素顔』を見られていたら、人目に触れる場所になんて二度と出してはもらえないわよね」


 お嬢様の確信めいた言葉に体がぶるりと震える。

 とても簡単に想像できた。ベルドに「危ないから誰にも見せない」と監禁されて、運悪く私を視界に映した人たちの目玉がベルドによって「取り外されて処分」される様が。


「私以外の真実の精霊の加護持ちにも、見えていないのよね?」


 確認されて肯定すると、お嬢様は安堵の吐息をついた。

 私を常に包んでいる闇の聖霊の防御膜は、攻撃防御の他に、私の認識度を低くする効果がある。

 闇の聖霊いわく、「聖霊の愛し子レベルの美形が素顔を晒して無事に歩ける訳ないだろう」ということで、造形が変わるわけではないのだが、認識される美形度のようなものが出力三割程度まで抑えられているらしい。

 お嬢様は初対面から私の「本当の素顔」が見えていたそうだが、世界の真理が見えるレベルの非常識に強力な真実の精霊の加護持ちじゃなければ見えない筈だ、と闇の聖霊は言っていた。


「それで、お嬢様。ベルドから不穏当なショーの話を聞いたのですが・・・」


「ええ。王太子殿下リュシアン様の公開土下座ショーのことね」


 お嬢様の口からも破壊力抜群のとんでもワードが出た。

 えぇ、本当なんだ。

 でも一応名前も呼んであげるくらいには怒りが解けたのかな。


「一体どうしてそのようなことに?」


「国王様と王太子殿下の利害が一致したから開催される茶番劇よ」


 フフ、と一見楽しげに笑うお嬢様から出た言葉は辛辣だ。茶番劇とな。

 だが、国王と王太子の利害が一致というのがよく分からない。

 首を捻っていると呆れたように教えてくれた。呆れは私へ向けたものではない。


「国王様は真実の精霊の加護を得ている私を王家から逃したくない。王太子殿下は私と離婚したくないのよ」


「それはそうでしょうけれど、それが土下座ショーに繋がる理由が理解できません」


「どれだけ人として褒められないことをされても、公衆の面前で王族に土下座までされたら許して要求を飲む以外無くなるわ。王族側に非があることを誰もが知っているのだとしても、彼らもその非をその後からは口にできなくなる。一時の恥で今後取るべきだった全ての責任を放棄できる素晴らしい茶番劇よ」


 あ、お嬢様のお怒りモードはまだまだ持続中だ。強度の高い扇子が柔らかそうなお嬢様の手の中でミシミシ言ってる。


「人前で土下座をすることでケルヒンの王女との不貞を無かったことにするつもりなんですか」


 私も呆れてそう言うと、お嬢様は顔と声だけは穏やかに肯定した。


「そうね。国王様からは王太子殿下も被害者なのだから人前で恥をかくことで手打ちにしてくれと打診があったわ。人前で恥をかく謝罪の仕方にしたのは、人前で明らかな不貞行為に繰り返し及んでしまった王太子殿下の悪評を、インパクトを与えることで大衆に受けの良い『気の強い妻の尻に敷かれる情けない夫』像に塗り変えるためですのに」


「王命の家同士の契約を守れない王太子、とか、王太子なのに下半身ゆるゆる、とか、王太子より人気の高い王太子妃に嫉妬して蔑ろにする器の小さい男、という現在流れている噂よりはダメージが無いですもんね」


 城を出て視察や観光案内の最中でもケルヒンの王女とベタベタしていた王太子の噂は、平民の間にまで流れている。

 夜会で小部屋や暗がりに潜んで火遊びというだけなら悪評までは出なかっただろうが、真っ昼間の太陽の下で仕事中も正妃を放っぽり出して同伴した側妃でも公妾でもない女と人目も憚らず体に触れ合いキスやそれ以上のことを何度もしているのを大勢に目撃されている。

 元王太子の破滅の原因が女に狂ったからだと言うのに、王家の信頼回復のためにも反対路線で売り込んだ「今度は地味だが誠実な王太子」というイメージを完全に亡き者にした。

 様々な悪評の中には「やっぱり血は争えないな」という、元王太子を引き合いに出すものもあり、早く国民に王家の失態を忘れ去ってほしい王族側としては困りものだろう。


「噂がそんなに嫌なら王命でも出して王太子とケルヒン王女をサッサと引き離しておけばよかったでしょうに」


「王太子殿下のご乱行の話はお耳に入っていたそうよ。けれど深刻には考えていなかったようね。私さえ懐柔できれば問題にはならないと思ったのね。私に人気があるのなら、私が王太子殿下を許して仲睦まじく支える様子を見せれば良くない噂など下火になると。夫の苦境を救い苦難の時代を共に支える賢婦となってほしいそうよ」


 声は問題なく出せるが力の入らない体が怒りで強張る。国王のお嬢様を馬鹿にした物言いと身勝手な考え方にブチ切れそうだ。


「苦境も苦難も王族側の自業自得なのにお嬢様に犠牲を強いるんですか」


「この国では貴族の身分は簡単にひっくり返ることがあるけれど、国王の身分が脅かされたことは無いのよ」


 絶対的な最高権力者だから、何をしてもいいことになってるのか。

 他国の歴史を見れば、そういう独裁国家の寿命は短い。王位継承者の中から国王に牙を剥く者が現れたりクーデターで王位簒奪が起こったりする。

 でも、お嬢様から学んだグレナード王国の歴史では、そんなことが起きた史実はないし、お嬢様が「国王の身分が脅かされたことはない」と言うなら、それは真実だ。

 長い歴史の中で賢王しかいなかった筈がない。

 この国は、どれだけ滅茶苦茶な政策を打ち出そうが、どれだけ国王が好き勝手しようが、どれだけ王家の人気が凋落しようが、同じ王家で国家が維持されることになっているみたいだ。


 まるで、神の意志だな。


 人智を超えた存在に王家が守られているみたいに見える。

 聖霊には嫌われ見放されているらしいから、それでも守られているなら父神の意志が働いているのだろうかと思えてくる。

 特段、他国の王家よりも信心深いわけでもないのに、まるで「神の依怙贔屓」みたいなこの状況は何故なんだろう。


「お嬢様、お嬢様はどうされたいですか?」


 国王の馬鹿にした要求を飲むのかと言外に問えば、凛とした眼差しが返って来た。


「王太子殿下を見極めるわ。せっかく茶番劇に乗って差し上げるのだもの。王太子殿下の真実を見極めて───国のために動くわ」


 王家のため、ではなく、国のために動く。

 お嬢様がそう口にしたなら、それは真実。お嬢様が王家のために動いてやることは、もう無い。

 優しいお嬢様の寛容度も受け入れの限界を超えてしまったのだ。


「私はお嬢様のお力になりたいです」


「ありがとう、ミュゲ。でも、命令があるまでは、目立つことをしては駄目よ?」


「かしこまりました。お嬢様」


 ようやく動くようになった体で、私は恭しく頭を下げた。

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