35.壊れた心
昼を回った頃、僕達はギルドを訪れた。
朝は人が多過ぎて入るのをやめたんだ。
ルーナパーティにだけ探索させるなんて汚ねぇぞと言った不穏な声が多く上がっていたのも出直した理由だった。
ギルドに入るとすぐにセインさんが酒場にいるのに気がついた。昨日と違って黒い服を着ている。
他に空いてる席もなさそうなので、セインさんに相席をお願いしてみようかな。
セインさんの所属するパーティは星剣と言って今飛ぶ鳥を落とす勢いの新進気鋭のパーティだそうだ。
ソフィアさんが知っていたのも、星剣のリーダーである勇者候補ロイさんが注目を集めてるからだとか。
勇者候補を擁立しているパーティの先輩であるセインさんに色々聞きたいと思っていたんだ。
セインさんが座ってる所に相席をお願いしてみましょうか?と言ったら、みんなはその人がセインさんだと気付かなかったみたいで苦笑いをしていた。僕の目には頭の上にセインと名前が出てるから一目瞭然なんだよね。
「こんにちは、昨日は挨拶できずにすみません。レイです。このパーティのリーダーをやっています」
そう挨拶をして相席して良いですかと聞いたんだけど、セインさんはギクリとした顔をしてギルドから出ていってしまった。
相席は嫌だったのかな……僕も一人でいたい時もあるしね。
セインさんは行っちゃったけど、その席に座って食事をとる事にした。
そうこうしている間に次第にルーナに気づく冒険者が増えてきた。今日来た目的はルーナの顔を売る事。見つけてもらう事が目的だから、こうして酒場で食事をとってるだけで良いんだ。
「めちゃめちゃ見られてますね」
「当然よ。私たちもバラリスを討伐した時にこうして見られた。その後すぐよ。ロベルトが勇者に任命されたのは」
「バラリスは手強かったがな……」
「そうね、でもやり遂げた。良い思い出ね」
「けど……私が何食べてるかまで見てくるんだけど……嫌だな……」
「堂々としてなさい。食べ終わったら明日から死の谷を探索する為に王都を離れる事をギルドに伝える。もう行っちゃってる冒険者が沢山いるみたいだけどね」
あれ、セインさんが戻ってきてるみたいだ。
急に相席なんてお願いしてすみませんと謝ろうと思い、ギルド入り口まで行って待ってたんだけど、目が合った瞬間また逃げるように行ってしまった。避けられてるのかな……。
「レイ……思ったより執拗に痛めつけるわね」
「だな。あいつはもう立ち直れんかも知れんぞ」
「新進気鋭もレイ殿の前では形無しですね……」
「信じられない……完全に俺の行動を把握している!」
セインは追われていないか振り返り振り返り確認しながら駆け足状態でギルドから遠ざかっていた。
あいつか!
あのレイとか言う男!
ゴッドアイなんて新聞に書かれていたが。
バケモンだ、あいつに関わっちゃいけない!
セインは今までの人生でこんなに人を怖いと感じた事はなかった。竜人バロンの武勇を眼の前で見ても、正直怖いとは思わなかった。その圧倒的な強さに驚きはしたが、怖いとは感じなかった。
セインは今まで何よりも情報を重視して生きてきた。
いかなるクエスト、いかなる魔物であっても、しっかりとした情報があれば敗北はない。前情報で勝ち目のない戦いはしない。勝てる戦いをすれば良い。
その為には情報。情報こそが全ての物事を左右する。
その情報が相手側に筒抜けてしまっているのだ。
逆にこちらは相手の情報が取れない。
相手は接近すら許さない神の御業とも言える索敵能力を持っている。
ゴッドアイ……あんなもんに誰が勝てるんだ?
