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閑話 お嬢様が出逢った天使(お嬢様視点)

お嬢様の過去です。シリアス風味です。

 グレナード王国のモンブラン伯爵家の長女として生まれた私は、5歳の誕生日の日、お父様に連れられて神殿に向かった。

 精霊の加護を授かっているのかどうか神託を受けるためだ。

 何となく、私には加護があるのだろうというのは神殿に行かずとも分かっていた。

 自分に説明のつかない何らかの能力が備わっていることに気づいていたから。


 私には、他人の言動の真偽の判別がついた。

 言動だけではない。文字が読めるようになると、書かれた文章の真偽まで見えることが分かった。

 私に見える世界は偽りに溢れている。

 あなたの言動は、この文章は、偽りだろうと突き付けることなどできるはずもなく、私の能力を誰かに話すことはなかった。


 神殿で神官長から神託を一人で受けるか保護者の同席を希望するか訊ねられ、私はお父様を見上げて訊いてみた。


「お父様は、神託の結果がどうであれ私の味方でいてくれますか?」


「当然だよ! シェリー!」


 笑顔で私の頭を撫でるお父様の言葉は「本当に真実」だったから、同席を希望した。


 神官長と私とお父様で、神託を受ける小さな部屋に入った。窓の無い防音設備のしっかりした小部屋は、他人に神託の内容が漏れないようにするためだと言う。その言葉に偽りは無かったが、続けられた「だから安心してください」に真実は見当たらなかった。


 神託の結果、私には「真実の精霊」の加護があることが判明した。

 初めて聞く精霊だったけれど、納得した。

 外交の仕事を任されるお父様のお話では、外国では身分の高い人間や国を揺るがす重大犯罪者の取り調べや審判を行う仕事をする人間として、その加護を公表して外交の場でも紹介されたことがあるらしい。

