33.申し送り
一夜明けた翌朝、ギルドは昨夜とは比較にならない程の騒ぎとなっていた。
「魔王ヨルムンガンドが死の谷から退けられた」
そうギルドが正式に発表した事で、冒険者達ががこぞって死の谷の探索に意欲を燃やしたのだ。いかなる超級アイテムが発見されてもおかしくはない。何せ一度も探索されていないのだから。
だがギルドはこう追記した。
「退けたのは勇者候補ルーナのパーティである」
「最初に探索を行うのは勇者候補ルーナのパーティとする」
クエスト外で冒険者がどこを探索しようと、それをギルドが制止する権利はない。通常であれば。
だが今回は死の谷である。あのヨルムンガンドを退けた功績はあまりにも大きい。ランクの高いパーティ程それが良くわかっており静観を貫いていたが、ランクの低いパーティ程抜け駆けがしたくて仕方がないのだ。そういった低ランク冒険者達からは大ブーイングとなっていた。
知った事かと既に探索に赴いた冒険者も多数おり、王都のほぼ全ての馬車が出払ってしまっていた。
「面白くねぇなぁ。退けたんならその時に探索出来ただろうがよ。退けただけで探索せずに帰ってくるなんてあり得るかよ」
「この話は不可解な点がある。噂では昨夜、王都の周辺をヨルムンガンドの鱗を持った少女が一人で歩いていたそうだ。賢者や聖女は周りには居なかったそうだ。しかもその少女に群がる冒険者はことごとく気絶し倒れたと言う。少女は無人の野をゆくが如く王都へ消えたそうだ。これはどう言う状況だ?よもやこの少女が一人でヨルムンガンドを退けたのではあるまいか?」
「少女が一人で?ちなみに昨夜の冒険者はヨルムンガンドの鱗の魔気にあてられて気絶したって聞きましたよ」
そう話すのは黒い武具を装備した10名前後の集団であった。
一際目立つのは巨大なシールドを背がけにした巨躯なる重戦士。少女が一人でヨルムンガンドを退けたのではないか、と話した男だった。
「団長……少女が一人でってのはさすがに無理があるでしょう。それに現場は死の谷、賢者のテレポートは必須です」
「であるな……しかし解せぬ……鱗を少女が一人で……」
不意に重戦士は背がけにしたシールドを前にいる男にひょいと投げた。
受けた男は情けなく腰を折り、尻餅をついた。
「それを少女が一人で運んでおった……状況がまるで見えぬ……」
重戦士は椅子に深く腰掛け、腕を組み考え込んだ。
「団長……ストレイが腰をいわしたらどーするんですか……」
「ストレイ。少女がそれを持って歩いていたと言う情報、お前はどう思う?」
ストレイと呼ばれた男はシールドを横に置き、団長と呼ばれた男の前に腰掛けた。
「少女っつっても実際に少女かどうか問いただした訳じゃねーんでしょ?小柄な怪力女だったかもしれませんぜ」
団長と呼ばれた男はフルフェイスの兜を被っているため表情はわからない。
「ダイン。俺の声を外部に漏らすな」
ダインと呼ばれた黒衣の魔導士は結界魔法を展開した。
ギルド内において、作戦会議の際の結界魔法の使用は認められているのだ。
「勇者候補ルーナのパーティの構成を話せ」
黒衣の魔導士ダインが勇者候補ルーナのパーティについて話し始めた。
「勇者候補ルーナのパーティ。リーダーはレイと言う少年です。一度見かけた事がありますが……特別何も感じない男です。
ですが、ずば抜けた鑑定力を持っているようでガラクタ市から超級アイテムを多数ピックアップしたそうです」
「面白い男だ……」
団長は一言だけ感想をもらした。
「そして勇者候補ルーナ。彼女はオリハルコン100%の剣を製作中との事。資金は潤沢だと思われます」
団長は黙って聞いている。
「次に聖女ソフィア。賢者ケイン。この二名は誰もが知る前世代の超越者……ここ数日の達成クエストを見るに、実力は衰えていないようです」
こちらも特に反応しない。
「次に死霊魔導士ロンド。彼は最近までファーランドで活動していたようです。ソロでダンジョンに潜っていたそうで、いかなる場面にも対応できる力があると推察されます」
団長は静かに聞き耳を立てていた。
「最後は謎の少女リン。彼女に関する情報はありません」
団長が手を挙げ制止した。
「少女と呼べる者が二人いる訳だな。一人目の勇者候補ルーナは俺も見た。手堅く成長している勇者候補、それ以上でもそれ以下でもない。それが俺の見解だ」
皆一様に続きの言葉を待っている。
「残る一人、謎の少女リンも見た。この俺が近づきたくないと感じる程のざわつきを感じた」
「団長が少女に?冗談でしょ?」
ストレイが茶化した。
次の瞬間ストレイの胸ぐらを掴みフルフェイスの兜をストレイの鼻先スレスレまで近づけた。
「冗談ではない」
手を離し、青くなっているストレイを座らせた。
「鱗を持っていたのはこの少女で間違いなかろう」
団長の本気が伝わり、団員全てが真剣に聞き耳を立てている。
「俺は確信している。このパーティの肝はこの少女であると」
ギルドの雑踏の中、結界を張られたこの一角だけに緊張の糸が張り巡らされてるかの如く静かだった。
「この少女はヨルムンガンドを単騎で退ける力を持っている可能性がある」
皆の生唾を飲み込む音が聞こえるほどだった。
団長の重き言葉は続いた。
「そしてこの少女の手綱を握るのがレイという少年。俺の目には強い絆のような物が感じられた」
皆一様に「いつの間にそこまで観察したのか?」と言う戸惑いにも似た感情を露わにしていた。
たとえ新人であっても、突出した者であれば必ずその目で確認する。それは長年命のやり取りをしながら生き抜いてきたバロンの処世術であった。
「勇者候補ルーナのパーティへの敵対行動を禁じる。我ら黒龍団は勇者候補ルーナのパーティメンバーと敵対してはならない。特にリンとレイには安易に近づくな。これは団長命令だ」
団員達から否定の言葉は一切上がらなかった。
同じくギルド内酒場で黒龍団の結界を見ながら話をしているパーティがいた。こちらは六人パーティである。
「バロンが何か団員に言ってるな」
男はそう言いながら、だらしなく椅子に腰掛けながら酒を煽っている。
「あぁ、結界を使う程だ。よほど重要な申し送りのようだ」
赤魔道士セインは姿勢良く足を組んで酒を飲んでいた。
「100%ヨルムンガンド絡みでしょうね。あいつらも一旦静観じゃない?」
魔導士風の女はとんがり帽子の形を整えながら黒龍団の方を見ていた。
「ネイの言う通り。今動くのは危険過ぎる。勇者候補ルーナのパーティの実力が見えないうちは下手に動けない……」
セインはそう言い、少しイラついた表情をしながら足を組み直した。
「セイン、昨日ジークんとこであった事をロイ達にも話してやって」
魔導士風の女はとんがり帽子を机に伏せ、セインに目配せをした。