「あいつはダメだ!次元が違う!ロイを説得出来なければ俺だけでも王都を離れよう!!!」
セインはいつの間にか全力で駆けていた。
「あいつがルーナ、ならもう一人いる女の子が謎の少女リン」
ギルドの酒場でルーナを見る沢山の瞳の中に、リンを注視する瞳があった。
「本当にまだ子供に見える……アビーは少女に見えて実はもう18だけど、あの子は子供……13、4歳ぐらいかしら?」
「そうね、そのぐらいに見える。あの年齢であのパーティにいるのは確かに謎ね。あの子だけ装備も何もなく普通の服を着てるし……」
「気に入らない……謎の少女を地でいくなんて……」
その言葉を発した瞬間アビーは天を仰いだ。
「アビー?どうしたの?」
アビーは白目を剥き、椅子にもたれかかるように天を仰いでいた。小刻みに震え、口からは泡が込み上げてきていた。
「ちょっと何?何か攻撃受けてんの?」
ネイとティリスはアビーを机に伏せ、注意深く辺りを警戒したが、その後は何も起こらず何も発見できなかった。
「俺たちはもう終わりだ……」
セインは椅子に腰掛けて絶望したように頭を抱えていた。
他の四人はベッドで意識を失っているアビーを見ていた。
「終わりってどう言う事?私達まだ何もしてないじゃん!どうして終わるのよ?」
「終わりだ……ゴッドアイはこの世の全てを掌握している……アビーがやろうとしていた事など筒抜けていたんだ……」
髪をくしゃくしゃと掻きむしり、身なりの良かった頃のセインの面影はすでにない。
「おいセイン……お前どうかしてんじゃねぇか?アビーの状態は流石に怖えぇが終わりってどう言うこった?怖気付いてんのか?」
「なら聞くが、アビーが何をされたか説明出来る奴はいるのか?」
誰も答えない。
「どうしてアビーは攻撃された?ネイとティリスは攻撃されていない。相手はアビーの攻撃の意思をどうやって知ったんだ?誰か答えてみろ」
誰も何も答えられない。
「あのパーティのリーダーはレイだ。あの前世代の超越者や勇者候補ルーナがいるのにあの少年がリーダーなんだ。これがどう言う事かわかるか?」
「な、何かすごい特技でもあるんじゃないの?ほら、新聞にはガラクタ市から超級アイテムをピックアップしたって書いてあったし。鑑定能力に長けてるって事でしょ?このパーティにおけるあんたみたいな立ち位置の子なんじゃない?正直私はロイとセイン、どっちがリーダーやってても違和感ないよ」
「鑑定だと?そんな生優しい能力じゃない……。あいつはゴッドアイと呼ばれているんだ。全てを見通している。今のこの会話もあいつには聞かれている可能性がある……」
「お前……わかった。今から俺が行って全員ぶちのめしてきてやる。そうすりゃ正気に戻るだろ」
「やめろ!!!!」
セインが発狂したかのような声でロイを制した。
「王都を離れよう……今ならまだ間に合うかも知れない……幸い向こうに被害を与えていない……今なら目こぼしがあるかも知れない……」
ロイの肩を両手で押さえながらセインはぶつぶつと呟くように言った。
誰の目にも精神攻撃を受けたとしか映らなかった。
アビーを一瞬で気絶させ、セインほどの男をここまで壊してしまう精神攻撃……流石に怖さを感じていた。
「セイン……今日はもう寝ろ。アビーも受けた精神攻撃をお前も受けたんだ。けどお前は意識を保った。そりゃすごい事だ。けどダメージは深刻そうだ。一旦寝ろ。な?マルスからも言ってやってくれ」
「あぁ、そうだな。セイン、今日はもう休もう。そして明日また話し合おう。心配するな、俺たちも今日はこの宿を一歩も離れない。お前と一緒に眠る。それで良いだろ?」
セインはギラつく目でマルスの介抱を振り解くと窓から外へ飛び出した。
「俺はもう星剣を抜ける!お前らの事は知らん。やり合うなりなんなり好きにすれば良い!俺は一人で逃げる!」
そう言って駆けていくセインを四人は呆然と見つめるしかなかった。