 国外で加護に関わる話をすることは自国の法に触れるから、詳しく聞いたことがなく、お父様にもよく分からないのだと言っていた。それに偽りは無かった。


 加護の証明書を発行され、お父様に誰にも私の加護を知られたくないと言うと、お父様は誰にも言わないと「本当の約束」をしてくれた。

 貴重な加護は公表すると危険だと言った神官長の言葉にも偽りは無かったが、「だから私も誰にも言いませんよ」という言葉には偽りしかなかった。


 お父様は私の証明書を「隠しておく」と真実を言って預かり、お母様にも家の者たちにも、「シェリーには加護の神託はなかったよ」と嘘を話してくれた。

 加護を得る人間なんてそうそういないのだから、それで落胆されることはなかった。


 三日後、朝食の前に新聞を読んだお父様の顔色が真っ青になった。

 神官長が急死したと紙面に載っていた。自宅で足を滑らせ階段から落ちた痛ましい事故、という嘘が書いてあった。

 朝食の最中にお城から急使が来た。

 渡された書状を見たお父様の顔色が、新聞を読んだ時よりも悪くなり、苦渋に満ちたものになった。

 朝食は中断され、お父様に書斎に呼ばれた私は、良くない予感の通りのことを聞いた。


「シェリー、お前の加護が陛下の知るところとなった。証明書を持ってお前も共に城に来るように書かれている」


 国王の書状を握りしめながら、お父様が怒りを押し殺した声で話す。


「他人の証明書を見せろと強要するのは宗教上の規則違反ではないのですか?」


 神殿で聞いた、この説明に偽りは無かった。


「ああ、そうだ。けれど、この国で陛下より権力を持っている人間はいないんだよ」


 苦しそうなお父様の言葉は真実。


「既に知られてしまっているなら、今からお前を無事に国外に逃がすことはできない。いっそ、陛下の庇護を求めた方が安全だ」


 この言葉も真実。

 ああ、私は貴重な加護を持っているために囚われるのだな、と諦めが湧いた。

 私は物心つく前から他人の偽りが見えることで、たくさんのものを諦めてきた。

 誰かを、真実を口にした時だけではなく、その人丸ごと信頼すること。誰かを心から好きになること。楽しいと感じること。心から笑うこと。

 偽りの溢れる世界で、私はそれらを諦めてきた。

 これから、自由というものも諦めなければならないらしい。


 お城でお父様と一緒に国王と面談した。

 お父様が外交のお仕事の後、公の報告前に国王と密談するためのお部屋らしい。

 護衛も下がらせ誰にも話を聞かれることはないと国王が言った内容は真実だった。


 国で唯一人、禁書を閲覧する権限を持つ国王は、真実の精霊の加護について知っていた。

 ずっとずっと昔にグレナード王国にもその加護を持つ人間が生まれ、王家に仕えて国の発展に貢献したそうだ。

 真実の精霊の加護を持つ者は真偽の判別がつくスキルを持つ代わりに、偽りを口にすることができない。

 そう告げられて、私は言われてみればそうかもしれないと思った。

 この能力のために口数の少ない子供だった私は、そもそもあまり言葉を発しないが、偽りを口にしたことは無かったように思う。

 私の能力を国益のために使うよう要請され、国王に忠誠を誓えるな、と確認されたが「はい」とは答えられなかった。


「私に不利益を与えず守っていただけるならば」


 この答えが限界だった。

 断われば私のみならず、きっとモンブラン伯爵家にも危害を加えられる。

 私の加護の力を独占するために神官長を事故に見せかけて殺したのは、国王の命令だろうから。

 だけど、こんなやり方をされて無条件で忠誠を誓うなんて子供だって無理。

 ずっと真偽の判別が見えていた私は、5歳にして純真さも可愛げも失った老成した子供だったのだ。


「いいだろう。シェリー嬢の加護はこの場に居る者だけの秘密だ。グレナード国王の権力で守ることを約束しよう」


 守ることは真実として約束してくれたけれど、私に不利益を与えないことには言及しなかった。

 私の加護の力を知った上での言葉なのだから、国王は今後私に不利益を与えることになるから約束に含めなかったのだろう。

 私も、偽りを口にせずとも望む結果を手中に収められるよう話術を身に着けなければならないと感じた。


 それから私は、自らを守るためにいくつかの努力を並行して行った。

 国王の庇護は私の能力を独占するためのものであり、私の命は守ってくれるかもしれないけれど心や尊厳を守ってくれるとは考えられなかったからだ。


 私は女性だ。いずれ嫁ぐことになる。

 私の能力を囲い込むために、多分王家に連なる何処かに収められるだろう。

 既に婚約者の決まっている王太子の側妃にされてしまえば、後宮に監禁されることになる。

 正妃は王宮内を自由に歩けるし公務で外に出ることもあるが、側妃は嫁いだら実家に帰ることもなく後宮から出られなくなる決まりだ。

 王太子は自身も大変な美少年で、側に置くのも美しい者を好むと噂が流れている。その噂は真実だ。

 王太子に気に入られてしまえば国王は私を王太子の側妃と定め、成人後は後宮に監禁されることになるだろう。


 私は7歳のお茶会デビューまでに、せっせと肥えるように食事とお菓子を摂取した。

 お父様もお母様も、令嬢として教育された作り笑顔しかしない私のことを「このまま成人したら傾国の美女になる」などと褒めそやし、それが真実だったから。

 私は「このまま成人」しないように太った。


 太るだけでは自分の身を守れない。

 せいぜい美しい者好きの王太子の目を逸らすだけ。

 だから私は体を鍛えた。

 お父様に、真実の精霊の加護を持つ自分の身を守れるように強くなりたい、と相談すると、令嬢が手にしていても不自然に思われない武器を特注で作ってくださり、その使い方を教えてくれる先生を家庭教師の一人として加えてくださった。


