38.愛に生きる男
ムルムルと呼ばれた男はまっすぐここへ向かって来る。ステータスは確かにリンの方が上だけど、騎乗スキルに追跡スキルを持っているようだ。死者召喚も持っているし、説得や懐柔、威圧など割と厄介なスキル持ちだ。戦闘スキルも一通り持っているようで万能タイプと言えるかも知れない。
「来たわね」
シトリーさんが言うと遠くにムルムルの姿が見えてきた。
駆ける勢いを落としながら、若干警戒心を持って近づいてきた。
「シトリー……俺に何か用か……」
すごく残念そうに言葉を発した。
「気持ちの悪い男がまだリンに付き纏っているようだから、わからせてあげようと思って。そこにいる人間、彼はリンのつがい。あなたの出る幕はないの」
「何っ!つがいだと!!俺を差し置いて何を勝手な事を!」
「私はお前と何の関係もない。私はレイとつがいになった。レイ以外は乗せない」
リンは人の姿に戻ると僕の腕にしがみついた。
「ぐぬぬ……貴様……俺のリンをよくも……」
「ムルムル……あなたにはずっと言ってきた。リンはあなたの物にならないと。これ以上リンにつきまとうなら、我が権能で貴方の心から色欲を消し去るわよ」
「そ、それはダメだ……俺は愛に生きる男………………わかった。リンを諦めよう……ここは素直にリンがつがえた事を祝福しよう」
「シトリー、もうこの男の色欲は消していい」
「おい、リン!よせ!もうお前には近づかない。だからそれ以上言うな!」
男はグリフォンと呼ばれた魔物に慌てて騎乗するとそそくさと消えていった。
「シトリーありがとう。助かった」
「どういたしまして」
シトリーさんはすっとこちらへ視線を移した。
「ねぇ、そこの人間。リンを泣かせないと約束したわよね?あなたには何も出来なかったの?」
「シトリー、レイはまだこれから。今は成長途上」
僕は何も言えなかった。
「メフィスト公からもレイを死なせるなと言われてる。レイの将来性を買われてる」
「は?メフィスト公?メフィスト公がどうしてこの人間を……?」
「レイのスキルがメフィスト公から見てもすごいスキルだった。貴重な存在と言われた」
「そう……そうなの……」
シトリーさんはこちらをじっと見た。
「あなたのスキルにすごく興味がある……」
「シトリーダメ。レイは私のつがい」
「わかってるわよ……手を出したらメフィスト公に殺されちゃう。だから手は出さないけれど……少し観察させてもらいたいの」
「見るだけならいい」
「決まり。引越しの予定だったしちょうど良かった。私も一緒に王都に住むわ」
「シトリーさん……見た目は変えられますか?シトリーさんを知る冒険者がいるかも知れないので少し見た目を変えられた方が良いと思います」
「あら、じゃこんなのはどう?」
シトリーさんは僕らぐらいの年齢に見えていたが、フワリと光を纏うと次の瞬間には妖艶な女性へと変わっていた。
「シトリー、エロすぎ。ダメ」
「えぇ、ダメ?本来のあたしはこの路線なのよ。レイ、ダメかしら……?」
ゾクゾクするような目でそう言われると何も反論出来ない。
「シトリー…………」
「わかったわよ、そんな怒らないで。これでいい?」
元の背格好で顔だけが変わっていた。
元の雰囲気は残っているけど、新しい顔の方がずっと綺麗な顔立ちだった。
「それならいい。王都に来るのは明日?」
「明日行くわ。配下達にも一応説明しておかないといけないから」
「わかった。じゃレイ王都に戻る?」
僕はリンに乗り王都へと向かった。
ジークさんに第一探索が終了した事を伝える為にギルドへやってきた。もう日は落ち、すっかり夜になっていた。
「死の谷の探索に関してジークさんに報告があります」
そう受付で伝えて部屋へ通してもらった。
「報告とやらを聞こうか」
ジークさんは僕らにソファに座るよう促して切り出してきた。
「死の谷を探索してきたのでその報告に来ました」
「死の谷を探索……してきた?えらく早いな……その先へはまだ未踏か?」
「そうですね。その先へは踏み込んでません。あと……これをお預けします」
僕はカバンからネームタグを取り出した。
一本じゃない、かなりの数がある。
「そうか……現地の仏さんから回収してきてくれたのか。感謝する。どうもありがとう」
そう言って大事に受け取ってくれた。
「ヨルムンガンドに挑んで無事に戻ったのは後にも先にもバロンだけだからな……」
そう言いながらネームタグを一本一本眺めていた。
「では僕達はこれで。もう皆さん探索して下さいね」
