プロローグ 〜父神の呟き〜
続編を書き始めました。よろしくお願いします。
連休中の暇つぶしになれば幸いです。
「どうしてこうなった」
トュルーダという名の美しい星を創造した聖なる父神の口から苦い呟きが漏れた。
聖なる父神は五霊の聖霊を生み出し、聖霊らとともに美しき星トュルーダを創造した。
トュルーダには父神が創造した人類と聖霊らが創造した数多の精霊たちが共存して暮らしている。
人々は父神を唯一神と信仰し、聖霊や精霊の加護を受けて不可思議な技を行使することで繁栄してきた。
聖霊は稀に「愛し子」を選び、加護以上の恩恵を与える。愛し子を持つ聖霊は、その愛し子が死ぬまで他の者には加護を授けない。
現在は闇の聖霊だけが愛し子を持っているが・・・。
父神は遥か下界、グレナード王国を見下ろして溜息をつく。
あの国がおかしなことになってから、人の世では随分と長い時が過ぎた。
最初は父神の意図など何も無かった。
グレナード王国が建国されてまだ間もない頃、闇の聖霊の加護を持つ王子が彼の国に生まれた。
王子は闇の聖霊の眷属である光の精霊の力を借りて、建国期の混沌を見事収めた。
その王子の傍らには水の聖霊の加護を持つ少女の姿があった。
少女は水の聖霊の眷属である癒やしの精霊の力を借りて、敵の凶刃を浴びた王子の傷を治し混沌に病んだ国民を癒やした。
少女は平民でありながら、聖女として王子の正式な妃となりグレナード王国は発展した。
その史実を父神が近所の同業の知り合いに自慢したのが発端だ。
父神の同業の知り合いは、自分が管理する世界でそれを物語として流布させてくれと願い出たのだ。
気を良くしていた父神は快諾。その知り合いの世界でそれはベストセラーとなり、社会現象とまでなり、トュルーダと同じように魔法や精霊が存在する知り合いの世界では、物語の王子と聖女にあやかろうと心正しく生きようとする者が増えたり出生率が上がったりしたそうだ。
それに目を付けたのが、地球という星の日本という国を管理する存在の何者かだ。
トュルーダとは離れた世界であるものの、異常と呼べるだけの発展を見せつける地球は、同業者の間で有名だった。
そんな成功者のグループメンバーから下手に出られ、褒めそやされ、「出生率が下がっている我が国の希望としたいから是非」などとお願いされたら、つい頷いてしまうというものだ。
今思えば胡散臭いとしか言いようのない相手だったのだが。
自称「日本の神のようなもの」である男からの提案は、素晴らしい王子と聖女の物語を参考にオリジナルのキャラクターで新たな物語を創作し彼の世界で流布したい。その記念に父神の世界でキャラクターと同じ人間を生み出してほしい。更に、互いの世界の絆を深めるために、互いの世界の魂を交換して転生させよう。というものだった。
その時父神の頭に過ぎったのは、合同事業、交換留学という単語。そして「悪くないかも」という思い。
「あれは迂闊だった・・・」
今更後悔しても遅いが。
父神は、交換留学ならば最も優秀な者を送るべきだろうと考えて、物語の主人公となった王子と聖女の魂を送り出した。
代わりに送られて来たのは、「日本の神のようなもの」が創作した物語─どうやら書物ではなく「乙女ゲーム」という類のものらしい─を最も良い成績でクリアした者の魂だった。
最初に送られて来た魂は、その「乙女ゲーム」で「ヒロイン」という立場で描かれていた女の子に転生させた。
水の聖霊の加護を持っていた女の子は、男爵家の庶子であったが貴族が通う学園で王太子に見初められ求婚を受けて婚姻。「乙女ゲーム」と全く同じルートを辿ったわけではないが、「乙女ゲーム」の「王太子ルート」のハッピーエンドと同じように王太子妃から王妃となり、その後は前世の知識でグレナード王国のみならずトュルーダの発展に尽力してくれた。
「あれに味をしめたのがまずかったのだろうな」
思考に味がついているかのように苦い顔で父神は呟く。
その後、「日本の神のようなもの」に請われるままにトュルーダの優秀で美しい魂を送り出し、彼が「最も良い成績で物語をクリアした」と言う魂を受け入れ転生させた。
