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お嬢様への報告

 出発地点に戻る前に、私を心配して迎えに来たお嬢様とその護衛たちに会うことができた。

 場所は文官や大臣らが使う会議室の前の廊下。彼らの勤務時間帯なので人目も多い。

 そこで私の腰を抱き寄せたまま立ち止まったベルドは、私を庇うように身を抱き寄せ直し、深くお嬢様に一礼した。


「ベルド。ミュゲに何があったのです?」


 何かがあったこと前提の言葉選びと普段とは違う王太子妃の緊迫感漂う声音に、廊下を行き交う人々の耳目が一斉に集中する。


「この場このままでの報告失礼いたします。王太子妃様がケルヒン王国王女殿下へ認められました封書を我が妻、王太子妃様付き筆頭侍女ミュゲが使いのために捧げ持ち、王女殿下の滞在されるお部屋へ向かい城内の廊下を徒歩にて移動中、グレナード王国騎士団第一部隊第四班の隊長及び隊員計五名が侍女ミュゲに性的暴行を加えんと封書を銀盆ごと略奪。侍女ミュゲは王太子妃様から王女殿下への封書を守るため力の限り抵抗いたしましたが男性騎士五名の力には敵わず封書を奪われ、力尽きあわや蹂躙という寸前、私が救出いたしました。咄嗟のことで手加減ができず五名の騎士らに重傷を負わせました。申し訳ありません」


 淀みなくスラスラと口上するベルドに疑いの目を向ける聴衆はいない。

 元々ベルドは人当たりのいい美貌の従者として好意的に受け入れられている。

 周囲の視線に緊張感が孕む。騎士団の騎士が城内で婦女暴行というだけでも関係各所の大臣らの胃が痛くなる不祥事だと言うのに、襲った相手が王太子妃付き筆頭侍女で、襲うために王族が王族へ宛てた手紙を略奪している。役職付き何人かの首が飛ぶだろう。役職付きの首は物理で飛ぶわけではないが。

 そしてベルドの言葉が概ね事実であることが判るお嬢様も、報告を受け取り愛用の扇子をぎりりと握りしめた。


「なんということ・・・」


 ぎり、と音がするほど握りしめた硬質な輝きの扇子をスッと開き口元を隠すが、お嬢様の眼差しは剣呑に細められているし、あの扇子が一抱えもあるクソ重い陶製の花瓶を一撃で叩き割る威力を持っていることを私は知っている。


「手加減できず重傷を負わせたとのことですが、場合が場合です。致し方ありません。報告を続けなさい」


「はっ。騎士らを唆し動員したのは文官補佐として城に上がるトキンス伯爵家令嬢でした。トキンス伯爵家令嬢は予てより貴族の身分を笠に着て平民出身の私に同じく平民出身の妻と離縁して自分を後妻に迎えるよう迫っていました。先日妻へ直接侮辱行為を行われ、穏便な言葉を選ばずはっきりと断ったことで逆恨みされたようです」


 逆恨み令嬢が後妻枠狙いで城に上がっていたのは暗黙の了解で周知の事実だ。

 ベルドが平民出身とは言え美しい将来有望の男だからと、かの令嬢が付き纏っていたのも大勢に目撃されている。

 ザワザワと逆恨み令嬢を非難する声が広がっていく。


「現在貴族位にあるからと、現時点で平民であるベルドとミュゲを軽んじるとは。トキンス伯爵家は長いぬるま湯に浸かり過ぎたようですね」


 あれ? お嬢様の言い回しと引っかかったポイントが腑に落ちない。

 だけど誰も変な顔はしていない。むしろ、この場合はこの反応が最適という納得顔だ。


「最悪の事態になる直前に侍女ミュゲを救出することはできましたが、男性騎士五人がかりで拘束され卑猥な言葉を投げつけられた我が妻は恐怖に怯え涙を流しておりました・・・」


 顔を伏せたベルドに今までに無い緊張が走る。演技には見えない。顔色も悪い。

 お嬢様の握りしめる扇子がミシミシいっている。あれ、物凄い強度なんだけどな。


「・・・そう。その騎士たちとトキンス伯爵令嬢は、『私のミュゲを』泣かせたのね・・・」


 強調された部分に、そんな時と場合じゃないのに嬉しくなってしまう。

 他から見ればいつも通りの無表情だが、私が喜んでいることを僅かな表情筋の微動で読み取ったお嬢様が「困った子ね」という視線を寄越してくれた。

 慌てて場にそぐった神妙な面持ちで目を伏せる。

 隣ではベルドが安堵の気配を滲ませながらも更に顔色を悪くするという器用な真似をしていた。


「王太子妃様、彼らの処遇を私に一任してくださいませんか」


 騎士団の騎士と伯爵家令嬢の処遇を平民出身の王太子妃付き従者に一任。

 常識的に考えたら無理だ。有り得ない話だ。


「許可します。好きになさい。責任は私が負います」


 悠然と、満足そうにお嬢様が頷き扇子を閉じる。

 公衆の面前で王太子妃の決定を覆すことはできない。

 でも、お嬢様が私のせいで誰かに責められるのは嫌だ。

 顔を上げて口を開こうとすると、硬質に光る閉じた扇子を頬に当てて緩く首を傾げ、お嬢様が私の名前を呼んだ。


「ミュゲ」


「はい」


 反射で答える。


「怪我は? どんな小さなかすり傷でも隠さず報告なさい」


「ございません。・・・多分」


「そう・・・」


 じっと私を見つめ暫し思案したお嬢様は、扇子を下ろして空いている方の手のひらに軽く添え、ゆっくりと言葉を発した。


「命令よ、ミュゲ。ベルドが全ての始末を終えるまで自室で休みなさい」


「おじょ・・・王太子妃様、それは」


「私に王太子妃としての威厳が無いばかりに私付きの侍女が城内で堂々と貶められ傷付けられたのです。傷が全て癒えたら仕事に戻りなさい。大切なあなたの顔をしばらく見られないことが、私が不甲斐ない自分に与える罰です。ミュゲがまだ私の誇りを守りたいと思ってくれているなら、この休暇を受け入れなさい」


 悲しみを湛えた声音には威厳と慈愛が満ちている。

 聴衆と化している通行人たちはお嬢様の虜だ。心酔した眼差しで「さすがです、王太子妃様」などと呟いている。

 これは、お断りできない雰囲気。

 そもそも「命令」とお嬢様に言われた時点で私に抵抗の術はない。


「王太子妃様の御慈悲、身に染み入ります」


 深々と頭を下げて恭順の姿勢を取ると、周囲からホッと息が漏れた。

 口々に「忠義の侍女」「誇り高き慈愛の王太子妃様」「美しき主従関係」などと囁き交わしているのが聞こえる。

 お嬢様の評価が上がるなら私に関する内容はどうでもいい。


「ベルド。ミュゲを部屋まで送りなさい。後始末を終えたらあなたも休暇よ。ミュゲに付き添いなさい」


「かしこまりました」


 ベルドも深々と頭を下げて恭順の意を示す。


「私は執務室に向かいます。宰相と騎士団長を呼んでください」


 付き従っている護衛の一人にそう命じると、お嬢様はゆったりと踵を返した。

 従者と侍女の礼で見送る私たちの耳に、「宰相と騎士団長はやはり呪われた役職だな」という小声の会話が聞こえてきた。

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