37.追われるリン
時刻は少し巻き戻り。
レイ達はルーナの顔を売るためにギルドの酒場で食事をとっていた。
「ケイン、死の谷を踏んだ事はある?」
「いや、ない。流石に行こうと思った事もない。行くにはパースから馬車か徒歩だな」
「そうよね。パースから死の谷へは馬車で三日……おそらく抜け駆けした冒険者より先に死の谷には入れないわね」
「パースは割とどのテレポーターも踏んでいるからな。テレポーターがいるパーティはすでにパースを出発しているだろう」
「死の谷を探索と言っても、具体的にどういう物がありそうだと思われてるんですか?」
僕は素朴な疑問をぶつけた。
「まず素材だな。ヨルムンガンドが長く住んでいた場所、そこでは戦闘行為も随分と行われたはずだ。その際に剥がれ落ちた鱗は期待できるだろう。それにヨルムンガンドは大蛇、脱皮などで剥がれ落ちた物の中にもお宝があるかも知れない。あとは散っていった冒険者の装備品や所持品。この辺りも期待できる。ヨルムンガンドに挑もうと言う時点で相当高レベルな冒険者達だ。かなり高位の装備品がゴロゴロ落ちているかも知れんぞ」
「なるほど……それは確かにそうですね……」
「レイ、鞄を借りてもいい?リンが行って全部拾ってきてあげる」
珍しくリンが提案してくれた。
「リンが嫌じゃなければだけど、背中に乗って一緒に行って良い?僕のサーチがあれば回収も早いと思うんだ」
リンが一瞬人だかりの出来てる方へ目をやった。
「良い、もちろん良い。すぐ行く?」
すぐにこちらへ向き直り、快諾してくれた。
「そうしようか。ジークさんに伝えたら出発しよう」
「じゃ私達は一度パースへ飛んでそこから馬車で向かうわ。一週間程度の遠征になると想定して各自準備をする。それで良いかしら?」
全員が肯定の返事をして、一旦お開きとなった。
「ジークには私から伝えておくわ。あなた達はもう出発しても良いわよ」
「ありがとうございます。じゃリン、行こうか」
「わかった」
リンは嬉しそうにしていた。
「レイ君、気をつけてね」
ルーナが心配してくれているが、リンが一緒なら何も怖くなかった。
「うん、ありがとう」
僕とリンはギルドを出た。
「きゃーーーーーーーーっっ!」
僕はリンの背中で女子のような叫び声をあげていた。
結界を張ってくれているから振り落とされる心配はないけど、スピードが速過ぎて怖すぎる!
「まだ速く走ってない。もっと速く走るからレイはしがみついて」
「速すぎるーーーーーーーーーーっっっ!」
超スピードで後ろへ流れていた景色がジワッと目に捉えられるようになってきた。
タロスの剣を掴んだ時のように感覚が研ぎ澄まされたようだ。
「あれ……リン……速さを感じなくなった。タロスの時に感じた時間がゆっくり流れている感覚が帰ってきた」
「わかった。じゃもう少し速く走る」
グンと一気に速度は上がり、流石に速いと感じるが、怖さは感じなくなっていた。
僕たちは一気に駆け抜けて死の谷へ入った。
「着いた。ここが死の谷。ヨルはもういなくなってる」
僕は地上に降り立ち、辺りを見渡した。
確かに相当数のアイテムが散見される。
「リン、一気に回収していくから周囲の警戒は任せていい?」
「わかった、レイは回収に集中するといい」
そうして僕たちは内容の確認は後回しにして、存在する物全て一気に回収していった。
「流石に少しぐらい残しておくかな……」
「全部回収していい。今向かってきてるのは抜け駆けした冒険者。そんな奴らにアイテム残す必要ない」
「確かに……そうだね。全部回収しちゃおう」
僕は目に見えるアイテムをあらかた回収してしまった。
鱗は三枚拾う事が出来た。
「さすが無限収納。これがなかったら何も拾えないね」
「残るはヨルの住処。あっち」
リンは谷の奥へと歩き出した。
僕の目には谷の奥に一つの動く名が見えた。
「リン、待って」
「?」
リンが振り返るとその名前は消えてしまった。
「ごめん、何か名前が見えたんだ。もう消えちゃったけど、リンが気づかなかったならちょっと危険な存在かも?」