「わかった。報告ありがとう。明日以降は有力パーティも一斉に死の谷の探索に向かうだろう。未踏の地で何が見つかるか……」
「あ、もう一点伝えたい事があります」
僕は今日見た一瞬で消えてしまった名前の事をジークさんに伝えた。
「気にし過ぎかも知れませんが、未踏の地から来た何かが出入りしている……かも知れないので気をつけて下さい」
「わかった。冒険者にも共有しておこう。情報提供感謝する」
そして僕達は宿まで戻ってきた。
途中、ギルドの階段で剣を振ってる冒険者の方がいたけど、あれは危ない。剣の練習ならもう少し広い場所でやるべきだよね。
そんな事をぼんやり考えてるとリンから声がかかった。
「レイ、先に休んでて。私はまた狩りに行ってくる」
「わかった。あまり遅くならないようにね」
僕はそう言いながら宿の食堂へ入っていった。
今日はよく走ったから狩りで充分食べてきて貰わないとね。
翌朝いつものようにリンと一緒に食事を摂り、ギルドへ行くと冒険者の数が明らかに減っていた。
多くの冒険者がすでに死の谷の探索に出発したのだろう。
ソフィアさん達は昨日パースを出発してるだろうから、死の谷で合流するまではまだ数日ある。
それまではリンと二人で依頼をこなしてみようと思っているんだ。
受付に確認すると僕の冒険者レベルは60まで上がっていた。
やはりヨルムンガンドを退けた功績が高く評価されているようだった。
「リン、どんな依頼をやってみたい?」
「討伐系。レイの戦闘訓練になるものがいい」
「討伐系……これとかどうかな?」
僕はレベル60帯から一つ選び出した。
昨日見た魔物が確かこれだったよね。
「グリフォン討伐?グリフォンは動きが速いから意外と難しい。でもリンに乗れば追いつける。騎乗して討伐すれば良い」
そうなんだ。昨日ムルムルという男に追われた時に、リンに乗った状態で僕が戦えれば追い払う事が出来たかもしれない。
だから、騎乗して戦うスタイルは経験しておいて損はないと思ったんだ。
「乗った状態で戦うにはどういった事に気をつければ良いかな?」
「本当は騎乗スキルが欲しい。けど、たくさん乗らないとスキルは取れないから、初めは何も考えずにただ乗って戦えば良い。そうすればいつかスキルが取れると思う」
「そうだね。初めは中級体術だけで頑張ってみるよ」
僕達はそのクエスト票を受付へ出し、現地へ出発した。
場所はアーグル高原。リンならすぐに行けるそうで王都周辺の市街を抜けた辺りからリンに騎乗して現地へ向かった。
相変わらずの速度だったが、速度に慣れてきてそれほど恐怖心は感じなくなっていた。
向かいながらグリフォンをサーチしてリンを誘導する事数分、グリフォンの群れを捕捉した。
「群れ!狩り放題!」
リンはそう言い、一気にグリフォンに肉薄する。
フェンリルに追われるという事はグリフォンにとって恐怖体験なのだろう。グリフォン達は非常に素早く逃げ回ったが、リンの速度はそれを軽く凌駕している。
接近するまでに飛翔し、逃げ仰た個体も数匹いたが、一度追いついてしまうと翼を広げる隙を与える事なくすれ違いざまに爪で切り付け、一匹、また一匹と仕留めていった。
反撃らしい反撃もなく、グリフォンの群れ20頭余りを討伐し終えた。
「リン、食べる?」
「食べる。グリフォンは美味しい。でも一頭で良い」
リンが咥えた一頭を除いて全て鞄に収納していった。
「討伐依頼は5頭だったから5頭はギルドに出して、残りはリンのおやつに鞄に入れておくよ」
「もっと狩って鞄に入れておけば狩りに出ずに済む?」
「そうだね。この際、沢山狩って仕舞っておこうか?」
「賛成。今日はリンの好きな魔物たくさん狩る日で良い?」
「良いよ。名前を教えてくれたらサーチで見つけて狩っていこう!」
その後、暗くなるまで狩り続けた。
無限収納の鞄だから重くなる事はないけど、いっぱい入れたからなんとなく重くなった気がする。
それに、ずっと騎乗して狩りをしたからだいぶ慣れてきた。
途中で何か掴む物が欲しいなと思い始めた。リンのうなじあたりの毛を掴んでるけど、痛くないかな?と気になるんだ。
「リン、首筋の毛を掴んでるけど、痛くない?」
「少し痛い。レイのステータスが高くなってるから、強く掴まれると私でも痛みを感じる。首に何か掴める物をつけた方が良いかも知れない」
「だよね……ごめんね、もっと早く気付けなくて」
「全然いい。激痛じゃないから大丈夫だった」
「明日は何かいい物がないかお店を見てみよう。それが終わったら死の谷へ向かっても良いかも知れない」
明日の方針が決まった所で帰路についた。