 やがて国王の命令で、私はお父様の外交に伴われるようになった。

 国王の直接の許可が無ければ、我が国の国民は国外へ出ることは叶わない。

 私は内心喜んで随行し、勤めを果たした。

 国外で得られる本には私の生き方の参考になるものも多かった。

 特に気に入ったのは「詐欺師の話術」のような指南本の類だ。国内ではアンダーグラウンドな書籍は手に入らない。


 7歳のお茶会デビューで同い年の第二王子と対面することになった。はっきり言えばお見合いだ。

 側妃はいずれ国王となる王子しか持つことができない。グレナード王国の法律では国王以外は一夫一妻と定められている。

 王家に私を縛りつけるために第二王子との婚姻を結ばされるのなら、少なくとも側妃にはならなくて済む。

 国王も、私の丸々とした外見に難色を示す愛息子の王太子の意思を尊重していたから、第二王子と私の婚約に乗り気だ。

 王命であれば、身分の低い側妃を母親に持つ第二王子は私との婚約に異を唱えることはできない。王太子が私の外見が気に入らないから側妃としても嫌だと我儘を言えるのは、公爵家出身の王妃の実家の後ろ盾があるからだ。

 身分の上下がひっくり返ることが珍しくないこの国でも、上位の側が失脚または下位の側が成り上がるまでは身分に則した行動が求められる。

 私の外見に不満があっても、第二王子は私を正妃として受け入れるしかないのだ。

 彼も私同様、国のために犠牲になるしかない。


 そんな、同情くらいしか持たずに対面した第二王子は、馬鹿が付くほどのお人好しだった。


 向けられる好意的な笑顔にも、転ばないようにと差し出された手にも偽りは無い。

 美味しいお菓子を私のために探したと持ってくるのも本当で、私と一緒にいるのは楽しいと言うのも本当で、私に会うのが嬉しいと言うのも本当だった。

 お人好しの第二王子も嘘をつかないわけではない。

 けれど、私に向ける嘘は優しい嘘だけだった。

 当時、「子豚令嬢」と揶揄され陰口を叩かれていた私の耳に悪口が入らないように、いつも試行錯誤で下手な嘘をついていた。


 5歳の時、神殿で私の味方でいることを真実として口にしてくれたお父様以外に、信じてもいいかもしれないと思える人間を見つけた。

 国王から第二王子との婚約を命じられ、私は「喜んでお受けいたします」と答えることができた。

 同じく「喜んでお受けいたします」と答えた第二王子リュシアン様の言葉にも偽りは無かった。


 第二王子の婚約者となっても王命でのお父様の外交への同伴は続いた。

 長期に渡り複数の国を巡り、大陸一の大国であるリヴァイ帝国で私は宿泊していたホテルから誘拐された。

 夜会に招待されたお父様の留守中、護衛の隙を突かれたのだ。

 私を誘拐したのは政敵の関係ではなく、ただの犯罪組織だった。貴族の子供なら身代金をたっぷり要求できると話す内容に偽りは無かった。

 犯罪組織の建物内の薄暗い部屋に囚われ、救助を待つか自力で脱走するか思案していたその時、私は彼女に出逢った。


 ──天使?