「ごめんなさい、レイを危険な目に合わせるところだった」
「いいよいいよ。僕とリン、お互いに足りない所を補い合っていけば良いんだから。気にしないでね」
消えた名は何と書いてあったか判別出来なかったので探すことが出来なかった。
「誰だったんだろ?一瞬だったから読めなかった」
「ここにいるならヨルがいなくなった事を知ってる者……人間じゃなく魔物?」
「そうだね。リンが気づかない程の隠密を発動してた……人間じゃないと思う」
僕たちは警戒しながらヨルさんの住処へ入っていった。
「ダメ、何も残ってない。全部さっきのやつに持っていかれてる」
「一歩遅かったね……鱗は外で拾った三枚だけかぁ……」
少し残念だったけど仕方ない事だ。
「でもこの先を人間側は探索した事ないはず。本当に価値があるのはこの先を探索できるようになった事だから」
すまなそうにしているリンにそう告げると僕たちは帰路に着いた。
家路を急ぐリンの超スピードに目が慣れた頃、遠く離れた場所を駆ける一人と一匹……ちょうど僕とリンのように騎乗して駆けている存在に気がついた。
「ムル!嫌なやつに見つかった!」
リンがそう言うとそいつとの距離を離すように進行方向を変えた。
だけど相手は確実にこちらを捕捉していてグングンと距離を詰めてきていた。
「リンの知っている人?」
「あいつ、私に乗ろうとする。でも私はレイ以外誰も乗せる気がない」
近づくにつれて細かい部分が見えてきた。
クチバシの生えた翼のある魔物に騎士の格好をした人が乗ってる。
「リンではないか!止まれ!」
声をかけてきたがリンは止まる気配がない。
兜を被っていたのでわからなかったが声は男だった。
「うるさい。お前と話す気はない」
リンの威圧が漏れ出したが、ムルと呼ばれた男は気にも止めず追ってきた。
「はははっ、やはりお前は最高だ!俺の騎馬となれ!」
「うるさい!そんなものになるわけがない!」
リンは頭に響く声で囁いた。
――本気で走る。強くしがみついて――
僕は言われた通り強くリンにしがみついた。
ドンと地面を蹴ると一気に加速して、一瞬で騎士を置き去りにした。今までずいぶんゆっくりと走ってくれていたのが良くわかった。
数分走るともう騎士の姿は見えない。
サーチで見てもずいぶん離れた事がわかる。
「あいつ……王都まで来るかも知れない。ここで殺しておく方が良いかも……」
「あいつは魔王?悪い奴なの?」
「あいつも魔王。悪い奴……じゃない……けど、私に乗ろうとする。やっぱり悪い奴」
それほど悪意を持った「敵」じゃないみたいだ。
「放っておこう。あいつは王都へは入ってこれないでしょ?そう簡単に人の街には溶け込めないってメフィストさんも言ってなかった?」
「そう思う。けどあいつは騎士の鎧を着てる。異形じゃなくて翼も尻尾もない。黙ってれば簡単に入れてしまうかも知れない」
「確かに……それはそうかも?あいつはリンより強いの?」
「リンの方が強い。けど、背に乗られたら簡単に振り解けない。騎乗スキルがすごく強力。あと死者を召喚出来る。呼び出す死者によっては厄介な事になる」
「死者召喚……それは怖いな」
「シトリーまだいるかな?」
「シトリーと仲がいいの?」
「逆。シトリーと仲が悪い。王都に近づかないよう追い払ってくれるかも知れない」
リンはシトリーの城に向かって走り始めた。
僕はシトリーの居場所をサーチしてみたが、まだあの城にいるみたいだ。
僕達は超スピードでシトリーの居城へと到達した。
「シトリー!いる?」
すぐにシトリーが出て来た。
「リン……どうしたの?明日引っ越す予定だったの。本当よ。一週間以内にって伝えたでしょ?」
「違う、それは良い。今ムルムルに追われてる」
「ムルムル?あいつまだ諦めてなかったの?そうか……リンがつがいを乗せているから羨ましくなったのね……」
「王都まで追って来るかも知れない。ムルムルは私にとって少し厄介。騎乗スキルがウザい」
「わかった。すぐここまで来るでしょ?あいつにわからせてあげるわ」
シトリーはニヤリと笑みを浮かべた。




