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36.仲裁

 「帰ってくるよね?」


 いつもは強気なティリスが弱々しく問いかけた。


「当たり前だ。精神攻撃が明ければ帰ってくるだろ……」


 そう答えたロイも正直自信はなかった。


「セインは手を出すなと言ってたのに……どうしてセインを信じられなかったんだろ……」


 ティリスは泣き出してしまった。


「私も同罪だよ。アビーを止めなかったしね……どうなるんだろ……私達……」


 ネイも意気消沈して猫背になってしまっていた。


「行って話をつけてくる。精神攻撃をやめさせりゃアビーもセインも元に戻るだろ」


「ダメだよ!危険過ぎる!ロイまでやられたらそれこそお終いだよ……」


 あの挑発的だったティリスが少女のように泣きじゃくっていた。


「クソッ……俺はどこで間違ったんだ……クソッ!」


 ロイは自分の頭を拳で叩き、後悔の念を口に出した。


 マルスが思いついたように口を開いた。


「ギルドに相談してみるか?ルーナパーティもギルドに所属する冒険者だ。ギルドの仲裁が入ればあるいは……」


ガバッと猫背を伸ばし、マルスを見たネイが顔を綻ばせた。


「マルス……名案だよ!元々冒険者間の私闘は御法度だもの。今の状態を話せばギルドも味方についてくれるよ!」


「仲裁……してくれるか?元はと言えばセインが隠密で盗み聞きをしようとして看破され、アビーがリンにわからせようとして反撃にあったんだ……どっちも俺たちからちょっかいかけてる事になるんだが……仲裁してくれるか?」


「今より悪くなる事はないよ!今すぐ行こう!」


 ネイはティリスをアビーの介抱に残して、ロイとマルスを連れてギルドへ向かった。


 ギルドは未だ冒険者の数が多く、騒がしい状態だった。

 入る前にルーナパーティがいない事を確認して二階へ続く階段を駆け足で上がろうとした所だった。

 上から降りてこようとしていた男と目が合い、ネイの血の気は引いた。


「レイ……!」


 ネイは絞り出した。


「あいつがレイ……!」


 誰よりも早くレイに向かって飛び掛かるのはロイ。

 その速さは強烈で、ネイもマルスもロイを制止出来なかった。


「死ね!」


 ロイは剣を抜きレイの首元に切先を走らせた。

 不意を突いた上に完璧なタイミングと完璧な速度。


 とった!


 ロイは思った。

 これでセインもアビーも元に戻る!


 だがロイの剣は首元で止められた。

 ロイの剣はレイに掴み取られたのだ。

 レイは人差し指と親指の2本だけでロイの必殺の居合を掴み取った。

 

「あなたは……?」


 レイは不思議そうな顔でロイを見た。

 レイにとってゆーーっくりと首元に向かってくる剣を指で止めただけだった。タロスの剣を止めた時と同じ感覚だった。


「ウソだろ……」


「邪魔な所にいてすみません、でも階段で剣を振ったら危ないですよ」


 レイは剣を横に寄せてそのまま通り過ぎた。

 すぐ後ろにはリンもおり、レイと一緒にギルドを出て行った。


 

 バッチーン!!