だが、上手く行ったのは最初だけだったのだ。
次の転生者は「王太子ルート」を選ばなかった。選んだのは「騎士ルート」だったようだ。
だが「ヒロイン」に惚れ込んでしまっていた王太子は側近である騎士の妻を権力で奪い、次期騎士団長と呼び声の高かった誇り高き騎士を毒殺。その後王太子は後宮に監禁していた「ヒロイン」から、彼女が加護を受けていた聖霊の力で殺された。どんな事情があっても王太子を殺害したのだ。「ヒロイン」も処刑された。
王族によって愛し子を殺された水の聖霊は、以後グレナード王国の者には加護を与えないことを宣言した。聖霊にとって、愛し子とは家族と同等なのだ。愛しい子であり弟妹であり伴侶でもある。それを殺されて許せるはずもない。
父神は水の聖霊に、グレナード王国を滅ぼさないよう言い聞かせたが、それ以上のことは言えなかった。
父神の「合同事業」と「交換留学」で混乱し始めたグレナード王国を立て直す必要に迫られ、頭を悩ませていると「日本の神のようなもの」が訪ねて来た。
今回はたまたま運が悪かった、次の物語で挽回しましょう。そう言われ安易に飛びついてしまった。今は後悔している。
失敗と、それを挽回するための繰り返しの間に、愛し子を権力者に殺される経験をしてしまった聖霊たちは全員、グレナード王国から手を引いてしまった。
途中から「ヒロイン」に転生させるのを躊躇し「悪役令嬢」に転生させてみたり「攻略対象」の姉妹などの「モブ」に転生させてみたりしたのだが、どれも上手く行かない。
何しろ、「ヒロイン」は自分の運命から逃げようと学園に入学せずに平民の人生を全うしようとしたり、「モブ」は関わりたくないと外国に嫁いだり留学してしまったりすることも多い。
仕方なしに「悪役令嬢」に転生させることが増えたが、高位貴族の令嬢ゆえに必ず学園に入学するし攻略対象らと関わることになるのだが、罪のない「ヒロイン」へ暗殺者を送り込んだり拉致させて場末の娼館へ送ったりで聖霊を怒らせて自滅するわ、「逆ハーレム」を築いて権力を持つ男たちが争い国が荒れるわ、「隠しルート」とやらを目指して「逆ハーレム」を築いた後に男たちを全員捨てて行方をくらませ王国に阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されるわ、まぁ碌なことになっていない。
聖霊の加護を失ったグレナード王国では常識が捻じ曲げられた。
聖霊の愛し子の存在は、愛し子本人以外の全ての人々に伏せられているが、聖霊の加護はグレナード王国の外では伝説的に稀な事柄であっても存在は常識の範疇だ。
聖霊の加護を失い、精霊の加護すら他国よりかなり少なくなったグレナード王国は、国力の衰退により侵略されることを恐れ、父神に必死で祈った。
父神も責任を感じ、人類がグレナード王国を侵略しようと考えないよう「配慮」した。
侵略など受けたら一溜まりもないことが明確だったのだ。それほど、トュルーダにおける聖霊や精霊の加護は役割が大きい。魔法もスキルも加護が無ければ使えないのだ。精霊の加護が武器、聖霊の加護が兵器だと考えて戦争を想定すれば結果など考えるまでもない。
かくして、人類は何故か「グレナード王国に侵略戦争を仕掛ける」という思考を失い、王国は外からの攻撃には怯える必要が無くなった。
次に問題となる内政だが、王族と聖職者主導で鎖国的な教育が徹底された。
この世に聖霊というものは存在しないし、精霊の加護を受けることも稀である。
国外に出るには国王の許可が必要で、国外で加護の話題に交わることは禁忌である。
そのような意識を何代にも渡って刷り込み、聖霊の実在を匂わせる文献などは禁書として封印した。
禁書の閲覧は国王のみが可能となっているから、現在のグレナード王国では王族や貴族や聖職者すら聖霊という存在を現実の物として信じていない。外国の物語に出てくることもある妄想の産物でしかないと、国王以外の王国民は思わされている現状だ。
「いくらわしが騙されやすいお人好しで乗せられやすいと言っても、もう騙されんぞ」