 青みがかったさらりと落ちる金の髪。深い藍色の瞳に散りばめられた金の砂。細部まで完璧な白皙の美貌。

 10歳ほどの等身大の少女のような、私は彼女を人形だと最初は思った。

 だって、こんなに美しい人間がいるはずがない。国宝のアンティークドールよりも芸術的な至高の曲線とパーツの配置。素材が窺い知れない極上の質感。

 私が5歳の頃のまま成人したら傾国の美女になる子供だったのなら、彼女は成人したら、いや、今の姿でだって、世界の命運を左右する美しさを備えているだろう。


「可愛らしい・・・」


 天使が小さな薔薇色の唇を開いて言葉を零し、私に手を伸ばして丸い頬に触れた。


「うわ・・・最高・・・」


 うっとりと私の頬を撫でたり揉んだりしている彼女の手には体温があり、私を可愛らしいと言った言葉も最高だと頬に触れる態度も心の底から本気だ。


 ──どうやら彼女は人間らしい。そして、私を気に入ったようだ。


「あなたは誰?」


 訊ねると、ハッとラピスラズリのような瞳を見開いて自分の手と私の顔を交互に見やり、手を下ろして名前を教えてくれた。


「私はミュゲ。もしかして、貴族のお嬢様だから誘拐された?」


 私は頷く。

 彼女も誘拐されたのだろうか。貴族令嬢ではないようだけれど、これほど美しいのだ。人身売買を生業とする犯罪者は何処の国にもいるだろう。

 この子を汚い大人になど渡してなるものか。

 逃げ出す時にこの子も連れて行こう。

 手に馴染んだ鋼鉄の扇子を握り込み決意を固めると、薔薇の唇が物騒な言葉を放った。


「クソ。あいつらこんな可愛らしいお嬢様を誘拐して汚い部屋に閉じ込めるなんて許せないな。そろそろぶっ潰してやろうとは思ってたけど今がその時か。お嬢様、私が助けるから心配しなくていい。ここを出たら何処に送ればいい?」


 その言葉が真実であることに私は目を見開いて驚いた。

 こんな美しい華奢な少女が、本当に犯罪組織を「ぶっ潰す」力を持っていることが分かったから。

 そして、本当に私を助けるつもりなのだと分かったから。


 ミュゲは言葉通り犯罪組織を見事に壊滅させると、私をホテルへ送り届ける道すがら、私の問に答えてくれた。

 彼女は孤児であの犯罪組織に拾われ育てられて来たこと。親の顔も名前も知らないし帰る場所もないこと。犯罪組織を簡単に壊滅させた力は、聖霊の加護によるものであること。

 全てが偽りなく真実であった。


 私はこの時、聖霊という存在が読み物にしか出て来ない想像の産物ではなく本当に在るものなのだと初めて知った。

 物語は虚実が入り交じり過ぎていて、読んだ文章のどの部分が真実で嘘であるのか見分けがつかなかったけれど、聖霊が存在し人間に加護を与えるシーンは真実だったのだ。


 ──この子は、私が手に入れよう。


 私は決意した。

 ただでさえ目を疑うくらいに美しい少女なのだ。これから子供の域を出て成長すれば、どのような目で狙われるのか考えなくても分かる。

 その上、精霊より上位の存在として物語に描かれる聖霊の加護持ち。それが知られれば、保証される身分もない孤児では私以上に自由を奪われ力を搾取されることになる。


 ──そんなの、許せない。私が、許さない。


 この天使は私が守るのだ。

 私が使える全てを使って。

 だから、必ず守るから、私の側にいて欲しい。

 その美しい姿を愛でさせて欲しい。偽り無い感情を私に向ける、その心をいつも感じさせて欲しい。


 こんなに強く、誰かを欲しいと思ったのは初めてだった。


 帰る場所が無いなら幸い。

 私が連れて帰ろう。

 私の能力を搾取するために囲い庇護している最高権力者の権力も、利用しよう。

 無垢な普通の子供の振りをしてお父様の外交に随行すると、外国では精霊の加護を公表して職務に当たる人間が驚くほど多い。

 グレナード王国は、他国に比べ極端に精霊の加護を得ている人間が少ないのだ。

 ならば、グレナード王国にいる限り、精霊より上位の聖霊の加護を得ているミュゲは最強の存在でいられる。

 私のように加護を国王に知られる失敗はさせない。

 連れて帰ったミュゲの加護を隠して側に置き、いざという時には国内最強の力で身を守り逃げられるように、世の中の危険や偽りを、しっかりと教えよう。


「私はグレナード王国の伯爵家の娘。シェリー・モンブラン。ミュゲ、私と一緒に来て、これからずっと私の側にいてくれるかしら?」


「はいっ! お嬢様っ!」


 輝くような笑顔で即答するミュゲが私に向けるのは真実のみ。

 まずは、人前で笑顔を見せたら危険なのだと教えなくては。

幼女の頃に既にこんな人格が出来上がるような魂だから、真実の精霊に執着されたのだと思います。


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