 ネイは茫然自失しているロイの頬を思い切り叩いた。


「あんた何考えてるの?!今ここへ何しに来たかわかってなかったの?もうお終いだよ……言い訳出来ない…………」


 ネイは声をあげて泣き出した。

 そこには目撃者も多数おり、星剣のロイがいきなりレイを殺そうとして軽くいなされた、誰の目にもそれ以外には映らない状況だった。


「ロイ……このままだとギルドに捕縛されるぞ。ギルド内で冒険者の首を刎ねようとしたんだ。一旦身を隠して前後策を練ろう」


 そう言ってマルスは呆然としているロイの肩を叩き、泣きじゃくるネイを抱き上げてギルドを出て行った。

 ロイも我に帰り、マルスとネイを追ってギルドを去った。


 宿へ戻りティリスとアビーを回収して王都を後にした。

 そのまま王都周辺の市街地も越え夜の森へ入った。

 さらにずっと走り続け、森を超えて湖の辺りまでやってきた。


「ロイ、寝袋を。アビーを寝かせる」


「あ、あぁ、わかった」


 俺のマジックバッグには野営のアイテムを入れてある。

 寝袋を取り出し、アビーを寝かせた。

 マルスはずっとアビーを抱いたまま走ってきたんだ。

 すげぇ体力をしてやがる。俺にはこの距離は無理だろう。


 焚き火の準備をして野営を始めた。

 考えてみればまだ晩飯も食っていなかった。


「このまま飯も食っちまおう」


 俺はバッグに入れている食料を取り出して皆に配った。


「なんだよ、あいつ……」


 パンを食いながら俺は声に出した。

 俺の必殺の居合を軽く止めやがった。

 普通に考えてあんな事ありえねぇ。


「セインは言ってた。もう終わりだって。けどまだあの時なら目こぼしがあるかもしれないとも言ってた」


 ネイがボソボソと呟くのをみんなが見ていた。


「でももう本当に終わりね。剣を向けてしまった……」


 ネイはそう言うと絶望感を露わにした。


「みんなすまねぇ……やれると思ったが軽く止められちまった……あのタイミングでどうして止められたのか……俺にゃわからねぇ……」


「ロイ……相手との実力差があり過ぎたんだ。レイは俺たちとは全く違う次元にいるんだ……セインはそれに気付いていた」


 マルスは冷静に分析した。


「あいつ……正常だったんか……」


「そうだな……レイの力を知っていればセインの言動も当然だ……あのレイと敵対してしまったかも知れないとなると、セインに従い逃げを選べていただろうが……俺達にはそれが見抜けなかった」


「あんな奴がこの世にいると思わねぇよ……バロン相手でも俺は喰らいつけた。レイだってどうにかなると思っちまったんだよ……」


「セインはどこに行っちゃったんだろう……もう会えないのかな……やだよ……」


 ティリスはすすり泣きし始めたが誰も声をかけられなかった。



 

 しばらく誰も何も声をあげずに、ただぼうっと焚き火を見ていた。

 ネイとティリスは膝を抱いて顔を伏せていた。

 マルスは倒木に腰をかけて焚き火に薪を追加していた。

 俺は木にもたれかかり目をつぶっていた。


 バタリと誰かが倒れる音がした。

 誰かが寝落ちしたか?


 バタリ……また音が聞こえた。


「おい、どうした?」


 気がつくとネイとティリスが仰向けに寝転がっている。

 いくら精神的に疲れているとはいえその寝落ちはねぇだろ?

 そう思いマルスを見るとマルスは座ったまま白目をむいていた。


「おい?マル……ス?」


 その瞬間背筋に冷たいものを感じた。

 後ろを振り返っても何もない。

 焚き火の灯りが届く範囲には何もいない。


「マルス!起きろマルス!」


 俺はマルスを揺すったがマルスもそのまま後ろへ倒れた。

 ネイもティリスもマルスも仰向けに倒れてしまった。


 俺の歯がガチガチと音を立て始めた。

 何がどうなってんのかまるでわからん。

 震えが止まらねぇ……。


 俺も皆と同様に精神攻撃を食らったか……。

 気が狂いそうな時間をただ黙って耐えた。

 明るくなるまではまだまだ時間がある。

 次第に震えは大きくなり、意識が朦朧としてきた。

 こんなもん……朝まで耐えられるわきゃねぇ。

 だが俺の真実の目をもってしてもどこから何をされているのかまるでわからなかった……。


 バタリ……ロイは倒れた。



 フェンリルは暗闇から遠巻きに焚き火のある方を見ていたが、少女の姿へと変化しながらロイ達に近づいた。


「レイに手を出してタダで済ませるはずない」

 

 そのまま5人をロープで縛り、森の中に置いていたもう一人もまとめて持ち上げ森へ消えた。




 目が覚めると知らない部屋にいた。

 身体を起こすと左右にロイやマルス、ティリス、ネイ、アビーも寝かされていた。


「気が付いたか?」


 そう声をかけてきたのはジークだった。

 そうか……ここはギルドの仮眠室か……。


「セイン……お前なら俺の言っている事がわかるはずだ。もう二度とレイ達を試すような真似はするな。特にレイとリンだ。あいつらは異常だ。同じ人間だと思うな」


「そうか……あいつらは人間じゃないのか……」


 ジークの言葉にセインは合点がいったとばかりにもらしたので慌てて訂正した。


「いや、違う。人間だ。人間だが……同じ人間だと思うなと言う事だ。一応伝えておくが、お前らは虎の尾を三度踏んだ。一度目は隠密状態で盗み聞きをしようとした事。二度目はアビーがリンに敵意を向けた事。三度目はロイがレイの首を刎ねようとした事。だが今回の事は全て水に流すそうだ」


「ロイがレイの首を刎ねようとした……?馬鹿な事を……それなのに許してくれたのか……ゴッドアイは慈悲の心も持ち合わせているのか……もう決して敵対心を持たない。持つわけがない……」


 ジークは見てられないとばかりに部屋を出た。

 あの自信家のセインが子犬のように小さくなってやがる……。

 星剣はこの国の新進気鋭の冒険者達だぞ。

 国の宝をあんな常識はずれなパーティに壊されちまう所だった……。

 ジークは眉間に皺を寄せながら執務室へと戻って行った。

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