父神は子の聖霊たちに呆れて投げつけられた言葉を思い起こし唸る。
うまい話をチラつかされて甘言に乗り、最初は利益を得られたからと投資にのめり込んで回収できない負債を抱える、典型的な投資詐欺の被害者だと言われたのだ。
優秀で美しい魂ばかりを、たくさん送り出してしまった。交換留学だと考えていたのに未だ一人も返してもらえていない。
どんな世界でも成功して愛されるだろう素晴らしい資質を持った魂ばかりだから、皆幸せにはなっているだろうが、心配はしている。
あちらから送られて来た魂は、非業の死を遂げた後も手厚くケアしてまっさらにして送り返しているのだが。自称「日本の神のようなもの」によれば、送り返した魂は地球の他の国に転生させたらしいが。
子らは、彼が自分の管理する世界の利益のために異世界の優秀な魂を掠め取っているのではないかと言っている。
そんな者が同業者にいるとは考えたくないが、言われればそんな気もしてくる。
そして、もう騙されんぞと思っていても、言葉巧みに彼の願いを了承させられているのがここ最近─下界では800年間ほど─のことだった。
先日、「悪役令嬢」に転生させた交換留学の魂も肉体を離れたので癒やし浄化して送り返した。
そろそろあの「日本の神のようなもの」が次の話を持って来るだろう。
だが、今回は用意がある。
用意したのはわしじゃないが。
聖霊たちが愛し子の運命を玩ばれ殺された恨みを込めて、最も邪悪な魂を選りすぐり、表からは邪悪さを見抜けないよう様々な能力を付与して美しくコーティングした「天使に見える悪魔の魂」を送り出すのだ。
送られて来た魂は転生前に最も厳しい精霊にでも教育させて、そのままその精霊の加護を持たせて転生させる。監視のためだ。
聖霊たちは彼の送り込む魂を毛嫌いしているから関わることは望めないし、仮に教育していた精霊が絆されて異世界からの転生者に加護を使った悪業を許しても、精霊の加護なら聖霊が抑えられる。
「やあ、お久しぶりです」
胡散臭い笑みを湛えて、自称「日本の神のようなもの」がやって来た。
「今回も少し運が悪かったようですね。でも次回作は原点回帰で逆ハールートも隠しルートも無い単純な作りになっているのでご安心ください」
ペラペラとセールストークを開始するのもいつものことだ。
「おぬしの世界の人々は、よく飽きもせず似たような話を受け入れるものよ」
溜息とともに皮肉を口にすると、彼は軽薄に笑い声を立てた。
「ハッハッハ。舞台さえ違うと思い込ませてしまえば似たディティールを気にする者などいませんよ。求められているのは自分が特別な美少女になってイケメンたちにドキドキさせられることだけですから。地名など一度も出したことがありませんし、毎回キャラクター名は変わりますからね。絵だって所詮特徴を掴んだだけの二次元。絵師を変えれば同じ世界の同じ国だとバレません。キャラとセリフさえ違えばユーザーにとっては全く違う物語なんですよ」
父神は憤りを隠して困った顔で眉を下げてみる。
こちらは互いの管理する世界をより良くするための崇高な合同事業だと考えていたのに、父神と聖霊たちの大切なトュルーダは欲望まみれの娯楽を体感するアミューズメント施設のような扱いを受けていたのだ。
一矢報いてやる。それまでは怪しまれるわけにはいかない。
「それでは今回のプランについてご説明させていただきます。資料はこちら。舞台設定と登場人物のご用意は、いつも通りお願いいたします。転生させる器はお任せしますが、今回は二つか三つこちらから魂を送らせていただきますね。不運続きのあなた様へのせめてものお詫びの印ですのでお気になさらず。つきましてはそちらの世界からも魂をいつもより多く・・・」
やはり子らの言うことは正しかったのだろう。
父神は煮えくり返る腸を穏やかな目の奥に隠し切り、「ふむ」と思案げに顎をさすった。
「交換留学のつもりだった魂が一人分も帰って来ておらんでな。何度転生してもトュルーダを守り発展させてくれるはずだった優秀な魂ばかりだ。それらの力を失ったままで、更に複数の魂を外に出すのは管理者として認められん。まあ待て」
勢い良く畳み掛けようと口を開いた「日本の神のようなもの」を手で制し、父神は手のひらの上に強く輝く魂を取り出した。
口を開いたまま輝く魂を凝視する男の喉がゴクリと鳴る。
「そちらに送る魂は、毎回希望者のみを送っているが、彼らはいずれ帰って来る前提で異世界への留学を希望したのだ。だと言うのに、こちらの下界では千年以上経とうとも誰も帰還が叶っておらん。この魂も留学の希望者ではあるが、これを送り出すのは過去の留学した魂が全て戻ってからにしようと考えておる」
男は強い輝きから目を離すことができないまま、愛想笑いを浮かべて嘯く。
「彼らはどうもこちらの生活が気に入っているようでして、まだしばらくこちらで学びたいようでしてね。その素晴らしい輝きの魂を送っていただけたら彼らに戻るよう説得することもやぶさかでないのですが・・・」
父神は手のひらの上から輝く魂を消した。
「そうか。それは残念だ。わしも自分が管理する世界を滅ぼすわけにはいかんからのう。帰してもらえぬのならこれ以上こちらから魂を送るわけにはいかぬ」
やれやれと首を振る父神の前で自称「日本の神のようなもの」が間をもたせようと「ふふ」や「えーと」などと口を動かしているが、愛想笑いの下のイラつきは隠せていない。
「おぬしの考えが変わったらまた話を聞こう。資料は一応預かるが、全ての魂が帰って来るまでは準備にも取りかかることはない」
資料を手に踵を返した父神に、自称「日本の神のようなもの」は大声を上げた。
「待て! いや、お待ちください。いやだな。機嫌を直してくださいよ。わかりましたよ。いえね、実は一度くらい里帰りがしたいなんて話もチラホラ聞こえてたりしたんです。何人か一時里帰り希望者を連れて来ますから、ぜひ先ほどの素晴らしい輝きの魂を・・・」
肩越しにだけ振り返っていた父神は、「はあーっ」と聞えよがしに溜息を吐いた。
「一時里帰り、しかも全員ではない。そんなことでは交渉の席にも着く気が起きんわ。わしに自ら創造し管理する世界を滅ぼせとおぬしは言うておるようだな。もう良い。二度とこの世界に干渉してくるな」
今までの容易さが嘘のように威厳を持ち冷たく言い捨てる父神に、男は焦る。
さっき見た魂はどこの世界でも見たことがない極上品だ。あれが手に入るなら、諦めたくないし惜しいけど他の魂を手放すのも致し方ない。
「待って! 待ってくださいって! ちょっと誤解があるようですが我々は深い絆で結ばれたビジネスパートナーなんですから気を長く持ちましょうよ! わかりました! お返しします、全員! ですからあの輝く魂はこちらにください!」
ようやく男の方へ向き直った父神の顔に表情は無い。男は揉み手でヘラヘラと提案する。
「で、引き渡しはいつどこで? できれば魂の鑑定はじっくりしたいので、お預りした魂の価値を見極めたらすぐにでもご指定の場所へ、あ、待って!」
懲りずに騙そうとする男に再び背を向ける父神。取り縋る男。
「わかりましたよ! 強欲だなあ! 今すぐここに召喚します! それでいいでしょ! だからさっきの魂はください!」
自称「日本の神のようなもの」の周囲に蛍のような光が点滅し始めた。数はちょうどこちらから送り出した魂と同じだが、送り出した時よりも相当力を失い擦り切れている。
「はい! 返しますよ! 返したんだからちゃんとこちらにもください!」
父神は片眉を上げて弱々しく光る魂を鑑定し、疲弊しきってはいるが本物であり妙な術や呪縛はかけられていないことを確認して、無言で先ほど見せた強く輝く魂を取り出した。
「これは貰って行きますよ! あなたとの取引はこれで最後です! 後ほど取っておきの魂を送り込みますからお楽しみに!」
父神の手のひらから輝く魂を奪い取った男は捨て台詞を吐いて慌てたように姿を消した。
「わしが愚かだったばかりに苦労をかけたな。ゆるりと疲れを癒やし、またトュルーダの民として人生を楽しんでおくれ」
慈しみに溢れた声とともに温かな光が魂たちを包む。
「さて、下界の歪みも正していかねばのう」
やれやれと肩を鳴らす父神は、足元を覗き込んで溜息を零した。